君の赤色

九十九

君の赤色

 少女には推しが居た。曰く、とても格好良くて尊い、少女だけの推しだ。

 

 少女は推し活と言う名称をその日初めて知った。推し活とは、曰く諸説あり、曰く推しに会いに行く、推しに触れる、推しに染まるなどの推しのために活動することを言うらしい。

 成程、と少女は携帯で偶然見つけたサイトを見詰めた。推しを広める、と言う項目だけは少女の推しに対しては難しいことこの上なかったが、それ以外ならば普段の日常でも出来そうである。と言うか、幾つかは既にしている。

 少女は携帯を見詰めたまま、推し活について考えた。なんだか普段の推しに対する自身の行動に名前が付くと、行動が正当化されたようで悪くない。まあ、名称が無かったとて推しを推す事は少女の中では権利であり義務であるので、何かが変わるかと問われれば何も変わりはしないのだが。 

 推し活を改めて意識してみるのも面白いかも知れないと、少女はサイトの文字をなぞった。


 少女は見ていた推し活に関するサイトを閉じて思案する。

 推しに会いに行く、はある程度やっている。推しに触れる、もそれなりにやっている。推しを広める、は出来そうになく、推しを感じる、はそれとなく出来ていると思う。

 と言う事は、推しに染まるのが目下の目標か、と少女はクローゼットの中を漁り始めた。

 推しに染まる、と言うのは推しと同じものを持ったり、推しの代表色を身に纏ったりすることらしい。

 推しと同じものを持つと言うのは中々に魅力的ではあるが、その実、少女の推しに関してだけ言えば物騒だったので少女は却下せざるをえなかった。となると残るは色である。

 そこでふと、クローゼットを漁っていた少女は考える。推しの色とはなんだろう、と。

 推しが好きな色は分からないし、代表色を明言しているわけでもない。それならば推しの色とは何だろうか、と少女は考え、普段の推しを思い出す。推しを思い浮かべてぱっと思い付く色は赤色、それに黒色だ。

「でも黒は違うか。ただ黒色に見えるだけだもんな」

 推しと会うのは大抵が夕方から夜にかけての時間帯だ。闇夜に溶け込む服装をしている推しは何時見ても風景に溶け込む黒っぽい服装ではあるが、明確に黒色を着ていると言う訳では無い。

「じゃあ赤かな」

 推し本人が赤色が代表色と言った訳では無いけれど、推しと言えば赤色だと言う認識が少女にはあった。しばし考え込んだ後、まあ自己満足だしいいか、と少女はクローゼットから赤色を探し始めた。

 夜だと赤色は目立ってしまう恐れがあるため、布地が大きな、例えばコートとかシャツとかズボンなんかは現実的に身に付けるのは難しい。暫し考えたのちに、少女はクローゼットの中からアクセサリー入れを取り出すと、その中からイヤリングやネックレスなどの赤色のものを取り出した。


 その日、少女は深い深い森の中を勝手知ったる風に歩いていた。推しに会うためである。

 万が一のためのリュックを背負い、推し色である赤色のネックレスをしっかり身に付けて、少女は軽快な足取りで推しの元へと向かう。

 少女が人の気配のない森の中を奥へ奥へと進むと、小さな家が見えて来た。寂れた小さな家は少女の目的の地である。

 少女は家の中には入らず、家の裏手に回った。

「あ、居た」

 そこに居たのは一般の成人男性よりも一回りも二回りもすらりと縦に長い、大きな体躯の男だった。頭には黒っぽい色合いの布を被っており、顔全体は見えない。この男こそが少女の推しだった。

 少女が嬉しそうに男に近づくと、相手も気が付いたのだろう、僅かに顔を上げて首を傾げるような仕草を取った。

「ふふ、今日は祝日で学校が休みだから来てみました」

 笑顔で言う少女に、男は何度か頷いて納得したような素振りを見せると、少女を抱え上げた。

「わ、早くも推しに触れるが達成されちゃった」

 嬉しそうにそう言う少女に、男は再び首を傾げる。少女はそんな男に、推し活とは何たるかを説明してあげる。

 男は推し活の説明には最後まで首を傾げたままだったが、少女が楽しそうなのを見て何かに納得したのだろう、頷きを一つ落とすと少女の頭を撫でた。そうして普段は付けていないネックレスを指差す。

「そ、推しの色に染まって見ました。赤かなって思ったんだよね」

 そう言って少女は楽し気に笑う。男は自身とネックレスを交互に指差すと、一度頷き、最後に少女の頭を一撫でした。少女は男の手の感触に目を細める。

「今回もずっと、君のことを考えてたよ。早く会いたいなって。曰く推しを感じるってやつだね」

 男は一瞬固まったかと思うと、抱いていた少女を掻き抱くようして自身の身体に引き寄せた。そうして少女を抱えたまま、家の中へと歩を進めた。


 人間だったものが悲鳴を上げる中で、少女はその様子をじっと見ていた。目は刃物を振り上げる推しに釘付けである。格好良い、尊い、それが少女の心の中を占める感情だ。男と出会ってからと言うもの、少女は推しの男にメロメロだった。

 男の行動はスマートだ。無駄な動作も無く刃物を振り上げ、そうして無機質に振り下ろす。

 男の布に隠された目が少女を一瞬見たような気がして、少女は男に手を振った。推しを応援するように両の手を細かく振る。それを実際見ていたのだろう。それまでより強い動作で、男は刃物を振り下ろした。

 だん、だか、どん、だか鈍い音が鳴った後、人間だったものが最後に大きく鳴いて、そうして人間だったものは事切れた。

 静寂が包む中、少女と男の呼気だけが響く。

 次いで、びり、だか、ぎゅち、だかの音が響いた。少女が男の手元に目をやると、後片付けを始めたようだった。少女は後片付けを始めた男をとろりとした目で見やった。

 作業中の男の姿が少女の推しなのである。獲物を狩る姿も、刃物を振り上げる姿も、後片付けをする姿も少女の推しなのである。勿論、それ以外だって少女にとってはとても格好良くて尊い推しなのだけれど。

「終わった?」

 頃合いを見て少女が尋ねると、男は頷いて手を広げた。そこにはこびりつく赤色はない。

「んふふ、ファンサービスが凄いね」

 少女は男の意図を正しく理解して、男の腕の中に飛び込んだ。

「やっぱり、赤色が君の色だ」

 自身の首に下がった推し色と床一面に広がる赤色を見比べて、少女は満足げに呟いた。

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