推しの話をしたいトラ猫

三葉さけ

推しの話をしたいトラ猫


 白いお腹を見せたサバトラ猫が草むらの中から、ひょっこり顔を出して手を振った。


「おおい、ブチとハチ、久しぶり」


 河原で石切り遊びをしていたブチ猫とハチワレ猫が、振り向いて返事をする。


「よぉ、トラ」

「トラ、久しぶりでヤンスね」

「おう。ハチ、いったいなにをどうしたんだ、その喋り」


 トラの素朴な疑問にハチがしかめっ面を返した。


「気にしないでくれるとありがたいでヤンス」

「ひっひっひ、ハチの野郎、まんじゅう大食い勝負で俺に負けやがったんだ」


 ブチが楽しくて仕方がなさそうにお腹を揺らして笑い、ハチの肩をポスポス叩く。


「こいつぁ、いつまでたってもよぉ、自分が負けるってわかんねぇんだよなぁ」

「うるさいでヤンス。次は俺が勝つでヤンス」


 たしたしと迫力のない地団太を踏むハチをトラが可哀想な目で見た。


「それにしても久方ぶりじゃねぇか。何してたんだ?」

「ああ、推し活」

「おしかつぅ? 新しい串カツか?」

「違ぇよ」

「おしかつ? 相撲の技でヤンスか?」


 的外れな答えを返す二匹に、トラがやれやれと首を振った。ついでに腕を組んで胸をそらせ、口の端をあげて得意気に笑う。


「よぅし、ひとつ教えてやろうか」

「いらねぇ」

「ごめんでヤンス」

「なんでだよっ!?」


 肩透かしをくらったトラが体をかしげる。

 トラの芝居じみた仕草はなかなかどうしてイラっとするので、ブチとハチは無視して石投げに戻った。


「偉そうなのが腹立つ」

「ドヤ顔がムカつくでヤンス」


 二匹のもの言いにトラ柄のかぎ尻尾がしおしおと項垂れる。


「そんなこと言うなって。聞いてくれよぉ」


 構ってほしいトラにカシカシ肩を掻かれたブチが、フッと鼻息を吐いた。


「いいぜ」


 パッと明るい顔をしたトラに、ニヤリと悪い顔で笑い返すブチ。


「勝負に勝ったらな」

「なんの?」

「話も出たことだし相撲にするか」

「よっしゃ。俺の強さをみておけよ」


 トラはこりずに得意顔。ハチも急にやる気をみなぎらせて四股を踏みだした。


「俺もやるでヤンス」

「いいぜ。勝ったら『ヤンス』は終わりにしてやらぁ」

「負けないでヤンス」

「負けたヤツはどうすっかなぁ。次は『ザンス』にすっか?」

「負けたら俺の話を聞くんだろっ!」

「忘れてた。おめぇの話ってつまんねぇからな、負けにちょうどいいか」

「なぁにぃぃぃ?」


 ブチの挑発に乗せられたトラがカギ尻尾を膨らませる。ブチはすでに臨戦態勢。そこにハチもう一押し。


「はっけよぉおい、のこったっ」


 ハチの掛け声でトラとブチががっぷり四つに組み合った。


「のこったのこった~」


 腰を低く落としたブチに組み付かれ、片足を取られそうなトラ。ヨロりと崩れそうになってすかさず、両手でブチの脇を取った。尻尾を勢いよく振って体を回転させ、ブチと体勢を入れ替える。そのまま押し倒されたブチは地面に転がった。


「くっそぅ。いけると思ったのによぅ」

「へっへっへ、俺の勝ちだな」

「勝負あり~。トラの山の勝ぁちぃ~」


 行司のハチがトラ側の腕を上げて勝ち星を告げる。ブチが負けた腹いせに口を尖らせてハチにツッコミを入れた。


「おい、『ヤンス』忘れてっぞ」

「こんなときまでヤンス!」

「付け忘れ3回目だな」

「そんなこと、どうでもいいから俺の話を聞け」


 相撲に勝って喜色満面のトラが推しについて語り始めた。


「でな、その文鳥がな、キュ~ギュ~って可愛く鳴いてな」


 どうやら飼い始めた文鳥が可愛くて仕方ないらしい。ハチはいつ食べるのか聞いて怒りを買っている。ブチは寝っ転がってへいへいと聞いていた。


 あーあー、眠くなってきたなと、まぶたを半分閉じかけたブチの目の前にカナブンが飛んできた。一気に眠気が吹っ飛ぶ。枕にしてた腕を頭の下から静かに出し、そろそろと体を動かした。狙いを定めて思い切りよく飛びつくと、両の手の下でブブブブと元気よく暴れる感触がした。


「人の話を聞かないで何してやがる」

「カナブン捕まえたからよぅ、紐ねぇか?」

「そんなもん、都合よくあるか」

「ハチ、紐をみつけたら『ヤンス』は止めにしていいぜ」


 途端に顔を明るくしたハチがキョロキョロ周りを見回して立ち上がり、いそいそと紐を調達しにいった。草の茎を縦に引き裂いた紐をブチに渡したハチの顔は晴れやかだ。


 すっかりむくれたトラと、鼻歌を歌うハチ、紐をつけたカナブンを飛ばしたブチが帰り道を歩く。


「で、結局のところ”おしかつ”ってなんだよ」

「だからな、気に入ったモンを可愛がったり、応援したりすんだよ」

「へぇ。じゃあ俺はカナブンだな」

「はぁ?」

「こうして可愛がってるじゃねぇか」

「嫌がらせだろ、紐付けて」

「あとで放してやるんだよ」

「だからな、推しっていうのは」


 調子っぱずれなブチに延々と説明するトラと、我関せずなハチの帰り道はきれいな夕陽に照らされて影が長く伸びておりました。



 めでたしめでたし


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