ただのファンの話

PURIN

ただのファンの話

 私が圧倒的別格の最推しに出会えたのは、ほんの数ヶ月前のこと。


 会いたくて会いたくて、何ヶ月間も待った。

 すぐ側にいるのは分かってたのに、誰よりも私が、最推しが存在していることを感じていたのに、姿を見ることも声を聞くこともできなかった。

 そのことに加えて、体調が悪くなることもあって苦しんだこともしょっちゅうだった。

 それでも、会いたい、触れたい一心で、周りの人達に支えてもらいながら待ち続けた。


 やっと出会った時、最推しはすごい声を上げて泣いていた。

 私も私で、胸がいっぱいになって同じように大声を上げて泣いてしまったのを覚えている。




 今、私は最推しに捧げる物を買いに、久しぶりに一人でショッピングモールに来ている。

 以前より軽くなった身体で、るんるんで歩く。

 これから買うもので、最推しが喜んでくれるかもしれないと思うだけで、気持ちが弾んでしかたがない。


 決めていたお店に入り、早速品物を選んでいく。


 まずはぬいぐるみが並べられている棚に向かう。

 優しい手触りのテディベアや、有名なキャラクターのもの、足を押すとメロディが流れるものなど色々ある。

 最推しの好みがまだよく分からないので、試しに5つほどかごに入れてみた。


 続いて、食器のコーナー。まだ少し気が早いかもしれないけど。

 最推しが自分で食べやすく、それでいてひっくり返りにくいお皿がいいかな。

 これなんか、パステルカラーの色合いもかわいいし、吸盤で固定できて良さそう。

 こっちのスプーンやフォークは握りやすいように工夫されてるんだ。これも買っちゃおう。


 最後にこれまた少し気が早いけど、食べ物のコーナー。

 すごいなあ、すき焼きとか八宝菜とか、結構種類豊富なんだ。

 でもこの辺は流石に早いよね。まずはこの野菜がたっぷり入ったリゾットっていうの買ってみよう。栄養がとれそうだ。


 最推しへのプレゼントがたくさん入った袋を抱えて重くなったけれど、気持ちは来る時よりもずっと弾んでいる。

 隠しきれない笑顔のまま、私は真っ直ぐに自宅へと足を向けた。




 これまでの人生、アニメキャラや声優、アイドルなど、様々な人達にハマっては、お金も時間もたくさん使って推してきた。

 でも、最推しは違う。比べものにならないくらい圧倒的に別格。


 これからは、これまでとは全く違うレベルで最推しにお金と時間を注ぎまくると決意している。

 この先、こうして何度も何度も、最推しのための買い物をすることになる。時には最推しと一緒に。

 制度でもなんでも調べまくって、使えるものは全部使って、何十年でも最推しを支え続ける。

 最推しの願いは犯罪じゃない限りはなんでも叶えたい。そのためなら何だってする。


 私なんかが全てを完璧にできるとは思わない。

 時には最推しの嫌がることもしてしまうだろうし、最推しのことを上手く分かってあげられないこともあるだろう。ぶつかることもあるだろう。違う人間なのだから。


 それでも。



 

 帰宅し、玄関のドアを開いた。


「ただいま」

「おかえり」

 近くの部屋のドアから顔を出す夫。

 潜めた声に、ああ、最推しは寝てるんだな、と気付いた。


 音を立てないよう、そっと部屋に入る。

 夫が覗いている側板の高いベッドの中を私も覗き込む。




 小さな小さな両手を上げて、すやすやと眠る、夫と私の子。私の最推し。


 生涯最推しの一番のファンでいたいと、私は思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ただのファンの話 PURIN @PURIN1125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ