12.急展開
「どーしてなんだかにゃ~」
「にゃ、にゃっ」
ほれほれ、捕まえてごらんなさい!
ネコ様には猫じゃらしが必要だろうと探してきたはたき。ちゃんと新品をくすねてきましたよ。今日も裏庭にやって来たネコ様の前で振ると、必死に追いかけてくれて嬉しい。
「今頃ケーキ屋さんに行っている予定だったのに。ちゃんと街長から追加報酬せしめてきたじゃないか。なんで謹慎処分なんだ……」
ぶつぶつと文句を言う。
昨日、コマンティ君の性格矯正が一応の成功をおさめた後、街長の執務室に殴り込みをしたのだ。実際に殴りかかったわけじゃないけどね。
その結果、街長は泣いた。俺がドン引きするくらいの泣き様だった。きっと、親としての至らなさを反省したのだろう。決して、俺が語って聞かせた『未来のコマンティ&フィリーはお父様なんて嫌いよ! 反抗期編ストーリー』のせいではないと思う。なかなか心を抉る仕上がりだったとは自負しているが。
「むぅ、やりすぎたのか? 俺のボーナス……」
俺から報告を受けたマトリックスは、最初「解決したのなら良かった」と言っていたのだ。それなのに、他の誰かから報告を受けたのか、急に態度を変えた。
翌日のケーキを楽しむ会に向けて就寝準備をしていた俺の部屋までやって来たかと思うと、笑顔で無情な宣告をしたのだ。「暫く謹慎処分です。聖教会を出ないように」って。もちろん、ボーナスのボの字もなかった。
「またここに居たのか。お前謹慎中だろ?」
ひょっこり現れたランディ。振り向いて指を突きつける。
「出たな、裏切り者!」
「俺は職務に忠実に、ありのままを報告しました」
「ぐぬぬっ」
しれっとした顔のランディに、上手い反論が見つからない。確かに俺の報告は、色々と
「俺は学んだ」
急にキリッとした顔のランディ。嫌な予感がする。
「……何をだ」
「ルイを放し飼いにするから騒動が起きるんだって。いくらお前でも、聖教会に閉じ籠もっていては、騒動は起こせまい」
絶句する。ランディはなんということを言うのだ!
「俺は騒動を起こそうとなんかしてない!」
「台風の目って、自覚がないから嫌だよな」
「俺は天災じゃないぃ!」
地団駄を踏む。はたきが手からすっぽ抜けていった。それをキャッチしたネコ様が脱兎のごとく走り去る。
それ、新品なんですが……!? 返却できなきゃ、弁償しないといけなくなる!
追いかけようとしたら、すぐにランディに捕まった。
「どこに行く気だ?」
「ネコ様にとられた物を取り返しに行くんだ!」
「そう言って、聖教会から抜け出す気だろ?」
「違う! 信じてくれ!」
「日頃の行いが物を言うって学べて良かったな」
ずるずると引き
「なんで信じてくれないんだぁ!」
建物に入ったところで、マトリックスが箱を片手に持って立っていた。にこやかな笑みを浮かべている。
「こちら罰金箱です」
「罰金だと!? 俺が何をしたと言うんだ!」
「最近、聖教会内で物が盗まれる事件が多発しておりまして。厨房から煮干し、備品庫から清掃用具。……お心当たりは、ありますね? 正式に審議の場を設けてもいいんですよ?」
「ウグッ」
心当たりしかない。でも、それはネコ様のための物……!
俺は数十分に渡って散々抗議をしたが、結局泣く泣くお金を箱に入れることになった。ぐっばい、愛しのお金ちゃん。マトリックス手強すぎでしょ。
「それと、そろそろ浄化結界用の結界石が不足しそうなので、力籠めお願いしますね」
「この間したばっかりじゃ~ん! ここの駐在浄化師は何してるんだ!?」
「近隣の村で穢れ被害が続発しておりまして、浄化のために出払っております」
「そ、それは、ご苦労様です……」
知らんかった。浄化師に会わないな~って思っていたが、出張中だったのか。しかも穢れ被害が続発とか、悲惨なり。
俺が生まれ育った村には、これでもかってくらいに浄化の力を振り撒いてきたから暫くは大丈夫のはずだ。だが、俺が旅路に出発したことで駐在の浄化師はいなくなっている。いつ被害が発生するか、実はちょっと心配しているのだ。
よし。外で頑張っている浄化師の代わりに、ここはルイちゃんが頑張ってやらないとな!
俺がここを離れた後に、俺の育った村を守護するのはここの浄化師だ。良い印象を残しておけば、より気にかけてもらえるかもしれない。……印象操作するには遅きに失した気もするが、これから頑張ればいいのだ!
「行こうじゃないか! じゃんじゃん力籠めちゃうぞ!」
「……何を考えたかはなんとなく想像がつきますが、やる気になってなによりです。一応言っておくと、浄化師をきちんと育み、旅路に送り出した村には、聖教会側も特段の配慮を約束しておりますので」
「だよね! そうじゃなきゃ、村を出るの妨害される可能性高まっちゃうもんね!」
聖教会は抜かりなかった。始まりの村が壊滅するなんて、ゲームの中でしか許容できないのよ。
「それでは、力籠めをお願いします。こちらに空いた結界石が積まれて――」
マトリックスに促されて歩き出した瞬間、空気が揺らいだ気がした。微かな違和感ではあるが、嫌な予感が襲ってくる。
足を止めて、空を見上げる。マトリックスも険しい顔で周囲を見渡していた。
「……ルイ、動くなよ」
ランディが剣の柄に手を掛け、警戒しながら言う。俺は無言で頷いた。この場面で騒ぎだすほど愚かな人間ではない。
――ビリリリーッ。パーパーパーッ。
不意に空気を引き裂くような耳障りな音が響いた。人の不安を煽るような不吉な音の繰り返しに、思わず耳を塞いでしまいそうになる。
「なにっ!?」
「貴女とランディも、走って! 魔物の襲来です! 浄化結界の一部破損が確認されているようです!」
マトリックスが俺の手首を掴んで走り出した。あの音にそこまでの情報が詰まっているとは、日本並みの素晴らしい警報システムである。場違いながら感心してしまった。
「ねえっ、どこに向かってるの!?」
「ここは街の中心に位置する聖教会ですよ! すぐにそこの監視塔から被害箇所の報告があるはずです! 早急に現場に駆けつけられるよう準備しましょう!」
マトリックスが指差す方には、確かに街で一番高い塔があった。聖教会の権威付けのための物かと思っていたが、防衛上の重要建築物だったようだ。
そこから、聖職服を着た男が走ってくる。監視塔から俺たちのことが見えていたのか、迷うことなく近づいてきた。
「報告します! 被害、西南西! 破損箇所、一! 深部への侵入は現在なし! ですが、魔物に穢れが憑いているようです! このままでは、重大な被害が生じます!」
「魔物に!? あれらは穢れに耐性があるはずでしょうっ!?」
「原因不明ですっ」
並走しながらの報告を聞いて、息を飲んだ。浄化結界があるところには、本来穢れは近づかない。穢れに意思があるかは定かではないが、浄化結界外で発生した穢れであっても、消滅を恐れるように近づいてこないのだ。
また、本来魔物は穢れに憑かれないとされている。それが何故かは分かっていないが、耐性があるというのが有力な説だ。
今回は何故か魔物に穢れが憑き、その狂暴性が高められた結果、浄化結界があるこの街を襲撃してきたようだ。
「浄化師だけでは手に負えないではありませんかっ……」
小声で吐き捨てるマトリックス。その様子を見るに、今の状況は絶望的ということか。俺も今、絶望感に苛まれている。
「っ、ちょ、一回、休ませてっ、息、苦しっ」
「こんな状況でなに言ってるんですか!?」
大変申し訳ない。運動不足なばっかりに、走り続けていたので、既にルイちゃん息も絶え絶えです。現場に着く前に死んでしまいそう。この窮地で決まらない自分に絶望ですわ。
「明日から、体力増強訓練な!」
「生きて、明日を、迎えられたらな……!」
並走していたランディがおんぶしてくれました。俺が乗っているのにスピードが落ちないランディは化け物なの?
完全に非力に見えるマトリックスが、道中で剣を手に入れつつ、息を乱さず走っている姿にも心の底から驚いた。
この世界、体力化け物が標準装備なの? ルイちゃん、体力と引き換えに浄化の力を得た疑惑沸騰中。
ランディの背中は揺れるけど、疲れなくてカイテキダナー。泣いてないよ? 自分の不甲斐なさに泣いてなんかいないんだからね!
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