二十一話 おにぎりドレス作り

「そういう訳で寝る用のおにぎりが出来上がったから、今日はぐっすり眠れそうだが」

「寝たいんならベッドか布団を普通に作ってくださいよ。なんでおにぎりの上で寝ようとするんですか」

「せっかくおにぎり錬金の器具を出したし、別の物を作ろうと思うんだ。プリマリア、何かリクエストはあるか?」


 ルイスはおにぎり錬金の器具をまだ活用したいと思っているようで、プリマリアに欲しい物が無いか尋ねる。が、プリマリアは呆れた表情のまま興味無さそうに答える。


「そんな技術で作った物、いりませんよ……。どうせ完成品の形も目に見えてますし」

「遠慮するなって。プリマリアは最近遠慮がちだなぁ」

「遠慮じゃなくて、警戒してるだけです」

「ふむ……」


 プリマリアはおにぎりへの警戒を強めているため何もリクエストしなかった。しかしルイスは少し考え込み、その後プリマリアにこう提案する。


「……そうだ。プリマリアには新しい服をプレゼントしよう。お前、荷物とか持ってなかったから昨日からそのドレスしか着てないだろう?」


 ルイスはプリマリアのドレスを指さした。プリマリアの着ているドレスは精霊姫らしい純朴な物であったが、昨日今日で色々とドタバタしていたせいか少し汚れが付いていたり破れている箇所もある。

 しかしプリマリアは「大丈夫です」と言って呪文のような物を詠唱した。するとドレスの汚れと破れはたちまちきれいさっぱり消え失せ、元の綺麗な状態に戻った。


「このドレスは魔力で生成した物なので魔法を使えば毎日綺麗な状態で作り直せるんですよ。非常に高度な魔法なので私の技術ではデザインはこれしか作れないのが難点ですが……」

「お前、魔法使えたのか?」

「精霊姫ですから当然ですよ。千年前の魔王への旅路でも使っていたでしょう?」


 精霊という物は人間以上に魔法に精通している。プリマリアも精霊姫とだけあって魔力は非常に高い。弱い精霊なら汚れを落とすくらいでも精いっぱいだが、彼女は魔力でドレス自体を作ったり直したりできる。デザインのバリエーションを作るのは難しいようだが、それでもやっている事は高度な事だ。

 その魔力は戦いにも生かされ、千年前の魔王への旅路でルイスにも見せていたはずなのだが……。


「すまんが、そこら辺はよく覚えてないんだ」

「むしろ千年前の記憶、どれくらい残ってるんですかルイス様は……」


 ルイスは全く覚えていなかった。プリマリアはルイスの記憶力がきちんと働いているのか不安になった。




「だがデザインがそれだけというのは可哀そうだな。よし、やっぱプリマリアに冒険用の新しいドレスを作ってあげるか」


 便利とは言え魔法のドレスはデザインが限られる。ルイスはプリマリアにもっと色々な物を着せたいと思ったようで、彼女用の新たなドレスを作ると決めた。


「『ドレスを作る』と言いつつおにぎり作ったりしませんか?」

「大丈夫だ。今日寄ったブティックのデザインから着想を得たからな」

「そのブティック、おにぎりデザインしかなかったじゃないですか。もう不安しかないですよ」


 ルイスが今から作るドレスのデザインは今日寄ったブティックの物を参考に作るらしい。だが今日寄ったブティックはプリマリアが眩暈を起こすほどおにぎりデザインしか無かったはずなので、彼女の心は不安が募る。


「材料は……これを使うか」


 ルイスは道具袋の奥から生地を取り出す。それは純白の美しい生地であったが、何やら煌めいているようにも見える。


「これは『妖精絹』。人間界ではとても貴重な生地だ」

「妖精たちが丹精込めて織った生地ですね。とても綺麗……。これなら上等なドレスができるかも」


 その生地の名は妖精絹。小さな妖精達が戯れに織り上げた、最高級の織物だ。

 使われている材料は妖精達しか知らず、その上妖精達が気まぐれなため安定して供給されることもない。そのため千年前から人間界では『幻』と呼ばれるほど貴重な物である。


「これを切り刻んですり潰して火をかけて一煮立ちさせる」

「待って」


 そんな貴重な布を、ルイスはあろうことか切り刻んですり潰して煮た。正気とは思えない行動をプリマリアは止める事が出来ず、「待って」としか言えなかった。


「なんで切り刻んですり潰して煮た!? 服作りする際の布の扱い方じゃないでしょそれ!?」

「錬金は何事もすり潰しから始まる。こういう下準備をしてこそ綺麗な生地のドレスができるんだ」

「このどうしようもない状況からどういう風に生地が生えるんですか! 絶対すり潰さずに使った方が良いドレス作れますよね!?」

「お前だって魔力を使ってドレス作れるんだから、似たようなもんだろ。俺も同じようにすり潰した布からドレスを作れる」

「うぐぅ……でもなんというか、作業の流れに納得がいかない……!」


 プリマリアは激しくツッコミを入れるが、ルイスはこれが普通だと思っているようで飄々としている。その上ルイスは自分の技術はプリマリアの魔法と同じだと言い出した。

 確かに魔法も割とトンデモ技術である事はプリマリアも承知だ。だがそれにしたって、ルイスの行動手順は納得がいかなかった。


「おっ。そうこうしているうちにドレスが出来上がったぞ」


 そんな言い争いをしているうちに、ドレスが出来上がってしまう。


 出来上がったのは、とても美しいドレス。百パーセント国産米を使用しており三角形のしっかりとした安定感が魅力。ねっとりとした感触の美味しいお米を贅沢に使われていて、ホカホカした湯気が三角形の形状と相まって食欲を……。


「やっぱおにぎりじゃねーか! 布がなんでおにぎりになるんだ!?」


 おにぎりだった。プリマリアは激しくツッコミを入れる他ない。そのツッコミを聞いたルイスは残念そうな表情をした。


「うーん。プリマリアはこのデザインが気に入らないか。じゃあ作り直しだな」

「デザインじゃなくて種類の問題だよ! おにぎりのデザインも差別化まったくできてないけどさぁ!」

「仕方ない。じゃあ次はこれを使って別のデザインを作るか」


 ルイスはデザインが悪かったのだと変なベクトルで反省をし、そして道具袋から別の素材を取り出した。


「これは『オリハルコン』。人間界どころか妖精界でも貴重な鉱物だ」

「服に関係なさそうな鉱物出すな。貴重な物をポンポン使うな。あと、なんでそれギルドで売ろうとしなかったの?」

「これをすり潰す」

「すり潰すなぁーっ!! 貴重品なんだろうがよぉー!?」


 その鉱物の名はオリハルコン。世界で一番素晴らしい鉱物と呼び名の高い、貴重な鉱物だ。こちらも千年前から人間界では『幻』と呼ばれるほど貴重な物である。

 そんな幻をルイスはすり潰した。


「そしてこれを一煮立ちするとおにぎりが」

「おにぎりはもういいっ……!」


 すり潰したそれを一煮立ちさせて出来上がったのは、百パーセント国産米を使用しており三角形のしっかりとした安定感が魅力の(中略)おにぎりだった。このおにぎり乱打にはさすがのプリマリアもキレた。


「あんたなんでもおにぎりにする気なの!? 頭におにぎりしか詰まってないの!? 千年前に勇者だった事すら、もう全部おにぎりに浸食されて全部忘れてるんじゃないのあんた!」


 プリマリアは怒りで眉を上げながら叫ぶ。おにぎりの事しか考えないルイスに、今までの鬱憤を吐き出すように叱りつける。

 しかしルイスはそのプリマリア怒りの感情を聞くと、彼の目つきが真剣なものへと切り替わる。


「そんなことは無いさ。千年前から忘れてない思いもある」


 そして道具袋から一つのアミュレットを取り出した。白く輝く美しい宝石があしらわれていた。


「これは……」

「覚えてるか? プリマリア。魔王との戦いが終わり、お前が精霊界に帰る事になった時。お前が渡してくれた精霊界のアミュレットだ。このアミュレットに使われている宝石『エレメニア』には離れ離れになる二人が再会した時に持っていると永遠の絆を約束すると言い伝えがあるんだったよな」


 それは精霊界の宝石『エレメニア』が使われていたアミュレットだった。エレメニアは幸福な再会を意味する石言葉を持つ精霊界でしか手に入れる事が出来ない宝石で、千年前から人間界では『幻』と呼ばれるほど貴重な物である。人間界は貴重な物を『幻』と言いたがる傾向のようだ。

 そのアミュレットは千年前にまだルイスをちゃんと愛していたプリマリアが、魔王との戦いが終わった際に再会を願って渡した物であった。


「君はあの時言った。魔王が倒されたので魔族によって荒らされた精霊界を立て直すため帰らねばならない。人間の寿命を考えると二度と会えないかもしれない」

「……」

「だが君は再会を信じて、この宝石を渡してくれた。この宝石によって俺は未来を生きる覚悟を決めたんだ」

「ルイス様……」




 プリマリアは千年前を思い出す。

 彼女は精霊界を含む様々な世界を荒らしまわっていた魔王を倒すため、魔王が当時侵略を強めていた人間界に降り立った。そこで出会ったのがルイス達一行だったのだ。

 プリマリアはルイスの強さと優しさに惹かれ、次第に心の底から恋焦がれるようになっていった。この幸せな時が永遠に続けばいい。そう思ったことも幾度あっただろう。

 ルイスが魔王討伐に成功した時は、プリマリアは世界の平和に嬉しく思ったと同時に悲しみも抱いた。彼女は精霊姫として荒らされた精霊界を立て直さねばならない。復興するには人間界の時間で気が遠くなるほどの月日がかかるため、一度精霊界に帰ったらもうルイスとは二度と会えないかも知れないのだ。

 それでもプリマリアはいつかルイスと再会できる予感があった。だから別れ際にこのアミュレットを渡し、約束をしたのだ。いつか来るかもしれない幸せな再会を願って……。


 


「俺が未来に行きたかった理由は、自分の燃え尽きた心を満たす何かを探すためだ。でももう一つ、求めていた物があったんだと気づいた」


 ルイスがプリマリアに近づき、手を握る。


「プリマリア、君だ。俺は君と再び会うために千年の時を越えたんだ」


 ルイスのその微笑みは、プリマリアが千年前の別れ際に見たものだった。優しくて凛としていて、繊細だけど強い意志がある。プリマリアが愛してやまなかった表情だ。


「ルイス様。私、私……」




 プリマリアは心動かされた。ルイスは私に会うために、すべてを投げうって千年の時を越えたのだ。私がずっと会いたかったルイスは確かにここに存在しているのだ!

 プリマリアは昨日ルイスに召喚された時以上に嬉しい思いでいっぱいになった。




「……という経緯があるこのアミュレットもすり潰す」

「あああああああああああああああすり潰すなああああああああああああああああ!!!!!」


 そんなプリマリアの思いはすぐさまルイスの奇行によって粉砕されたのだった。




 こうして思い出のアミュレットはすり潰され、百パーセント国産米を使用しておりなんやかんやなおにぎりがまた一つ出来上がった。ルイスがおにぎりに浸食されている説は当たっているのかもしれない。

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