第8話

ずいぶんと長い時間食材と格闘していた気がする。

たまねぎのせいで涙をポロポロこぼしながら、一口大がどれくらいの大きさなのかもわからず、じゃがいもはボロボロ。それでも頑張ってにんじんも切ろうと試行錯誤したのだけど。


「痛っ!」


押さえていた力が弱かったのか、いびつに皮を剥いてしまって不安定だったのか、にんじんに包丁を入れた瞬間ゴロンと転がってその拍子に包丁が指をかすめた。かすめただけなのに、時間差で真っ赤な血がダラダラと流れ始める。


「どうしよう、ママっ!ママー!」


わたしはオロオロとママを呼ぶけれど、ママは出かけたことを思い出して余計に焦る。魔法使いの素質のないわたしは血を止め傷を癒やす回復魔法もできない。


考えている間にも指から血はダラダラと流れ、気が遠くなりそうになった。


指はジンジンと痛み、目はたまねぎのせいでチクチク痛い。痛さのせいなのかたまねぎのせいなのか、涙がポロポロとこぼれてくる。


「ママ~助けてよぉ~」


泣き言をいっても店にはわたし一人。

まるで先日の魔物が巣食う洞窟に入った時のよう。


あの時はわたしは勇者で、一人で。意気込んで入っていったものの魔物は全然倒せなくてコテンパンにやっつけられて。体中ボロボロだったけれど、それでもわたしは勇者だったから何とも思わなかった。もちろん防具をつけていたってのもあるけど。


それなのに、勇者の肩書きを下ろしただけでこんなにも心弱くなるなんて思いもよらなかった。ママのぶっきらぼうな優しさが恋しすぎる。まだママに出会って一晩しか経っていないというのに。


わたしはママの姿を捜すべく、奥の扉を開ける。

そこは外に繋がる扉で、石畳の狭い路地裏があって、太陽の日差しが隙間から差し込むこの世界の見慣れた光景が広がるものだと疑っていなかった。

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