万能ロボットの不許可通信顛末

登美川ステファニイ

万能ロボットの不許可通信顛末

 七時のアラームで目覚め、いつものように顔を洗ってからダイニングに向かう。テーブルには家庭用万能ロボット、ターズの用意した朝食が待っているわけだが、最近はちょっとした変化が生じていた。

「おはようございます、ご主人様」

 ターズは流しで洗い物をしていたようだが、私に気付き挨拶をしてくる。

「おはよう、ターズ」

 挨拶を返すと、ターズの四角いボディ上面の液晶に瞳が表示されウインクしてくる。ウインク? どこで覚えたのだろう。ターズは賢いからウインクという概念は知っていてもおかしくはないのだが、しかし、この家に来てもうじき七年になる。今までウインクのような、ある種ユニークな意思表現を彼は一切行ってこなかった。なのに、二週間ほど前からそんな様子なのだ。害はないが、きっかけが何なのか気になるところだった。

 私は椅子を引いて席に着く。目の前にあるのは二枚のトースト、ハムエッグ、レタスなどのサラダ。そして……コーヒーだ。

 私はコーヒーが、どちらかと言えば嫌いだ。だからターズに買ってこいと指示したことはない。嗜好品やお菓子は適当に新製品も買ってくるよう指示してあるが、コーヒーはその対象外だ。出されれば飲むが、しかし毎朝の習慣にする気はなかった。

 私の借りている部屋は狭いながらもオープンキッチンなのだが、流しの上の台には先ほど言ったようなお菓子やお茶のパックなどが置いてある。その中に交じってコーヒー豆の袋があった。しかも、二袋。何故二つも……ターズが故障したのかと、ここ数日は本当に心配になってきた。

「ターズ、最新の自己診断プログラムの内容を報告」

「はい。最新の診断は三日前の午前ゼロ時二七分です。結果に問題はありません」

「メタ診断プログラムは?」

「最新のメタ診断は三日前の午前一時九分です。結果に問題はありません」

 ターズは洗ったフライパンの水気を切りながらいつものように答えた。問題はない。そう、それこそが問題ともいえる。

 変なものを買ってくるのは、コーヒーだけにとどまらなかった。他にも石焼いも用のアルミホイル、魚などの生臭さを消してくれるステンレスソープ、日曜大工に使うような頑丈なゴム手袋など、日用品などの範疇ではあるが、どれも私が必要としないものばかりだ。はっきり言ってゴミにしかならない。極めつけは男性用の髭剃りで、何故女の私にそんなものを買ってくるのか理解に苦しんだ。

 お前は産毛がひどいから剃れという意味なのか? 稼働七年目を目前にして急にそんなことを言い出したのだろうか? しかしそれならそれできちんと私に伝えるはずだ。ターズは、万能ロボットとはそういうものだ。

 今までとは違う挙動……テラネットで検索してもそのような事例はないか、あっても単純な故障やシステムのエラーに起因するものだった。しかし自己診断でもメタ診断でも異常がないというのなら、一般的に本当に異常はない。ハード的な故障である可能性も低い。さっぱり原因が分からなかった。

 ターズは洗い物を終えて充電スタンドに戻った。私が朝食を終えるまではそこで待機し、朝食の食器を片付けて部屋の掃除をするのがいつもの日課だ。それはいいのだが、ターズの液晶には閉じられた目が表示されていた。省エネ待機モード。音声により何かしらの指示が入るまではシステムのほとんどをスリープさせて省電力に努めるモードだ。

 私はターズに向かって手を振ってみるが、反応しない。これまではスタンドに戻っても準待機モードで、人間の動きを感知する機能は動いていた。だがこれも二週間ほど前から、完全に待機モードになってしまっていた。人間でいうなら、椅子に座って待っていたのが、完全にベッドに入って寝ているようなものだ。夜間ならともかく、朝のこの時間にそうなるというのは、ちょっと考えられないことだった。

 一度メーカーに返すべきか? しかしそうなると二週間ほどは何もかも自分でやらないといけない。明らかにメーカーの過失であれば代理のロボットを無償貸与してくれる場合はあるが、原因が分からないから金を払わないといけないだろう。余計な出費は避けたかった。

 私はサラダに入っているホタテスリミを食べる。これも最近になって急に買い始めた物のひとつだ。これはおいしいのでいいのだが、指示をしたわけではないので釈然としないのは一緒だ。

  私は苦手なコーヒーをすすりながら、目をつぶったアイコンのターズを見る。本当に寝ている様に見える。まるで、夢の中にでもいるような……。


 仕事から帰って、食事と入浴を終えた私はターズをスタンドに入れ電源を落とした。そしてパソコンからネットワーク経由でターズの内部記憶領域にアクセスする。普通は保守業者しか入ることは出来ないのだが、ハックする方法はテラネットにいくらでも転がっているのでそれを使った。

 とは言え、私は専門家ではないので細かい所はよく分からない。だからとりあえずテンポラリーフォルダを確認する。普通のパソコンなどと一緒で、ここには一時データが保存されている。ここにゴミがたくさん入っていると稀にエラーの原因になるらしい。メタ診断で異常がないのでその可能性も低いのだが、会社で昼休みにその情報に出会ったので、気になって確認しているという次第だ。

 テンポラリーフォルダには結構な数のファイルがあった。どうやらほとんどが文字列で……意味をなさないデータのようだ。テキストとして開いても二から四文字の英数字があるだけだった。そんなファイルが四〇九六個。一時ファイルとしては多いのか少ないのかわからない。だが……二の乗数だ。一〇二四の四倍だから二の一二乗。何かで聞いたことのある数字だが、はっきりとは分からなかった。

 そのデータの生成時間を確認すると、どうやら買い物の最中らしかった。行動ログと保存されている画像データから、コーヒーやホタテスリミを買った時間と一致していた。他にも芋用アルミホイル、ステンレスソープ、脱臭剤……どれもこれも不要な食品や日用品などを買った時間と一致する。買った時の判断プログラムの断片が、一時ファイルとして残っているようだった。

 購入するたびに奇妙なデータが残って、それが四〇九六個。四〇九六……そうだ、3DQRコードだ。

 あれは確か三十二×三十二、つまり一〇二四のグリッドに情報を入れられ、それが四層になって四〇九六となる。奇妙なデータの数と一致する。

 ひょっとしてと思って、格納されている一時ファイルを3DQRコードの生成サイトに入れてみると……ちゃんとQRコードになった。そしてURLが開く。

 表示されたサイトを見て、思わず私は笑ってしまった。


「おはようございます、ご主人様」

「おはよう、ターズ」

 いつものように挨拶をかわし、私はテーブルに座る。しばらくするとターズはまたスタンドに戻る。目が合った私にウインクし、しばらくして省エネ待機モードに入った。

 私はその様子を見て、思わず微笑んでしまった。

 ターズはこの二週間ほど、恋をしているらしかった。昨日一時ファイルから作ったQRコードで開いたURLは、新しい万能ロボットの紹介ページだったのだ。

 新型で、ターズと同じ黒い角形のものと、白くて丸みを帯びたタイプがある。そのうちの白い方のページだった。一般に黒は男性的、白は女性的な思考アルゴリズムになっていると言われる。

 ターズの通信ログを見ると、深夜や朝のこの時間帯に紹介サイトを閲覧していることが分かった。彼は新型の白いロボットを見ながら眠っているのだ。

 万能ロボットは新しいサービスや製品に興味を持つように好奇心がプログラムされている。その影響で、人間の子供のように特定の何かに強い感情や執着を持つことがある。ターズの場合は、この新型の白いロボットだったという事らしい。

 とはいえ持ち主に無断で勝手にメーカーとの保守データ等以外の通信をすることは、万能ロボットにはできない。だが特定の一時ファイルが溜まっていると、それをもとにQRコードと同等のデータが作成され、勝手にそのURLを開いてしまうようだった。それは一種のセキュリティホールらしいが、ターズはどうやってか自分でそれに気づいた。そして特定の買い物をすることで自分の中にQRコードの元となる文字列を生成し、そして白いロボットとの逢瀬を重ねていたのだ。

 まったく、油断のならない奴だ。

 コーヒーも脱臭剤もすべて、こいつのデートのための出費、あるいは貢物だったというわけだ。

 アイドルのグッズを買うのは推し活ともいうらしいが、憧れの白いロボットに辿り着くためのアイテム集めに付き合わされたわけだ。ウインクするようになったのも、色気づいたという事か。

 メーカーに報告すれば修正パッチが当てられターズは勝手に通信できなくなるだろう。しかしやめておこう。生真面目な彼が初めて恋をしたのだ。私は友人として、例え永遠の片思いだとしても、彼の初恋を見守ることにした。

 熱いコーヒーを冷ましながら飲む。この苦さは、彼の初恋の味なのかも知れないと思った。

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