推し活ライン

いいの すけこ

推しと感情の境界線

 教室の片隅で、黄色い歓声が上がる。

 数人の女子が固まって、窓にかじりつくようにしていた。

「レイせんぱあーい!」

 せーので声を揃えて、女子たちは外へ向かって声を張り上げる。楽しそうな、浮ついた声。

 数拍遅れて、女子たちはまた黄色い声を上げた。

「レイ先輩、手え振ってくれたね!」

「はあーかっこよおおお」

「もうマジしんどい。かっこよすぎて死ねる」

 きゃっきゃとはしゃぐ女子たちに冷ややかな目線を送って、外野の男子――俺も含む――は、わざとらしくため息を吐いた。


「あの人、女子じゃん」

 クラスメイトの女子たちが歓声を送っていたのは、一つ学年が上の女子生徒だった。

 最初その光景を目にした時は、イケメン男子にでも熱を上げているのかと思っていた。けれど女子たちが熱視線を送る先を見てみれば、そこにいたのは同性の生徒だったわけだ。

「男子とか女子とか、関係ないもん。かっこいいんだから」

「ねー」

 声を合わせて、女子たちはレイ先輩の魅力を語る。

 中学生女子の平均身長を十数センチは上回りそうな長身。

 すらりと細い手足。

 ショートカットのヘアスタイルは、男子だったらうっとおしく感じる長さだ。男子には難易度の高い髪型でありながらかっこいいところが、レイ先輩が女子であるゆえの価値の高さなのだという。なんだそりゃ。

 あと、レイ先輩はダンスが超絶うまい。ここで騒いでいる女子の大半は、レイ先輩と同じくダンス部だった。


「男子なんてお呼びじゃないもんね、レイ先輩なら全然いける」

「怖いわ、お前ら」

 本気で引きつつある男子勢に、群れの端にいた女子が言い返した。

「推しってやつだよ、レイ先輩は」

「それなー」

 周囲の女子も、声を揃えて同調する。

「推しって言葉が一番しっくり来るねー、レイ先輩のこと」

「推し活ってやつだよねー」

 楽しそうにレイ先輩を推す女子たちの目は、どこまでも明るく澄んでいる。

「ああ、推しね。推し活ね。そう言われれば、なんかわかるわ」

 それならわかる、と納得した様子の男子勢に、端の女子は、でしょう? と笑顔で返した。



 放課後の校舎、教室棟から特別棟へ向かう渡り廊下で佇んでいる女子。

 教室棟側寄りの場所で窓ガラスに張り付いて、一階へと視線を落としていた。

「そこ、ダンスホールよく見えるよな」

 特別棟の一階にあるダンスホール。壁側は鏡張りで、レッスンバーが備えてある。実際には集会やあらゆる体育教科で使われるが、放課後はダンス部のメイン練習場所になる部屋だ。

「レイ先輩だ」

 女子の横に並んで、俺もダンスホールへ視線を向ける。

 フォーメーションの中心で、レイ先輩が踊っている。長い手足を伸ばして、真剣な表情で。

 一緒に踊る部員の中には、レイ先輩への推し活に励むクラスメイトたちもいた。浮ついた様子はなく、彼女たちも一様に真剣に踊っていた。

真緒まおもダンス部、入ればよかったのに」

ひさくん、私が運動神経皆無なの、知ってるでしょ」

 真緒は『レイ先輩推し女子』たちの中にいた一人だ。その中で唯一、ダンス部所属ではなかった。

「レイちゃん、やっぱりかっこいいな」

「みんな真緒とレイちゃんが幼馴染って、知ってんの?」

 俺と、真緒と、レイちゃん。

 俺たち三人は、中学校入学前から親しい幼馴染の間柄だった。

「言ってないよ。言ったら、みんな大騒ぎしそうだもん」

「困るか?」

「んー。うるさいだけで、困りはしないと思うけど。みんな同担拒否じゃないから嫉妬とかしないし、リアコ勢でもないしね」

 同担拒否は、推しが被るのを嫌がること。

 リアコは、推しにリアルで恋をすること、だったか。


「真緒は?」

 放課後こっそり、レイちゃんを見つめていて。

 小さい頃から、俺よりもずっとレイちゃんにくっついて回っていた、真緒は。

「リアコとかじゃ、ないの」

「何言ってるの、久くん」

 はしゃぐ女子の群れ、その端っこから『推しってやつだよ』と真緒は言った。

「レイ先輩は、私の推しだよ」

「……推しって、思ってたら」

 真緒の中で、なんか紛れんの?

 そう言おうとしたけど、言わなかった。

 俺は真緒に背を向けた。

「帰るわ」

「うん。じゃあね、久くん」

 一緒に帰ろうとか言いながら、真緒がついてくるかなとも思ったけれど。そんなことはなく。

 特別棟の一階に視線を向けて、再び真緒は『推し活』に励むのだった。



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