第12話 彼女お?

「えっと…‥。俺たちになんか用ですか?」

「ええ。あなたたち、さっきすれ違い様に聞き捨てならないこと言ったじゃない」


 んん?と身に覚えがないと云わんばかりに動揺する二人組。

 ちなみに、俺と大路さんも彼らと同意見。何が起こっているのかさっぱりわからない。


「あなたたち、さっきまでどこの店にいたのよ」

「どこって……」背の高い男性が遠くを指差す「あそこだけど」

 どうやら名前を覚えてないので、付近を指し示すしかないようだ。目を凝らすと、確かに不動産屋やファーストフードが建ち並ぶ一角に、個人が経営しているであろう中華料理屋が目に入った。

 ぱっと見だが、彼らの評価通りに軒先が古めかしい。

 旨そうな店ではない。


「あなたたち、あの店で何食べたのよ?」

「なにって……」小太りの男性が眉根を寄せた。「さっきからなんだよ。尋問みたいな口調で」

 確かに、飛田さんの様子がおかしい。なぜ、通りすがりの男性二人組を急に呼び止めたのだろうか。

「興味があるのよ。あなたたちがあそこで何を食べたか」

 むんと腰に手をあげて詰め寄る飛田さんに、たじろぐ二人組。

「い、いや……。ラーメンだけど」

「ラーメンん~」と眉間に皺を寄せた。「何ラーメンよ」

「タンメン……です」

「そっちは?」

「俺は……シャーシュー麺、です」


 いつの間にか敬語になる二人組。

 彼らの回答を受けて、はあぁぁと深いため息を吐き、夜空を見上げる飛田さん。そして、すぐに噴火。


「あんたたち、全っ然、わかってないじゃない!」

「え、あ、は、はい?」

「いい? まず、数あるラーメンの中でタンメンを選ぶセンス。ありえないでしょ。しかも馴染みの店でもなんでもないのに、いきなりそこいくう? そっちの彼はまだいいわ。とりあえず王道のチャーシュー麺を注文したんだから。まあ、無難なとこよね、初めていった店で注文するのは」

 結構、貶されてるのだが、角度によっては不思議と褒められてる風でもあるので、安堵の表情を浮かべる背の高い彼(チャーシュー麺)。一方、小太りの彼(タンメン)は、戦々恐々。


「あなた、いる?」

「え、えっと、何が、ですか?」

「彼女よ」

「い、いや、それが一体なんの関係が……」

「いいのよ、そんなこと。どうなの? いるの? 彼女?」


 タンメンさんからちらりと助けを求められた。一瞬だけ大路さんと目を合わすが、静かに首を振られた。

 ああ、新入社員の君に言われなくてもわかってるよ。


 だって、俺たち会社員――

 役員には逆らわないから。

 だよな。

 ええ、先輩。


 助けはこないことを理解したタンメンさん意気消沈。寒々しい春の風が通り抜ける。

「い、いません」

「ほら。例えば、気になる彼女をデートに誘うときを想像してみなさい。よく下調べもしてないラーメン屋にいって、そこの名物も頼まずに、ただ己のお腹を満たすために注文する姿を意中の彼女に見られてみなさい。私なら幻滅するわね」

「はあ……」


 なんだか、すご~く失礼なことを言い放ってる気がしてきた。流石に彼(タンメン)が可哀そうになってきたし、飛田さんのためにも止めに入るのが正解かも。そう思い、二人の間に割って入ると、明らかに飛田さんの顔が真っ赤に腫れ上がっていた。

 こ、これは――

 ただの酔っ払い……では?


「センスがないわ。名物を食べずに文句言っちゃダメでしょ」

 なおも続くお説教に、

「じゃ、じゃあ、あそこの名物はなんだよ。おばさんは知ってるのかよ」

「おば……」一瞬だけぴくりと反応するが、「知ってるに決まってるじゃない」

「なんだよ」















「やきそばよ」




 ……っ!

 まさかのやきそばかよ。


「な、なんだそりゃ。中華料理屋って暖簾かけといて、名物がやきそばって、ありえねー。そんなのわかるわけないだろ。あそこの店自体がセンスがないっていってるみたいなもんじゃねーか」

「ま、まあね」

 今度は飛田さんが形勢不利に。

「だいたい、酒に酔って見境なく絡んでくるおばさんだって、どうせ行き遅れた独身だろ。指輪だってしてないし、人のこと言えないんじゃないの」


 なんだか口論の雲行きがおかしくなる。

 だが、こちらも黒い期待がよぎる。そうなんだ、飛田さんには彼氏がいるのか、俺もそこを知りたかったんだ。

 どうなんだ、どうなんだ。

 熱い視線を送るが、小動物のようにたじろぐ飛田さんを眺めているとなんだか胸が痛みだした。

 元はと言えば、飛田さんが酒に呑まれて行きがけの男性二人組に、ただ絡んでるだけにすぎない。悪いのは100%こちら側。

 ここは、スマートかつ切り抜ける最善の答えがある。

 それは――


「すみません、俺のがとんだご迷惑をっ!」


 これしかない!

 だが、正解ではなかったようだ。


「ひとにくんの彼女お~?」


 と。

 今度は一気にこちらに突っかかるが、うぷっと喉元にアレが込み上げたようで、飛田さんは抑えきれず盛大に吐いた。


「おげろえいあええいえいあいああああへどろあぼああうあいおいい――」

「うわっ! まじかよ、きったねー」

「へばおあぽぱおいあいあおあああ――」

「ああ、せっかく買った靴にゲロがっ」


 阿鼻叫喚と酸味の地獄絵図。

 こんな美しい春の嵐と、素敵なあなたのあられもないお姿。

 逃げろーと、ぴゅーと走り去る男たち。

 呆気にとられる大路さん。

 電柱に腕を伸ばして体を支える飛田さん。

 全て吐き終えると、そのままこちらを見つめる。

 ぷるんとした唇に、ゲロ跡が微かに残る。

 そして、一言――


「ま、こんなもんよ」


 なにが?

 そう突っ込もうとしたが、それは叶わなかった。

 なぜなら、そのまま酩酊して意識を失った飛田さんがこちらにもたれかかってきたからだ。

 ふわりと香る甘い匂い。

 そして、スプリングコートの上からでもわかる柔らかい胸の感触。



 ああ。


 飛田さん。


 おれ。


 あなたが好きです。 



――第二章「大路祥子でーすっ!」終わり。第三章へ――


 *しばし連載休止します(不定期更新)

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わたし、ひとりで飲むから邪魔しないでほしいんですけど ~俺と飛田香耶さんのちょい飲み恋模様~ 小林勤務 @kobayashikinmu

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