第3話 邪魔しないで

 ま、まじかよ。


 てゆうか、どういうこと?

 この「宮崎あおい」×2÷2=「宮崎あおい似」、いや、「松本まりか」×2÷2=「松本まりか似」の素敵なお姉さんが、俺と同じ会社にいるって……うそだろ。

 こんな人、見たことも聞いたこともないぞ。

 俺のアンテナが低かったってこと?


「あの……失礼ですが、どこの部署にいるんでしょうか?」

「部署?」ああ、とつまらなそうな声を出して「そういうんじゃないのよ」

「? となりますと?」


 うーんとお姉さんは首をひねり、


「てゆうか、どうでもいいけど、わたし、ひとりで飲みたいから邪魔しないでくれないかしら」


 そう言ってギンと凄まれる。ちょっとフレンドリーになりかけたと思ったら、思い切り冷水を浴びせられた。でも、お姉さんの気持ちは痛いほどわかる。誰だって、ちょい飲みの真髄である完全にプライベートな時間を何よりも重要視している。ひとりでまったりアルコールで脳を満たしたい夜に、他人は無粋なのだ。


「す、すみません」


 ぺこりと頭を下げて、再び隣同士で黙々と酒を飲む二人(その距離30cm)。ちらちらと意識だけは隣のお姉さんに向けて、静かに時間は過ぎていった。


 翌日――


「本日から、皆様と同じ仲間になります。飛田ひだです。よろしくお願いします」


 再び、日高屋で出会ったお姉さんのご尊顔を拝むことになるとは思わなかった。

 しかもWEBで。

 業績低迷のあおりを受けて、うちの会社も経営陣を刷新することになった。その目玉の一つが、人事。いわゆる生え抜きから上へと引っ張り上げる人事ではなく、外部招聘。それも超優秀な超若手の採用。


 その優秀な若手が彼女――飛田 香耶ひだ かやさんだった。


 彼女はアイビーリーグトップのハーバード大学でMBAを取得後、アメリカの投資会社を経て、いきなりうちの会社の役員に就任した。当然、英語はペラペラ。マーケティング含めて経営全般に長けており、才色兼備を地でいく素敵なお姉さん。奇しくも俺の元カノを奪った商社マンと同じ経歴の持ち主だ。

 もう、こんなご時世ならば、いくら真面目にコツコツ仕事を頑張っていても、どうなんだろうか。ある日突然、はるか彼方の天空人が何ももかっさらってしまうのが正義といわんばかりだ。ますます、庶民とエリートの線引きが濃くなっていく。


「わたしも全力を尽くすので、これから、一緒に会社を盛り上げていきましょう」


 自己紹介ですらリアルじゃなくてWEBだ。忙しい彼女を一斉にお披露目する目的でもあるのだが、浮世離れした存在をいやでも感じてしまう。


 彼女の挨拶が終わると、音声でなく、全社員の拍手マークが画面いっぱいに映し出された。可愛らしい彼女の顔が画面から霧の様に拍手マークにかき消されていく。


 そう。

 まるで、手の届かない存在ということを象徴づけるかのように。


 俺には高嶺の華なんだ……


 日高屋で出会って、思わず胸がときめいた彼女に声をかけて、かけられて。そんな関係もただの偶然の産物。もう二度と、あの奇跡の夜は起こらないんだ……


 と。


 思ったのは一日だけだった。


「あ」


 夜9時。いつもの日高屋で思わず二度見。俺より早く、飛田さんがカウンター席に陣取っていた。


「お、お疲れ様です」


 ん?とジョッキを傾けて、この俺の存在に気付く飛田さん。今日もご機嫌麗しい。髪の毛は臨戦態勢。ばっちり艶やかな髪の毛をひとつにまとめ上げて、髪の毛一本たりとも、前に垂れさせませんと云わんばかり。


 そして、こちらの挨拶は――無視された。


 彼女は涼しい顔でごくごく喉を鳴らしている。


 あ、あれ? 人違い?

 いや、向こうは俺のことを覚えていないのか……


「あ、あの、飛田さん、ですよね?」

「……」

「あの、俺……私、一二 ひとに みつです。あなたと同じ会社の」

「……」

「えっと……もしかして、無視されてますか?」

「……」

「おーい、聞こえてますか~」

 この一言が引き金。

 彼女はだんとジョッキをテーブルに叩きつけると、


「ああもう、しつこいわね。聞いてるし、あなたのことは知ってるわよ。ひとにくんでしょ。わたし、言っちゃあなんだけど、社員の顔と名前は一日で全部覚えたから。あんまり甘く見ないでくれるかしら」


「へ? それなら、どうして……」


「てゆうか、あなたデリカシーなさすぎじゃない? わからないのかしら、この状況」

「……と、いいますと」

 飛田さんは、はあ~とため息を吐き、枝豆を食べる。「今、わたし、いい感じにちょい飲みしてるじゃない。ちょっとは気を遣いなさいよ。しかも、ちょうど飲み始めたばかりなのに」

「す、すみませんっ」

「いい? ちょい飲みするってどういうことを求めているかわかる?」

「気楽に、一人で、酒を飲む……ですか」

「それよ、ソレ。わかってるなら、もういいわよね」

 深いため息とともに、ぷいっと前を向かれた。

 ちなみに、今の席次は左からこんな感じ。


 俺➡飛田さん。


 つまり――狭いカウンター席で隣同士(距離30cm)。しかも、お互い知ってる者同士。

 そんな状況で、会話もせずに、無言で酒をあおるって……



 そんなのってありえる?




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