第36話

その光景を見ていた光平は唖然として、慌ててアパートへと賭け戻った。



誰かがあの仮面を盗んで屋上に戻したのではないかと考えたのだ。



だけどその心配は不要だった。



光平が持って帰った仮面はしっかりとクローゼットの中に保管されていた。



それを確認して思い当たることはひとつだけ。



あの仮面は必要な人の前にだけ現れる。



ひとりだけじゃなく、必要としている全員の前に現れるのだ。



それから光平は毎日屋上へ行き、誰が仮面を拾うのかを確認した。



仮面を拾った相手の後をつけて、どのような犯罪を犯すのかも見てきたため、自分が使わずともあの仮面の力が本物であることはわかっていた。



そして、クルミが自分の家を放火したあの日、光平は始めて自分の仮面を身に着けたのだ。



自分がどんな犯罪者になるのか、内心光平はワクワクしていた。



今まで動物を殺してきて、今度はもっと大きな動物を殺したいと願っている。



その願いを、この仮面がかなえてくれると信じていたからだ。



仮面をつけた光平は自分の手足が勝手に動き、クルミの家へと向かうのを感じた。



クルミが自宅に火をつけて裏路地に身を潜めているのを確認すると、あらかじめ準備していたスタンガンを握り締めて近づいた。



最初の獲物はこいつだ。



光平は電力を最大に上げたスタンガンを、クルミの体に押し当てたのだった。



そして、現在。



光平は目の前に転がっているクルミを見下ろしていた。



クルミは蒼白顔で小刻みに震えている。



2人がいる場所はクルミの家から近い工事現場で、なにか問題が起きたようで途中で取りやめにされていた。



周囲には当時使われていた工具がそのまま残されていたし、これほど殺人に最適な場所はないと思えた。



この場所も光平の体が勝手に探し当ててきたものだった。



光平はクルミを見下ろして舌なめずりをした。



それはとても大きな動物で光平は自分の血が騒ぐのを感じた。



今からこの大物を殺すことができるんだ。



どうやって殺そうか?



簡単に死んでしまっては面白くない。



ここはやっぱり、少しずつ痛みつけるのがいいだろう。



そう判断した光平は工具箱の中からニッパーを取り出した。



少し錆びているけれど、力を込めれた爪くらい簡単に剥がせそうだ。



光平はクルミの前に膝をつくと興奮で自分の呼吸が荒くなっていくのを感じた。



どうにか気持ちを落ちつかせて、クルミの体をうつぶせにさせた。



クルミは抵抗したが、手足を拘束されているため簡単にコロンッと転がってしまった。



その後クルミの体に馬乗りになるとクルミの指を確認した。



手荒れのない綺麗な手だ。



たしかクルミはお嬢様だと聞いたことがあるから、きっと水仕事なんてしたこともないのだろう。



自分との境遇の違いに苛立ちを感じて光平は、乱暴にクルミの爪と肉の間にニッパーを挟みこんだ。



それだけで激しい痛みがクルミの体を駆け抜ける。



爪と指の肉がジリジリと分離していくのを感じる。



爪を剥ぐ瞬間、光平はクルミの指にできたペンダコに気がついた。



勉強にしすぎで一部だけ指が硬くなってタコができているのだ。



しかしそれは見なかったことにして、一気に爪を剥ぎ取ったのだった。



爪を一枚はがしてしまった後は夢中になった。



光平の体の下でクルミはビクビクと痙攣したように震える。



それが楽しくて仮面の下で満面の笑みを浮かべて、すべての爪を剥いでしまった。



クルミの長くしなやかな指先は真っ赤に染まり、それが月明かりに照らされてヌラヌラと輝いている。



次に光平はクルミの体を反転させて上向きにさせた。



クルミは目から大粒の涙を流していて、光平を見上げてくる。



大きくて魅力的な目をしている。



光平は仮面の下に笑みを浮かべたまま、工具箱を確認した。



そして手に取ったのは隙間などに差し込むことができる、ヘラのようなものだった。



金属製のそれの強度を確かめるように地面を叩く。



カンカンと甲高い音が響いてクルミがまた体を震わせた。



再びクルミの前にやってきた光平はクルミの体に馬乗りになると、片手でクルミの右目を無理矢理開かせた。



クルミがイヤイヤするように左右に首を振るので、光平は一度クルミから手を離すとその頬を殴りつけた。



容赦なく、2発3発と続けて殴ると頬骨が折れる感触が伝わっていた。

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