第27話

これを拾ったときにイメージしたことを、今からやるのだ。



自分の人生を変えるために、この家をすべて燃やし尽くしてしまえ。



そうすれば自分は自由になれる。



両親が死んで施設に入ることになったとしても、少なくてもコンビニくらいは自分の意思でいけるようになるのだ。



クルミは舌なめずりをして拾ったライターを見つめた。



普段は踏みつけて歩くそれが、今はクルミにとって唯一の救世主だった。



火をつけようとして、ふと、ライターを持つのは自分の人生で初めてだと思い至った。



ライターだけではない。



他にも普通の高校生が当たり前に触れたことがありそうなものを、クルミはまだこの手に触れたことすらないのだ。



そう思うと悲しさと同時に怒りが沸いてくるのを感じた。



自分をこんな風にしたのは誰のせいだと、両親を責めるような気持ちが膨らんでいく。



その怒りに任せてクルミはライターをつけた。



カシュッ!



かすかな音と、不発だったときの香りがトイレの中に広がっていく。



もう一度。



カシュッカシュッ。



何度やってみてもライターに火はつかず、かすかな閃光が飛ぶばかりだ。



次第にクルミの目に涙のまくが浮かんできた。



カシュッカシュッ。



つかないライターの音が、いつまでもトイレの中から聞こえてきていたのだった。


☆☆☆


なにも変わらない翌日がやってきてしまった。



お手伝いさんに起こされたクルミはすでに準備されている制服に着替え、髪の毛を整えてキッチンへ向かった。



父親の朝は早くて、その姿はすでにない。



しかし、父親が食卓にいないだけでクルミの気持ちは随分と楽になる。



普段の食事では呼吸もできないくらいに重苦しさを感じるときがあり、そういうときは決まって父親の仕事がうまくいっていないときだった。



そういうときにクルミが気分を変えようとして話かけると、『食事は黙ってしろ』と、一括されてしまう。



助けを求めるように母親へ視線を向けて見ても、母親はまるでクルミに関心を示さなかった。



母親の関心があるのは父親のお金と宝石ばかりだ。



「昨日みたいなことはもう言わないで」



朝食を食べ始めたとき、母親がそう声をかけてきた。



母親からクルミに話かけてくることは珍しいので、クルミは一瞬動きをとめて目を丸くして母親を見つめた。



「ほら、部活とかなんとか。クルミがそういうことをいうと、あの人すぐに不機嫌になるんだから」



母親は面倒くさいとでもいいたげに言葉を続ける。



「ごめんなさい」



自分が悪いことをしたとは思っていないが、クルミはつい謝ってしまった。



母親はその言葉を聞くと満足そうに微笑んで、再び食事に集中したのだった。



学校はどうして6時間で終わってしまうんだろう。



もっと、8時間でも9時間でもすればいいのに。



あっという間に授業が終わってしまっても、クルミはなかなか席を立つことができなかった。



家に帰るとまた勉強が待っている。



勉強が嫌なわけではないけれど、子供に関心を見せない両親と顔を合わせるのは嫌だった。



家に帰るとまるで自分は両親のロボットになってしまったような感じがするのだ。



自分は少しも自分の意思では動けない。



それはとても息苦しいことだった。



すぐに帰る気になれなかったクルミはひとりで校舎内を歩き始めた。



すでに廊下にいる生徒の数は少なくなっていて、部活動を開始する声がグラウンドから聞こえてきている。



みんな自分の意思で動いている。



真っ直ぐ帰るのも、部活に参加するのも、アルバイトに行くのも、きっと自分で決めたんだ。



どれだけお金がある世界よりも、クルミにとって自由のある世界のほうがずっと魅力的だった。



「あ、ここって……」



ぼんやりと歩いていると、いつの間にか屋上へ続く踊り場へ来ていた。



灰色の重たくて冷たそうなドアが聳え立っている。

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