第5話

☆☆☆


大田に盗撮を見破られた恵一はその後ろくにリナを撮影することもできず、放課後が来ていた。



授業内容は右から左へと抜けていき、ほとんど聞いていなかった。



カバンを肩にかけ、誰にも挨拶することなく一人でB組の教室を出る。



みんなが階段を下りていく中、恵一は一人で階段を上がっていく。



あの女子生徒が言っていたように屋上の鍵は閉められて出ることはできないだろう。



それでも確かめてみたかった。



もしも本当にそんな仮面があるとすればとても面白そうだし、話のネタにもなる。



そこまで考えてふと足を止めてしまいそうになった。



話のネタなんて持っていても自分には友人と呼べる人がいない。



誰にも話すことのないネタを持つ必要がどこにある?



悲観的な自分が心の中に顔を覗かせて、そんな風に質問をしてくるのだ。



恵一は再び階段を上がりながら、別にいいじゃないかと割り切ることにした。



会話する相手は友人だけじゃない。



両親も、病院の先生もいる。



特に病院の先生は診察のたびに学校生活について質問をしてくる。



大半は体に影響が出ていないか気にしてのことだったが、昔からお世話になっているため恵一の友人関係についても気にしている様子なのだ。



恵一にとって病院の先生は友達や教師よりも信頼をおける存在だ。



そんな先生に面白い話題を差し出すのは悪いことじゃない。



クリーム色の階段を登りきるとそこは2畳ほどの踊り場になっていて、灰色の重たそうなドアが見える。



恵一はドアの前で立ち止まり、一度呼吸を整えた。



ここまで早足できたから少し息が切れてしまった。



普段ならもっと気をつけるのだけれど、今日は仮面の噂が気になったし、大田においかけてこられるんじゃないかと心配でつい早足になってしまった。



呼吸を整えてようやくドアに手を伸ばす。



ドアノブは冷たく頑丈そうで少しだけひるんでしまう。



鍵が開いていなければすぐに戻ろう。



そう思い、ドアノブにかけた手に力をこめる。



どうせ無理だと思っていたので、それがゆっくりと回転したときには恵一は息を飲んでいた。



一瞬頭の中が真っ白にもなる。



だけど恵一の体はドアを開けるという動作を記憶していて、ノブを回したあとはドアを押すだけだった。



ギィとかすかな音を立てて屋上へ続くドアが開いていく。



最初に灰色のコンクリートが視界入った。



その上に広がる青空。



次に奥に諸水槽。



「開いた……」



恵一は目を見開いて呟き、そっと屋上へ足を踏み出した。



どうして鍵が開いていたのか、今は考えないことにする。



とにかく屋上にでると周囲を見回してみた。



1年生のときにクラス写真をここで撮影したことがあるが、その時以来だった。



7月の爽やかな風が恵一の短い髪の毛を揺らして行く。



屋上はとくに代わり映えしない様子だった。



人の気配はなく、白いフェンスは随分とはげて薄汚れ、なんだかここにいるだけで死にたくなるような光景。



もっともそれは恵一の心を反映しているから、別の人から見ればまた別の風景として捉えられたことだろう。



とにかく恵一からみればここは最終段階に差し掛かった人間が来る場所だった。



たとえば壮絶なイジメに遭っているとか、とても生きてはいけないことが起こってしまったとか。



そういう人たちがあつまり、あの薄汚れたフェンスをよじ登っていく場所。



「戻ろう」



恵一はぽつりと呟いた。



そもすれば自分がそのフェンスによじ登ってしまいそうな恐怖感を覚えたからだ。



もちろん恵一に自殺願望なんてない。



けれど、ここで今までの人生を振り返ったりすればそれこそ危険なことになると感じた。



クルリときびすをかえして校内へ戻ろうとしたそのときだった。



目の端にキラリと光るなにかが見えて足を止めた。



それは太陽の光を一心に受けてキラキラと輝いている。



なんだ?



不振に感じて体ごと光のほうへと向ける。



それは地面にあり、白っぽいものであるとわかった。



しかし、それ以外は光の反射のせいでよくわからない。



校内へ戻ろうとしていた恵一の足は引き寄せられるように自然と光のほうへと向かっていた。



「あ……」



光のを見下ろしたとき、小さく声を漏らしていた。

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