推しが全裸で暴れてる

夜野 舞斗

探偵は本当に全裸だったのか?

 今朝の太陽は体に染みるも、清々しさを感じる。夜中の間はかなり蒸し暑くて、この世界に居心地を感じていたところだった。

 しかし、今日は楽しみにしていたコスプレイベント&即売会。買いたい本をスマートフォンにリストアップした後は、仮装の準備を始めていく。

 眼鏡を外し、コンタクトに付け替える。刑事としていただいたスズメの涙程の給料で買った仮装用のカツラを装着。短髪だったわたしの姿はみるみるうちにミステリアスな黒髪の美人へと変貌する。洗面所の鏡を見て、なかなかだと自分で自分を高評価させてもらった。

 今日は桂堂けいどう赤葉あかばという刑事ではなく、とある探偵漫画に出てくる美人警部を演じるのだ。

 今日は一日、優雅なコスプレ同人会を……と思っていたのだが。


「あれ? 赤葉刑事じゃないですか?」


 何故か即売会で見知った女子大生と出会ってしまった。わたしだけコスプレ姿を見られるのは何だか恥ずかしい。そう思ったけれど、彼女は彼女でピンと立った茶髪をワックスで固め、ホームズのような衣装を身にまとっている。

 彼女、知影ちゃんは探偵として時々わたしの手伝いをしてくれる。ただ、今回はそうではなく、漫画のコスプレをしている。同じコスプレ仲間だとしたら、ワクワクが止まらない。

 

「知影ちゃんも?」

「ええ!」


 そこにもう一人、黒いコートを着た茶髪の少年が知影ちゃんの後を追ってきていた。


「あの……待ってください」


 彼もまた高校生探偵として活躍している氷河くんという男の子。彼がしているのは……。


「まさか、まさか、知影ちゃんはホームズちゃんのコスプレで、氷河くんはそのライバルのジャックザリッパーのコスプレを!? 君達も好きだったの!?」


 興奮してついつい聞いてしまった。そのせいで氷河くんが若干引き気味。それでいて恥ずかしそうに顔を紅くして答えている。


「知影探偵のSNS仲間がやっている同人イベントの売り子が足りないからって……体格が似てるからって……」


 逆に知影ちゃんの方は生き生きとして、返答する。


「ワタシはこういうの好きですよ。これでいいねもフォロワーも増えるかしら。あっ、じゃなかった。赤葉刑事もワタシの味方であるコロンボ美人警部のコスプレをしてるなんて……ああ。真実はなんて残酷で麗しいものでしょうっ!」


 彼女がうっとりしている中、わたしも同じ思いをさせてもらう。胸の騒めきが止まらない。

 わたしは元々、この二人が推しなのだ。何だろう。わたしという刑事から見た探偵がとても格好良く見えるのよね。当然、この探偵漫画に出てくるキャラ全員がわたしの推しだ。つまり、推しが推しのコスをして、推しのセリフを口にする幸せが目の前にある。

 鼻血が出そうな気になってわたしは思わず、鼻をつまみそうになっていた。そこで鼻の感覚を意識したわたし。

 知影ちゃんから放たれている、紅茶の良い香り。


「あっ、知影ちゃん。紅茶の香りが」


 彼女は笑顔で返答をした。


「はい! 美味しい紅茶を飲んできましたから!」


 そこで氷河くんが「げっ」と言いながら、彼女の話に嫌そうな顔を見せたような。聞き間違い、見間違いだろうか。

 彼からはコーヒーの香りがする。


「氷河くんもコーヒーを?」

「まぁ、売り子が途中で寝ないようにってことで知影探偵に何度も飲まされましたよ。それと……」


 彼が何かを言いかけた途端、知影ちゃんがスマートフォンに目を映す。「あっ、やばい!」と言ってから、彼の黒いコートを引っ張っていく。


「赤葉刑事じゃなかった。今日はコロンボ警部! 良かったら、ワタシ達のやってる店にも来てくださいねっ!」


 彼女達が消えた後に少し不安になった。今日は平和なのかな。探偵という体質もあってか、彼女達は何回も事件に遭遇している。事件が起きたら、推し活どころでないような。

 しかし、会場も平穏で、少々騒がしいものの物騒なことをする人はいない。皆、このコスプレイベントを愛しているものばかり。


「あっ、すみません、写真撮ってもいいですか?」


 茶髪の少年が茶色いジャンパーを着て、カメラを持っている。わたしは少々恥ずかしいけれど。この警部なら自信満々に自分を撮らせるだろうな、と思い、承諾した。


「いいよ。可愛く撮ってほしいな。後、折角だから……保存しときたいな。その写真ってこっちに渡せる?」

「ああ、すみません。このカメラからでは。でも、後でデータをスマホに送れば」

「じゃ、お願い! メアドを交換ね」

「は、はい。ありがとうございますっ! あっ、でもあっちの方にいますのでもし、気が向いたら遊びに来てください!」


 微かに彼からもコーヒーの香りが漂ってきた。この匂いがしたのは、彼一人ではあった。しかし、知影ちゃんのような恰好をしている女性からは紅茶の匂いがするような。そういや、ホームズちゃんは紅茶が大好物でジャックがコーヒーをよく飲んでいるだったかな。

 漫画で読んだシーンを頭の中で想起している、最中だった。


「いやぁ!」


 何が起きた、と思っている間に人だかり。人の波に流されてわたしは何もできないまま。それでも何とかと事件が起きたであろう場所へと歩いていった。

 犯罪ならば、わたしが出なければ。困っている人を助けるのが使命だから。


「だ、大丈夫ですか!?」


 何が起きているのか分からず、座り込んでしまっている女性に声を掛けた。


「男がいきなりバッと裸を見せつけてきたんですっ! そうっ! そこの男がっ!」


 彼女が指差した先にいた人を視界に入れた時、ハッとした。

 わたしの推しだ。推しの、氷河くんが焦って、犯行を否認している。手を振りながらだから、余計怪しく見えてしまう。


「何を言ってるんですかっ!? 僕はただ、ここに戻ってきただけですよ!」


 女性が犯行に対して訴えている。わたしが肩を優しく擦っても止まらない。


「戻って来たって! 裸を見せた後、また平然とここに戻ってきたってことでしょ!?」

「ああ、言い方が違いました……そうじゃなくって、ですね。僕はやってません。この顔で正しいんですか?」

「仮面はあったけど、ほぼアンタで間違いないでしょっ! よくも堂々と人の前に出られるわね! いきなり、パンツ丸出しで、あそこまで出してきてっ!」

「だから、違いますって! 僕は……」


 彼の様子を見た人が何人もいるらしい。他の人達も彼に石を投げるように罵倒の言葉を放っていった。

 最悪なことに、そこに警備員が現れ彼を連れて行く。警察が来るまで拘留だとか。いや、わたしが刑事なのだけれど。今、言ってもコスプレだと思われるか。

 まずは帰って、スーツに着替えてくるか。

 違う。そんな選択肢では彼を助けられない。真犯人を見つけなければ、彼が悪人になってしまう。まずは犯人を逃さないよう、厳重警備だ。

 被害者の話によると、犯人は会場の奥の方へと逃げたよう。

 その情報を手に入れたところで知影ちゃんがやってきた。彼女は真っ先に心配事を口にする。


「まさか、氷河くん……そんな卑劣なことを……?」

「違うと思うよ。そんな子じゃない」

「そうですよね。氷河だったら、バレるようなちんけなことはしないでしょうし」

「いや、バレる云々じゃなくて、やってないって考え方はないの?」


 知影ちゃんが普段、氷河くんをどんな目を向けているのか。気になるが、今はそんな場合ではない。

 犯人を見つけなければ。黒いコートを着た人物、と言ったら警備員も被害者も偶然かコスプレをしている。ここからでは考えにくい。

 違う観点から、考えれば分かるかも。

 犯人が何故奥へ行ったか、考察してみよう。普通なら逃げるはず。つまり、犯人はここにいなければおかしい人物。同人誌を売る側の人間か、警備員系統で何か仕事がついている人だ。普通の客であれば、真っ先に出口へ向かって着替えて戻ってくることも可能だし。

 考えている最中、知影ちゃんが更に不利になるような情報を出してきた。


「……露出魔とはパンツも同じだったらしいし、困ったわね。本当、どこからどこまでも氷河くんにそっくり」


 それは大変だが、何故知影ちゃんがパンツの色を知っているのか。


「知影ちゃん、パンツって」

「ああ、誰の差し金かは分からないけど、子供にパンツを下ろされたのよ。で、露出魔のパンツと同じってことが分かり、大騒ぎ」

「……そっか、そういうことか」


 わたしの推し活がどうやらピンチを助けてくれたらしい。

 解答編がここから始まる。


「えっ、分かったんですか?」

「うん。パンツが同じってことは、もしかしたら仕向けられたものなのかも」

「しっかし、パンツが同じって……どうやって知ったのか」

「思ったんだけど、知影ちゃん達、昨日は暑かっただろうし、汗も出ただろうから近くの銭湯に入ってきた? しかも、コーヒーか、紅茶の」

「えっ、確かにワタシが紅茶で男子はコーヒーの風呂がって、ああっ、となると犯人は氷河くんのパンツの色を知っていた人物に限られて……」

「怪しい人が一人」


 推しの匂いが犯人を教えてくれた。

 同じくコーヒーの匂いがしたカメラを持った少年だ。黒いコートの仕組みは簡単。ジャンパーの裏地を使ったのではないか。

 わたしが彼の前に立って、知影探偵と共に問い詰めると彼は簡単に白状した。


「……ごめんなさい……このキャラのイメージを少しでも傷付けようと……嫉妬してたんです。このキャラに彼女まで奪われて。ちょうど自分に似てた人がいたから罪を被ってもらおうかと」


 違う。

 推し活は「幸せになるため」やるものだ。コスプレもそう。心を豊かにするために。人を傷付けるものではない。

 わたしはそれだけ言って、説教を終えた。

 後は警察も来て、一件落着。最高の推し活ができて満足したわたしは氷河くんの愚痴を耳にした。


「……知影探偵、紅茶を飲んだって風呂を飲んだ訳じゃなかったんですね」

「違うわよっ! 何を想像してんの!?」


 そういう口喧嘩も見ていて楽しい。

 推しというものはやはり、疲れ切った心を癒してくれるものなのだと思った。やはり、今日は最高の推し活日和だ。

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