第2話 黒いカード

──桜が咲き乱れる道。カップルが来たら必ずではないが、高い確率でモチベーションがあがるであろうこの場所で、直立不動の姿勢で立つ男が1人。


「はあ、大変なことになった‥‥‥」


 黒髪で顔は平均的。新葉高校の制服に身を包んだ彼は【餓倉 つばめ】。高校2年生の彼が1人でこの桜道にいる理由は──


「高校生にもなって‥‥‥ああ‥‥‥いじめとか」


 つばめの表情からは絶望を連想させられる。それほど真っ青な顔。


「逃げたら学校に行けなくなりそうだし、だからといって家には帰りたくない」


「よう! つばめ!」


「あ、強希くん‥‥‥こんにちは」


 意気揚々とつばめの方へ歩いてきたのは【兼元 強希】。体格は高校生とは思えないほどの巨体で、鋭い双眸でつばめを睨んでいる。


「まあまあ怯えるなよ、俺は別にいつも一人でいるお前をいじめようとしている訳ではないぞ?」


「じゃあ、僕に用事って何のことかな?」


──用事があるから放課後、桜道で待っていろ

 朝一につばめが言われた言葉。用事という単語について、つばめはいじめという言葉が脳裏を過ぎったのだ。それもそのはずで、これだけ体格が良く性格が強気なら誰でもいじめを連想するだろう。


「そりゃあ勿論、俺の家で遊ぶに決まっている」


「──へ?」


 つばめは一瞬理解できず、返事が遅れる。


「遠慮しておこうかな、今日は水曜日で平日だし」


「何だと?」


 先程までとは打って変わり、強希の表情が曇る。


「俺を信用してないだろ? 俺が変な場所に連れて行こうとか考えているな? 許さねえ!」


「思ってない、思ってないよ!」


 胸倉を掴もうとしてきた強希の手であったが、つばめは紙一重で避け、そのまま走って逃げる。


「待ちやがれ、つばめ!」


「怖いから無理です! ごめん強希くん」


 つばめは本気で走ってはいるがとても遅い。だが、不思議と強希は追従しようとしない。


「追いかけるのは面倒だな、仕方ないか、和真の方でいいか」


 そう呟き、強希はつばめが走り去って行った方向とは反対に歩いて行った。




──十分後。つばめがたどり着いた先は、普段来ない街中、新葉市の舞町。


「しまった、人が多い」


 周囲には、学校が終わり意気揚々と帰宅する高校生が多く、ファミレスではトークをしている女子高生がガラス越しに愉悦に満ちた時間を過ごしていて、楽しそうに会話を楽しむ近所のおばさんや、必要以上にくっつくカップルが道すがら確認できる。そして、どの方向を見ても高層ビルが視界に入ってくる。


「何度来てもここは嫌いな場所だな」


 積極的な性格ではないつばめには、仲の良い友達が少ない。それ故に友達と出かける事があまりないので、街中には滅多に来ない。


 そんなつばめでも、一目見れば分かるような非日常な出来事が起きていた。つばめが進行しようとしていた先で、サラリーマンのズボンの裾を掴んでいるポニーテールの少女がいた。


「すみません、何か食べるものを‥‥‥恵んでくださいですう」


「何だ、君は? 離しなさい」


「はあ、すみません」


 その少女は、今にも餓死しそうなくらい窶れた顔をしている。


「また断られたよお‥‥‥こんな終わり方嫌だ!」


 そう発言した少女は辺りを見渡し、次の標的を探している。道行く人々は目を合わせないようにしている。


「博士、もうダメかも──ん?」


 つばめも少女と視線を交わさないように努めていたが、チラ見をした時に目が合ってしまう。それが原因となり、つばめの方へ少女が駆けつけてきた。


「そこの冴えない顔の人!」


「やばい、早く通り過ぎよう」


 つばめは面倒を避けるように、こちらへ向かっている少女を無視して通り過ぎた。しかし、少女はつばめならと思い、


「この人私を無視した! 有金ゼロでお腹を空かしている私を!」


 などとしつこく絡んでくるので、流石に気になってしまい振り向く。すると真後ろまで少女が近づいていた。それは、つばめにとって予想外の事だったので一驚する。


「え! いつの間に後ろに‥‥‥」


 少女は誇らしげに、


「私は【斎藤 華】。呼び方は自由でいいよ」


「それじゃあ華さん、大変そうですね、それでは僕は失礼します」


 つばめはその場を去ろうとしたが、華に腕を掴まれてしまう。


「逃がさないよ! こんな終わり方嫌なの、絶対に嫌なの!」


「何で僕がこんな目に」


 地団駄を踏んで「助けて」を連呼する華に本気で嫌気がさす。周りの人々が蔑むような目つきで見ている気がして、遂に観念して、


「分かったから! どこかのお店で食事を奢るからもう勘弁して‥‥‥」


その言葉を聞いた華の顔は喜色満面となり、


「その言葉に嘘偽りはないよね? 絶対だよね?」


「ぜ、絶対だから兎に角落ち着いて」


 つばめは財布を開いて、お金を確認してファミレスなら何とかなると思い、そこへ華を誘導した。


 向かう道中、花は終始笑顔であった。


──そうして二人が入ったのはファミレス『ドントレス』。つばめは1番端っこの席を選び、そこに座った訳であるが──


「本当にそのメニューでいいのか?」


「うん! これが1番お腹いっぱいになるから」


「待ってくれ、確かに千円分までなら何でもと言ったけど‥‥‥まさか納豆を千円分食べるつもり?」


「うん」


 間髪入れずに返事をする華を見て、つばめは心底呆れてしまい、「あった時から思ったけど、ちょっと普通の子じゃない」と思ってしまった。


「ごめん、悪いけど大量に同じメニューを頼むのはちょっと」


「え! 何で?」


 純粋無垢な瞳で聞き返してきたので、つばめは呆気に取られる。もはや華には常識が通用しないと判断し、近くを通りかかった店員に声を掛け、渋々注文をするのであった。


──「キャハー! 美味しかった」


 大量の納豆を平らげた華は大満足な様子であった。


「それはよかった、恥ずかしくて気を失うかと思った」


「ありがとね、この恩は忘れないわ」


「どういたしまして、それじゃあお会計は済ませておくからこれで」


 つばめの心境は、もう関わり合いたくないというのが本音であった。しかし、華はそれを許してはくれなかった。席を立とうとするつばめの腕を掴んだ。


「待って、聞きたいことがあるの」


 華の表情は先ほどまでとは全く違い、とても真剣であった。


「別に構わないけど‥‥‥質問は何かな?」


「この辺で殺人事件とか起こってない? 知っているなら出来るだけ詳しく教えて」


「最近ニュースで取り上げられているから知っているけど、何でそんなこと──」


「お願い教えて」


 つばめが理由を聞こうとしたが、目を付けられて阻止される。渋々つばめは再び席に着き、説明を始める。


「丁度この舞町で殺人事件が多発していて、場所は必ず裏路地で、時間は夕方六時以降‥‥‥だったかな? 被害者は必ず足が切断されている」


「警察が現場でないかあったとかいう話はないの?」


「警察が現場で何かあったとかいう話はないの?」


「確か現場に向かった警察が帰って来ず、行方不明とかだったかな」


 会話が終わり、華は考え込んでいる。その姿を見てつばめは見聞を広めるために、質問をしたとは思えなかったので、それ以外の可能性は理由がどうあれ、裏路地を臨検するつもりなのでは?と思ったつばめは、まだ一考の余地があるが、これ以上一緒にいる必要はないので、もう一度席を立とうとしていた。その瞬間、


「てめえら! 動くな!」


急に店に入ってきた客が吠える。その客はマスクとサングラスをした男で、その場に居た誰もが強盗であると理解できた。


「動くなよ? 動けばそいつの命の保証はない」


 つばめはその男の言動に疑問を抱く。何故なら、これだけの啖呵を切っているが、通例であれば持っているであろう物を手にしていないからである。そう、脅しを実行する為の刃物等を所持していない。格好を見ても刃物を隠し持っている様子でもないので、女性店員はその男に歩み寄っている。


「すみませんが、他のお客様の迷惑になりますので──」


「黙れ、俺に命令するな! 立場を弁えた方が身のためだぞ」


 女性店員は困り果てた表情を浮かべ、頭を抱えている。


「金を出せ! 俺の目的はそれだけだ。出せば誰にも危害を加えない」


「本当に迷惑なのでお帰り下さい、帰らないのであれば警察を呼びます」


 女性店員が警察を呼べば、この男にとっては厄介であることは間違いない。


「警察? 面倒だな」


「それではお帰り下さい」


 やっと帰ってくれると思い、安堵している女性店員であったが、


「面倒だから見せてやる」


 などと予想外の言葉が帰ってきた。


「お前のせいで腹が立ったからお前が犠牲になれ」


 そうしてその男はズボンのポケットから何かを取り出した。


「残念賞をくれてやる、この黒いカードの力で!」


 取り出した黒いカードが宙に浮き、そこから真紅のオーラを帯びた日本刀が出てきて女性店員の腹部を貫く。


「え? あ‥‥‥いや」


 あまりにも突然の出来事で、女性店員は悲鳴を上げずに倒れ、今まで静観していた客達は悲鳴をあげる。つばめは怯えて声も出なかったが、華は怯えるどころか闘争本能剥き出しで黒いカードを睨んでいた。


「悲鳴を上げるな! 貫くぞ!」


その一言で周りの客は黙り込む。だが泣き出してしまった子供が泣き止まないため、子供だけ目立つ結果になってしまう。


「黙れ、お前母親なら黙らせろ」


 男は母親と子供の前に立つ。


「すみません‥‥‥許してください‥‥‥まだ六歳ですので」


「知るか! てめえ俺に指図する気か? ならガキ共々この世から立ち去れ」


 母親は子供を抱きしめて目を瞑る。しかし、何故か先程のように貫かれない。勇気を振り絞り母親は目を開く。


「え? 貴女は?」


「一文無しの通りすがりだよ」


 なんと目の前には華が立っていた。何と黒いカードから出てきた日本刀の側面を蹴り、横にずらして母親と子供を守ったのだ。


「舐めた真似をするな!」


 男は何度でも貫こうと、日本刀を引いては突きを繰り返す。


「まあまあの速さだけど──まだまだ遅い」


 華はその全てを蹴りで横にずらす。途中から縦横無尽に切り刻もうとする日本刀であったが、鍔や側面を蹴ってその全ての攻撃を防御した。


「何者だ、あの女‥‥‥」


 つばめは目の前の光景が非日常で信じられない。日本刀の速度は人間の目で追えるほど遅くはないのだ。生涯武術に携わった人間だろうと避けることは不可能。


「くそ! クソクソクソ!」


「ここだ!」


 華はわずかな隙を見逃さず、すかさず回し蹴りを男の横腹に命中させる。


「ぐわあ! ぐっ‥‥‥うっ」


 男は横腹を抱えて悶絶する。しかし、それだけでは済まず、鳩尾にも蹴りを入れられ男は立っているのも辛くなりしゃがみ込んでしまう。華の蹴りは強烈で、鳩尾を蹴られた男は吐血してしまい、周りの客は呆気に取られている。


 その後、華は宙に浮いている黒いカードを手にして、握り潰そうとしている。だが、力を入れきれず潰せない。華の表情は何故か苦しそうで、今にも泣き出してしまいそうだ。


「やっぱり出来ない‥‥‥」


一言呟いた華の言葉には、とても深い感情が込められているような発言であった。


「犯人は無力化したから救急車を! 刺された店員さんが心配!」


「は、はい! 分かりました」


 店長らしき人は直ぐに受話器を取り、救急車を呼ぶ。一方華は、黒いカードを持ったまま店を出て行った。



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