Chapter6-3 黄昏

「クソお! はなしやがれ!」

 後ろからスカーレットの声が聞こえる。二人とも捕まってしまったのか。

「驚いたな。まさか他人のオリジンウェポンまで引き出すとはな。殺すには惜しい。その成長力」


 彼は、俺のあごをなぞり始めた。

「触るな!」

「魔力も逸材だ。流石、陽羽里の血を引くだけのことはある。だが、まだ出力は下手だ」

「知っているのか」

「それに、その推察力は素晴らしい。まるで千里眼だ。陽炎の力でも習得したのか」

「知って、いるのかっ!?」

「君たちが知っていることは全て」

「なんだと」

「俺の目的は、黄昏を手にすることだ」

「どこでそんなことを知った」


「俺が昔、在日米軍基地の内偵をやってた頃だ。たまたま資料室で朝鮮戦争に関する資料を確認していた頃、ラグナロクという符号が出てきてな。そこから俺の魔法術を使って情報をかき集めた。そこから陽羽里家の存在を知り、陽炎という老人のことも把握したのだ」

「それで、魔法術を使って、記憶でも読み取ったのか」

「その通りだ。それから俺は陽羽里不知火の元につくことになった。だがやつは俺のことを蹴落そうとした!」

 影森は声を荒げ、足元にあった一斗缶を蹴り飛ばした。


「だから、俺は力全てで支配することにした」

「黄昏を使えばお前も死ぬぞ」

「俺の魔法術は縛りと破壊する力でな。そんなデメリットも破壊して、俺が縛って使いこなすことができるんだよ!」

「……しょうもねえ」

「あ?」

「しょうもねえって言ってんだよ」

「……黙れ」

 影森は俺の頬を殴りつける。

「何だ、そんなパンチ痛くも痒くもねえよ。虎の威を借る狐とは、小物だなあんた」

「黙れ、黙れクソガキ!」

 そして、おれの腹めがけて蹴りを入れた。固定されていたままの体は、後方に倒れた。


「ようやく外してくれたな!」

 すぐにおれはスカーレットと恵の方を向き、拳銃を構えた。すぐにトリガーを引くと、数秒で二人の拘束は解かれた。

「決心がついた。お前のように刃向かう雑魚も、俺が消す」


 影森は茜色の本を一冊取り出した。おれと恵が持っていたのと同じ、革装丁のものだった。刹那、おれのカバンが光り出した。そして、ジッパーを突き破って、青い本と、曙色の本が宙に浮かんだ。そして、三つの本が彼の周りで光を放つ。

「わかる、わかるぞ。黄昏の全てが!」

「撃て! 晴翔!」

 スカーレットの声が聞こえる。あの本は、おれの親父の思い出なんだ。それを撃てるのか。


 脇を締めて、拳銃を構える。銃口を向けるが、ブレて狙いが定まらない。あの本は三冊で一つの術式のはずだ。ならば、親父の思い出を撃つ必要はない。

 おれは、茜色の本を撃ち抜いた。すると、その本は砕け散った。

「よし! これでラグナロクは無力化したはずだ!」

 スカーレットが赤い拳銃を構え、走り出す。


「引き金を引くのが、一瞬遅かったな」

「スカーレット!」

 おれはハッとした。刹那、何かが彼女を襲った。

「あぶねえ……」

 間一髪避けたが、直前に立っていたところは溶け出していた。


「君たちがここにたどり着いた時点で、俺の勝ちなんだよ!」

 影森の両手が光り、一瞬で強大な魔力を感じる。まさか。黄昏を支配したと言うのか。

「晴翔!」

 恵がおれの前に現れて壁を築き上げる。その瞬間だった。


 視界が光に支配され、何も見えなくなった。

 音は、何もない。いや、轟音が鳴り響いている。

 おれは目を伏せてしまった。ここで死ぬのか。

 だが、体は何ともない、指も動く。恐る恐る目を開くと光が遮られていた。恵が築き上げた壁が、持ちこたえている。彼女は両手を前に出して、魔力の放出に集中している。


 しかし徐々に壁に突破される。少し、穴が開くとそこから光が漏れ出し、恵の脇腹をかすった。そして、光が漏れて、彼女の身体を少しづつ、傷つけていく。

 だめだ。押されている。

「諦めるんじゃあねえ!」

 全身に炎を纏ったスカーレットが現れた。そして、恵と同じように両手を向けると、徐々に壁に開いていた穴から、光が漏れることはなくなった。炎で穴を埋めているのか。


「晴翔! オレと恵の魔力のチューニングをやってくれ! このままだと魔力が暴発してしまう!」

「おれにできるのか!」

「ユーキャン! オレの魔力と恵の魔力を受け取ったお前しかできねえよ!」

 おれには怖いものはなかった。自信を持って声をあげた。

「イエス! アイキャン!」

 おれは二人の背中に手を添えた。集中しろ、魔力に、二人の命に。凄まじい勢いで魔力が放出されているが、それがぶつかり合っている。そのうち、対消滅しそうだ。


 おれの魔力はどうだ。二人に比べれば、出力は圧倒的に遅れている。いや、出すんじゃない。おれはチューニングをするんだ。二人の魔力の波形がぶつかり合わないようにするんだ。

 恵の魔力を意識する。命が育つ雄大な大地の力だ。地上に生きる大自然と、地中の圧倒的なエネルギーを感じる。


 スカーレットの魔力を意識する。暗闇を照らす、勇猛な炎の力だ。力強く吹き出すマグマと、文明を築くように光が照らす壮大なエネルギーを感じる。

 見えた。二人のチューニングポイントだ。おれは、二人に同じ魔力を送る。拮抗する二人の力は、徐々に馴染んでいく。

「その調子だ!」


 恵が築いた壁は、光を完全に遮蔽した。

 そして、光が消えた。だが思いの外、明るかった。見上げると、満月が上がっていた。まさか、この倉庫ごと消しとばしたと言うのか。あたりを見渡すと、周辺は何もなくなっていた。手前にあった燃料タンクは燃え上がり、背景にあった山肌は火が立っている。


 壁が消えると、影森はさっきと同じように立っていた。

「何と素晴らしい力なんだ。この力をラグナロクと言うのも分かる」

 彼の高笑いが闇夜にこだまする。

「……黄昏を使っても死なないだと」


「スカーレット、やつは自分の魔法術で黄昏を制御したとか言っていた」

「どうやらそのようね。さっきまで張り巡らしていた鎖の気配は感じないわ」

「ふん、火力はあっちの方が上だが、小回りが利きそうにないな。手数で攻めるぞ」

「わかった」

「じゃあ、おれはさっきと同じだな」

「ああ、頼むぜ」

 スカーレットが赤い拳銃を走らせる。だが、影森に命中せず、直前で爆ぜた。


「何っ!」

 連射を繰り返すが同じように直前で虚空に消える。バリアのようなものでも展開しているのか。いや、違う。影森の身体から、スカーレットが放った弾丸を目掛けて極小のエネルギー弾をぶつけて無力化させているんだ。

 サイドから恵が迫る。振るわれた大鎌は、茜色の腕に掴まれた。それは影森の腕ではない。身体から生えている、大きな腕だ。離れているおれでも強大なエネルギーを感じる。


 そして、その腕がもう一本生えて、恵を殴りつける。だが、壁がそれを阻み、それをジャンプ台のようにして跳ねた。

 どうやら、黄昏はただ爆弾のようにエネルギーを解き放って攻撃する魔法術ではないようだ。もしくは、そうであったが、影森の魔法術が黄昏を支配し、自由に全く違うものとして扱っているか、だ。


「埒があかねえ!」

 スカーレットが言った瞬間、恵が距離を詰める。そして大鎌を振るう。

「その手はさっき見たぞ!」

 もう一度、茜色の腕が恵を狙うが、大鎌を囮にして、それを避けた。刹那、影森は岩石に包まれた。


 スカーレットの体内から炎が溢れる、走った彼女はロケットみたいにブースターをかけて宙に舞った。

「リング・オブ・ファイア!」

 世界は灼熱と化す。巨大な火柱が立ち。彼女が何度も、何度も赤い拳銃のトリガーを引く。岩石で固められた部分は燃え上がった。

「やったか」

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