Chapter3-3 真紅

 突然、恵は急ブレーキをかけた。 

 視線を前にやると、この風景では異質な存在が立っていた。人だ、背丈は恵くらい同じように長い髪を後ろで一纏めにしている女。何より目を引くのが、その髪も、服装も真っ赤だ。


 昨晩の恵を見たときと同じように、強い魔力を感じる。

「あいつも魔法術士か!?」

「……身内にあんな赤いやつはいなかった。敵かもしれない」

「敵? 中国とかかよ」

「かもしれないわ」


 恵はシートベルトを外して、懐から拳銃を取り出した、そして、それをおれに渡した。

「なんだよこれ」

 冷たく、ズシンと重さを感じる。


「魔力を無効化する弾丸が八発入っている。ここのセーフティを外して、スライドを手前に引いたあと、トリガーを引けば撃てる」

 淡々と説明を続ける。

「撃つ瞬間までは人差し指はトリガーにかけず銃口に添わして。撃つ時は両手で構えて膝に余裕を持たせて。わかった?」

「方法はわかったけどなんなんだよ」

「護身用。もし危険を感じたら一目散に逃げて、すぐに追いつくから」

「逃げるのか」

「弾丸なら車を貫通するから」


 すると、恵はおれの返事も待たずに車を出て行った。

 おれは拳銃を外から見えないように構えた。この冷たさのせいなのか、手が震える。


 魔力を無効化するって言ってたな。もしや、楯山が恵の持っていたオリジンウェポンを破壊したのと同じ弾丸なのか。

 あの赤い女に向かっている恵を突然黄色い光が包み込み、昨日みた姿になって、手元には大鎌を持っていた。




 ***




 晴翔には9mm拳銃を渡した。最悪の事態を常に想定してセカンドプランを用意しろ、室長の教えは、いつだって私を救ってきた。

 眼前のターゲットに迫る。


「おいおい、あんた一人だけかよ」

 赤い女のポニーテールが少し風に揺れる。不思議だ、私と同じような見た目をしている。彼女も同じものを心に抱いているのだろうか。

 こういう時、変に言葉を交わすと、手の内を探られる。


「聞こえてなかったのか?」

 話し方は荒々しい男のようだが、声音は見た目の通り、女の声だ。

 私は、攻撃の射程ギリギリまで近づく。七メートル。それが私の範囲だ。彼女を見ると赤い眼をして、片方は黒い眼帯をしているがそこに炎が灯っている。見た目通り火属性の魔法術士だ。


「あなたの目的は所属と目的を答えなさい」

 毅然とした態度で続けた。

「ここは日本よ」

「人に尋ねる時はまず自分から名乗るのがスジだろ」

「答えなさい」

「じゃあ名無しさんよ。どうせ市ヶ谷なんだろ。オレは元ネイビーシールズの端くれとでも言えばわかるか」


 アメリカ? 動きが早急すぎる。横田や横須賀、嘉手納には動きはなかった。しかし相手も単独とみた。周辺には何も感じない。本来のミッションとは違うだろうか。

「オレの目的はラグナロクの破壊だ」

「……ラグナロク?」

「しらを切るってのか」


 刹那、彼女の両手には、拳銃のようなものが炎とともに握られていた。

「……なら力づくでいくぜ!」

 バン! バン! と音が空を割く。魔法術だが、通常と同じように発射している。薬莢の代わりに、炎が吐き出されていた。

すぐさま、防御姿勢をとる。姿勢を低くし、足元のコンクリートで舗装された道をえぐり取り、下から大地の要素を汲み取る。


 即座に私の身の丈ほどの壁を作り出した。その壁を左手で押して距離を詰める。まだ、彼女はこちらに連射している。右手に魔力を集中させ。オリジンウェポンを召喚する。

 剣や銃と違って、鎌は独特な立ち回りをしなければならない。


 壁に向けて、大鎌を突きつけた。直後、先端から衝撃波を放つ。大地の力の応用、地震を希釈して解き放たれた力は、壁を打ち砕くが、赤い女を後方に吹っ飛ばした。

 この瞬間だ。姿勢を低く保ったまま、彼女めがけて走る。


 彼女はすぐに体制を立て直して、応射してくる。見えた、私の体に向かって正確にまっすぐと飛んでくるコース。

 すかさず私は体内の魔力を体外に意識させる。命中コースに小型の壁を生み出し、即席の防弾チョッキと化した。


 大きく振りかぶった。鎌の利点は、リーチにさえ潜り込めば、相手の行動を制限できる。

 空を裂く軌道は回避を許さない。しかし、赤い女は動こうとしなかった。大半の人間なら、恐怖心から避けようとする。


 大きく隙ができた私に、炎の弾丸を連射した。壁のキャパシティを超えた数だ。

 私は甘んじてそれを受けた。ダメージを実感する。しかし好機は逃すな。赤い女の体に、私の攻撃も命中した。

 倒れ込んだ赤い女は、私の後方に走り、互いに距離が開く。


「痛ってえことしてくれるぜ」

 彼女の胴体には斜めに切り傷が入り、肌が露出している。しかし切り口から漏れるのは血ではない、炎だった。

 私と同じ原点解放を行う魔法術士であり、自身の存在自体も操る炎に変えている。彼女の方が、格上かもしれない。


「次はオレからいくぜ!」

 彼女の両腕から炎が伸びる。それは地を這い、あっという間に炎をが私を囲った。

 まるで谷底にいるように、両サイドには炎がそびえ立つ。蒸し焼きにされるように熱い。魔力で体を保護しているとは言え、このままではまずい。


 脱出しようと、横に炎を突き破ろうとしたが、実体がある。まるで壁のように。

「くらいやがれ! ヴァレー・オブ・ファイア!」

 眼前には彼女が解き放つ炎が迫っていた。




 ***




「恵っ!」

 おれは攻撃を受ける恵を前に、叫ぶことしかできないのか。

 えぐれた道路に倒れこむ恵の姿を前にして、疑問が湧いた。あの女はどこだ。すると、ボンネットにズカンと音を立てて赤い女が現れた。車体が強く揺れた。


 すぐにおれはドアを開けて、出ようとした。だが、足元をすくわれた。体制が崩れる。こんなところでやられてたまるか。おれは体をねじり、天を向いた。すかさず、恵に渡された拳銃を構えた。背中に痛みが走るが、そんなことに構っていられない。


 ボンネットからは、同じように赤い女が、おれに二つの赤い拳銃を向けている。

 さっきより、息を吸う瞬間が短く、体が何度も酸素を求める。

「トリガーを引けば、痛い目を見るぜ」

 逆光越しで、顔はよく見えない。


 少しすると、両手の拳銃は、まるでマジックのフラッシュコットンのように燃えて消えた。

「やめだやめだ。オレは子供を撃つのは嫌いなんだ」

 そう言うと、ボンネットから飛び降りて。女はおれに手を指し伸ばしてきた。


「背中うって痛かったろ。立てるか?」

「殺さないのか」

「そんな悲観的なこと言うなよ。ほら」

 おれは、彼女の手を掴んだ。とても暖かい。そして、引っ張られ、おれは起き上がった。

「あー。背中に泥ついちゃってるよ」

 そう言いながら、おれの背中をはたいた。

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