Introduction-2 生活

 朝の新宿は、本当に人が多い。前に見た映画の民衆が逃げ惑うシーンのように、人々が縦横無尽に往来している。映画と違うのは、皆が自身の目的地に向かって迷わず進んでいる。


もう慣れたもので、毎日乗り換えをしていると流石に自分がどこを通れば小田急線に乗り換えればいいかわかる。だが慣れるまでは苦労した。どこに行けばいいかわからず、授業前にこのダンジョンに迷わされ、毎朝遅刻し、知らず知らずの内に落第生とか、不良みたいなレッテルを貼られていた。


 思えば、友達もおらず、廊下ですれ違う生徒に噂話をされ、入学早々孤立していた。だが特に不満はなかった。生活も、課題も、ずっと一人で行う内に何も気にならない。

 クラスメイト達が群れて食事をするのですら、羨ましいとも思わない。独りが板についたのか、寧ろ誰かと一緒だと、気が落ち着かない。


 そうこう考えている内に、小田急方面の人の流れに合流し、改札を通過、ホームに入る。端の方には、特急の白いロマンスカーが今か今かと発車を待つ中、おれは白い車体に青いラインの急行に乗り込む。


 駅の広告で見たのと同じロマンスカーが出て行くのを見送ると、おれが乗った急行は、ゆっくりと走り出した。車内はみんな、防寒具に見を包んでいる。

 代々木上原と、下北沢を過ぎた後には、学校がある経堂に着く。時刻は八時十五分。駅から歩けば十分と少しくらいかかる。駅を出るとロータリーがあり、それを越えて道なりに進む。


 白い。吐く息は天に向かい、真っ白だ。この前まで秋の装いを見せた駅前の道は、自宅付近同様に突然訪れた冬将軍で雪化粧を見せている。黒いマフラーに顔を埋め、まっすぐ歩く。

 周りは同じように通学する生徒で溢れかえっている。生徒たちが久々の雪ではしゃいだり、車道に出るなと吠える生活指導の先生がいたり、いつもと変わらない光景だ。


 気付けば、周りの生徒たちは「遅刻だ」と急いで、坂道をかけていく。気づけば集団はもう校門をくぐり、おれだけ置いてきぼりだ。

「おい! 陽羽里! また遅刻だ! どうして早めに来ない!」

 たった、たった二分だけ遅れただけでこうだ。校門に立つ生活指導教師に怒鳴られる。

「気をつけます」


 雪で電車が遅れたとか、転んだ老婆を助けたとか、そういう言い訳はしない。ただ、いつもどおり歩いて、いつも通り少しだけ遅れたんだ。

 一人でいたいんだ。でも、学校には行くし、授業は普通に受ける。この歪さをアイデンティティのように誇らしげにしているわけでない。誰とも馴れ合わない、誰も気にしないし、おれのことを誰も気にかけない。


 英語Ⅱ、数学B、現文、日本史を受け昼食に入る。教室の端、一番後ろの窓際に陣取るおれの周りは、学食に行ったり、中庭に弁当を広げに行ったりして閑散としていた。

 一人で席を立ち教室を出た。ワックスがけが剥がれている廊下を進み、階段を降りる。自分の教室がある中央棟の一階、東側の端に学食がある。その中に簡単な売店があり、売れ残ったパンを3つ買った。


 学食を出ると、紙コップ式の自販機があり、ここで百円のコーヒーを買う。濃いめ、砂糖なし。四十秒くらいで出来上がったものに、プラの蓋をすれば完成だ。

 三階の教室に戻ると、同じように何人か、独りでいるクラスメイトがぼんやりしているだけだった。学食の喧騒が嘘のような静けさだ。


 ホットドックみたいにソーセージが挟まったパン、マヨコーンパン、チョコデニッシュをホットコーヒーで流し込むと、ささやかな昼食は終了した。後は、自分の机に伏して、そのまま眠りに落ちた。

 ちょうどカフェインが体に回ってくる頃、教室はランチを終えた生徒達が戻り、まるで渋谷か表参道に来たくらい喧しくなった。


 この学校は、基本的に普通の都立高校と変わらない。準進学校とでもいうべきか、毎年国立大、早慶、MARCHに学生をそれなりに排出している。そんな学校だ。だが、受験者数は多い。学内で資格取得が多くでき、英検から魔法術まで、高校生で取得できる試験は数多く設置してある。


 おれもそのクチで、一人で生きていくなら資格がいると思ってこの学校に入った。しかし蓋を開ければ同じ考えの連中が集まり、外部受験より異様に競争率が高く。実用性がありそうな資格は受験抽選に完敗した。

 そうして手ぶらで年一回の試験戦争を終えるのも癪なので比較的、競争率が低い魔法術を希望に書いて、所得しようという魂胆だ。


 五限目は選択資格授業だ。教室は移動になり、出ていく人、他のクラスから入ってくる人、それぞれの動きが落ち着き二十人ちょっとになった。

「はーい、授業始めるぞー」

 コンバースを履いた教師らしくないラフな服装の桐生先生が入ってきた。彼の担当は魔法術で、元々警察で魔法術関連の仕事をしていたが、教師に転職していると聞いた。


——魔法術。昔、人々が願った奇跡の力は、今では授業を受けて、実技研修をして、試験に受かれば誰でも手にする事ができる。ありふれたものになっている。

 クラスメイトの女子は簡単な重力操作を使って、落とした消しゴムを触れずに拾い上げ、マジシャンみたいに宙に浮かせて教室を湧かせていた。


「君たちは小規模な魔法術しか使えなくて不満に思うかもしれないが、まあ大きいやつ使うには危険物取扱者も必要なんだ」

 授業に意識を戻すと、取り扱いに並行して専門免許が必要な魔法術の話をしていた。


「まあ千里の道も一歩からって言うだろ。今取れるのは初歩の初歩だけど、腐らずに大切にしてほしい」

 そうして六限目の担任の板上先生が受け持つ総合が終われば、もう太陽は傾いて、あと少しで茜色が空を染める頃だ。

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