第2話 田原総一郎は無双論客とラーメンを食う

 僕は局を出て、いつものラーメン屋に入る。ここの醤油ラーメンがお気に入りだ。昔ながらの鳥ガラと野菜を煮込んだあっさりスープが良い。


 ガラガラガラ――――


「いらっしゃい」

 坊主頭の店主が声をかける。


「大将、いつもの」

「へい、毎度ありがとうございます」


 いつものカウンター席に座ろうとすると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「あれ、田原さんじゃないっすか」


 僕が声のする方を振り向くと、そこには先程まで激論を交わした若造が座っていた。


「キミは、確か……ユウキ君だったか?」

「焼肉レモンまでが名前っすよ」

「ははっ、そうだったな」


 彼も今来たばかりなのか、テーブル席に座って水を飲んでいた。


「こっちで一緒に食べないっすか? あのミリオタのオッサンも来るって言ってたっすよ」


「そうだな、たまには良いかもしれないな」


 僕はユウキ焼肉レモンのテーブルの対面に座る。


「いやぁ、田原さんって、テレビで観た通りの人っすね」

「それはどういう事だ?」

「結構、人の話聞かないっすよね?」


 この若造、物怖じせずにズバズバ言うな。

 若い頃の僕に似ている気もする……


「僕はね、嫌われても良いんだよ。少しでも国を良くしようとしているんだ!」


「でも、ダメっすよ。国に任せていても何も変えられないし。田原さん始めとしてメディアもおかしいっすよ」


「おかしいのは分かってるんだ! だから変えようと――」

「変わってないじゃないっすか。三十年も同じ事を繰り返し」

「だから変えるんだよ!」


「ちょっとぉ~またやってるのぉ」

 二人が盛り上がっていると、艶っぽい声がかけられる。

 小日向崎クリスティーナ薫子だ。


「お店で騒いだら迷惑でしょ」


「そんなのは分かってるんだ」

「はははっ、面白いっすね」


 つい熱くなってしまう。

 実は、こいつみたいな空気を読まずズバズバ言う若者は好きなんだ。今の日本を変える者がいたとしたら、こいつみたいな物怖じせず破天荒な人間かもしれないからな。



「ほらほら、先生も早くぅ」

 クリスティーナ薫子が毒島辰之進を呼ぶ。


「どうも、先刻は失礼したでござる」

 辰之進が頭を下げる。


「何だ、本番中と全く違うじゃないか!」


 本番中は暴れまくっていたのに、終わったら物静かになってるぞ。

 本当に炎上芸なのか?


 結局四人で座る事になり、ラーメンを注文した。



「先生は性格はアレだけど、漫画は凄く面白いんですよ。私、ファンなんです」

 クリスティーナ薫子が笑顔で辰之進を褒めまくる。


「いやはや、困ったものでござる」

 辰之進は照れているようだ。


「私、先生にずっと食事に行きたいって言ってるのに、全然連れて行ってくれないんですよぉ」

「いや……拙者、女性は苦手でござる故……」


 どうやら二人はSNSで連絡を取り合う仲らしい。女性が苦手な人気漫画家と、長身で肉体美の元セクシー女優か。面白い組み合わせじゃないか。


「何だ、赤い顔して、満更でもないみたいじゃないか」

 少しだけ仲を取り持ってやるとするか。


「じ、実は……拙者も彼女のファンでありまして、現役時代のDVDを全てコレクションしているでござる」

 ファンなのを認めてしまう辰之進。

 照れ顔が似合わない事この上ない。


「辰之進さん、エロいっすね」

 ユウキ焼肉レモンがツッコむ。


「い、いや、それは……」

「先生、嬉しいっ!」


 辰之進はクリスティーナ薫子に抱きつかれてデレデレだ。もう、勝手にやっていてもらおう。




「へい、お待ち」

 店主がラーメンを運んでくる。


 テーブルの上には四種類のラーメンが並んだ。


「これこれ、ラーメンはあっさり醤油だ」


「いや、担々麺っすね。このピリ辛が良いんっすよ」

「拙者は断然味噌ラーメンでござるな」

「私は肉食系だからチャーシュー麺だけどね」


「アンタは見れば分かる」

「ええ~っ、田原さん、なによぉ~それ~」


「「ははははっ」」


 異色のメンバーでラーメンをすする。

 たまにはこんなのも良いものだ。


「そういえば、あの二人はどうしたんだ?」

 僕は、この場にいない幹事長と野党代表の話題を出す。


「誘ったんっすけど、会合があるとかで帰ったっすよ」

「そうか」


 ユウキ焼肉レモンは飄々ひょうひょうと答えている。

 そして、もう一人いた論客は存在感が無くて忘れ去られていた。


「でも、あんな老人ばっかで大丈夫っすかね?」

「いや、現政権でも構造改革をしようとしているんだ!」

「いやいや、ダメでしょ!」

「だから!」


「また始まったぁ~」

 クリスティーナ薫子があきれ顔だ。


「やはり憲法改正! そして核武装!」

 突然、辰之進が参戦する。


「何だキミは! 本番みたいに調子出てきたじゃないか!」


「確かに核兵器持ってる国は侵略されないし戦争にならないけど、日本が持とうとしたらアメリカが黙ってると思うっすか?」


「NATOの核シェアリングのような考えもあるでござる! アメリカの核を共有Nuclear Sharingによって日本を守るべし!」


「非核三原則はどうするんだ! それでは世論は納得しないぞ!」

 僕は敢えてツッコむ。


「そんなの敵からしたらどうでも良いっすよね」


「憲法も核も議論さえしないのではどうにもならん。是非はともかく早急に国会で議論すべきでござる!」


「いやぁ~この場にお花畑さんがいたら面白かったっすよね」


「ユウキ君、お花畑じゃなく薔薇屋敷よ。名前間違えてるわ」

 辰之進とユウキ焼肉レモンの討論に、クリスティーナ薫子がツッコミを入れる。


「ボクも焼肉レモンまでが名前っすよ」


 ――――――――

 ――――――

 ――――




 僕はラーメン屋を出て、一人帰路についていた。今日は面白い連中と話が出来て良かった。やはり話してみないと人間分からんもんだ。


 街並みは少し寂しく閉まっている店もあるようだ。不景気や新型ウイルスの影響だろうか。


 あの狂乱のようなバブルの時代は遠い過去になり、失われた三十年と言われる低迷を続ける日本。あれほど世界中を席巻した家電やAV機器なども他国に取って代わられ、ITやネットビジネスでも後れを取り、IT先進諸国の後塵を拝するのみだ。


 世界は再び弱肉強食を是とするかのような時代に突入し、強き者が弱き者を踏みにじり、一部の富める者が更に富を独占する。日本ではまだ諸外国ほど格差は広がっていないが、それでも若者には『社会は変わらない』という諦めの感情が蔓延し、世代間での格差や憎悪まで渦巻いている。


 だから、まだ引退出来ない! これから未来ある若者達に、変える道筋だけでも残さなければ!



 僕は何も無いはずの空間に話しかける。そこには僕にしか見えない存在がいた。


「アンタなら分かるだろ。家柄を重視する貴族社会で、下級貴族で学者出身のあんたは政治改革をしようとして左遷された! 何かを変えようとするには、それだけ大きな反発を生むんだ!」


『遠い昔の事じゃの……』


「僕は信じている! あのボロボロで何もかも失った敗戦から、日本は灰の中から立ち上がったんだ! この停滞した、この低迷を続ける現状からも、必ず立ち上がってみせると!」


『いつの世も、破壊と再生の繰り返し……』


「だから僕は、まだまだ嫌われ叩かれたとしても、引くつもりはない! 僕はタブーと戦うジャーナリストだからな」


『一栄一落是春秋』


「駅長驚くことなかれ 時の変わり改まるを 一栄一落 これ春秋……か」


 駅長莫驚時変改 一栄一落是春秋

 藤原時平との政争に巻き込まれ大宰府へ左遷される途上で立ち寄った播磨の明石駅家で、理不尽な冤罪で左遷される道真を憐れむ駅長に贈った詩。時が変わり改まるのを驚く事ではない。栄えるものあらば落ち征くものもある。それはまるで、草木が春から秋へと移り変わるように自然の摂理なのだから。


「僕はまだアンタのように人生を達観するのは無理だな。だから止まる事はできないんだ」


『それも良かろう』



 ツカッ、ツカッ、ツカッ――


 僕は通りをを闊歩かっぽする。

 きっと次の論客も強者つわもの揃いだ。

 だが、負けてはいられない!

 この閉塞感漂う停滞した日本の空気に風穴を開けるのだからな!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天神様と政治を語る ~田原総一朗は無双論客(チートキャラ)を薙ぎ倒す~ みなもと十華@書籍化決定 @minamoto_toka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ