勇者達の人気を奪う職業とは?

西の果てのぺろ。

勇者達の人気を奪う職業とは?

 魔王討伐がなされて一年。


 王国には平和の世が訪れつつある。


 魔族残党討伐も順調であり、復興も進んでいた。


 魔王討伐の最中では考えられなかった事だが、国民の間には娯楽も楽しまれるようになってきている。


 これまでは、勇者パーティーが国民の間では絶対の人気で、それに伴う英雄譚が娯楽の一つとして語られ、子供のみならず、大人も胸を膨らませて聞き入ったものだ。


 そしてそれを語るのは吟遊詩人。


 楽器を弾き、曲に乗せて勇者パーティーの活躍を歌い上げていたものだが、最近ではその吟遊詩人が歌う内容も変わって来た。


 勇ましい英雄譚から、平民の悲恋や一途な恋愛の内容に移りつつあった。


 そうなると、吟遊詩人の容姿にも言及される。


 恋愛を歌う吟遊詩人がおっさんでは胸に響かないとクレームが付き始めたのだ。


 いつしか楽器の技術や、力強い歌声よりも、若さや容姿、甘い歌声が求められるようになっていく。



「……最近、完全に私達の英雄譚を歌う吟遊詩人、見かけなくなってるわよね?」


 魔法使い姿の女性が、神官の格好をした聖女に、王都の通りにある最近人気の喫茶店で愚痴を漏らした。


「……私達が魔王を討伐してまだ、一年しか経っていないのに、勇者よりも、平民の悲恋を歌い上げる容姿の良い吟遊詩人の方に人気があるのは問題ですね」


「でしょ? あいつら、魔族が暴れ回っていた頃は、城壁の内側で怯えて静かにしていたくせに、今では、城外に設置された舞台で観客を沢山動員して歌いまくっているのよ? 一年前は私やあなたが国の象徴のように扱われていたのに! 最近、国王は吟遊詩人の女に現を抜かしているらしいし。以前は私、国王に口説かれた事あるのよ? 『私の妻になってくれ!』ってね? それが今や、歌と容姿しか取り柄のない吟遊詩人の女に負けるなんて!」


「え? 私も聖女の任を終えたら、妻になってくれと言われていたわ。……そう言えば、最近は全く声を掛けてこないわ、あの若い国王……」


 魔女と聖女の愚痴は続く。


「そう言えば、聖騎士と、勇者は今何をしてるの? 最近見かけないけど?」


 魔女が聖女に仲間の居所を確認した。


「聖騎士は、王宮でこね作りに精を出しているわ。『これからは剣でなく人脈だ!』って言ってたわよ」


「聖騎士は、元々貴族だし、頭良いからいいわよね。顔が不細工だからお断りだけど」


 魔女は仲間に対しても辛らつだった。


 そして、続けて聞いた。


「勇者の方は?」


「……最近、夜な夜な王宮を抜け出しては、城下に出かけているそうだけど、何か人助けをしているって話よ?」


 衛兵からの情報を聖女は披露すると、不審な行動をとる勇者に首を傾げた。


「え、あいつが? 勇者って人助けするタイプだった?」


「なんでも、『俺の力が魔王討伐の時以上に必要とされていると実感している!』と、衛兵に熱く語っていたらしいわよ?」


 聖女は勇者の言動が、怪しく映っているのか気味悪そうに答えた。


「……”あの”勇者が、他人に力を誇示する以外に人の役に立つ事に興味を持つなんて……。でも、まあ、それはそれで立派かもね」


 魔女は、勇者に興味を失ったのか、そう話を締めると、話題を止めるのであった。




 ひとしきり二人が吟遊詩人について愚痴をこぼし終わった頃、夕暮れが近づき夜になりつつあった。


「じゃあ、暗くなるし、また今度ね」


「ばいばい」


 魔女と聖女はそう答えると別れた。


 魔女は仮住まいしている王宮に戻る。


 すると遠目に、先程話していた勇者が王宮の門をくぐって出て来たのが見えた。


「馬車にも乗らないでどこに行くのかしら?」


 ふと気になった魔女は後をつける。


 その勇者は、最近王都内で開発が進む一角に向かうと、そこに設置された公共のトイレに大きな袋を片手に入っていく。


「?」


 不審に思った魔女が、勇者がトイレから出てくるのを待っていると、ピンクの鉢巻きに魔法の光を灯した小さい杖、そして、ピンク色の上衣を纏った勇者が出て来た。


「!? ──ちょっと勇者! あんた、なんて格好してるのよ!?」


「うん? ああ、魔女か。なんだ、お前も推しに会いに行くのか?」


「推し?」


「この先は、今、メジャーデビューを目指す吟遊詩人が集うライブハウスだぜ?」


「……あんたまさか。私達の人気を奪いつつある吟遊詩人を応援しているの……?」


「? マリアちゃんは、メジャーデビューを目指して健気に歌う可憐な吟遊詩人だぜ? 俺はその彼女をデビューさせる為に、頑張っているんだ!」


 そう熱く語る勇者の姿に、魔女は気になった事を口にした。


「……肌身離さず持っていた聖剣はどこにやったの?」


「ああ、あれはマリアちゃんのグッズを揃える為に売った」


「はぁ!? あんた馬鹿なの!? ……まさか……、あんたちょっと、……勇者の鎧は?」


「あれも売った。今度やる城外ライブの会場を押さえるのにお金がいるってマリアちゃんが言うからさ」


 私達の人気を奪っている相手を応援してるって馬鹿なの!?


 魔女は呆れ、ふつふつと怒りが沸いてくる。


 その怒りのあまり、勇者を殴りつけようかと思ったが思い留まった。


 腐っても勇者、殴ってもこちらが拳を痛めるだけだ。


「……で、あんた、その吟遊詩人の女と寝たの?」


「馬鹿言うなよ! 俺は純粋な気持ちで応援しているんだ。そんな不純な動機じゃないさ!」


 胸を張る勇者。


 駄目だこいつ……。


 自分達の人気を奪う吟遊詩人を、推すという活動をしているばかりか、それを下心無しでやっている事を理解できない魔女は、この勇者の行為に呆れ、相手するのを止めるのであった。




 場面はライブハウスに切り替わり、その室内の最前列に勇者の応援する姿が見える。


 ライブ会場の舞台に誰もが注目し、声援を送っていた。


「みんな~! 今日も私の為に来てくれてありがとう! 今回のライブはファン勇姿一同の支援で実現しました、本当に感謝です! では最初の曲を聞いて下さい。『愛$(アイドル)』」


 誰かが夢に向かって頑張れば、それを応援する人がいる。


 興味のない人にそれは理解できないだろうが、そこには需要と供給が確かに成立しているのだ。


 成功の夢に向かって進む者、その夢を共有し、支援する事で満足を得る者。


 その関係は、異世界でもあなたの世界でも変わらないのかもしれません。


 ですがハマり過ぎにはご用心。


 勇者のように破産しない程度に、推し活する事をお勧めします。

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