【KAC20222】ボルカ様は別人格

小龍ろん

【KAC20222】ボルカ様は別人格

 我が家は兄妹の二人暮らしだ。両親は揃って海外赴任をしている。私も一緒に行くという選択肢はあったけど、高校のことを考えるとそれも面倒だし断った。幸い、兄は成人していている。兄が保護者代わりということで、両親も私が日本に残ることを反対派しなかった。


 ちょっと誤算だったのは、家事の分担。基本的には半物ずつ受け持つはずだったのに、兄の家事スキルが低すぎていつの間にか私の割り当てが大きくなってしまった。特に、兄の料理のセンスは壊滅的なので、食事は基本的に私が作る。


「ごちそうさま。うまかったよ」

「はい、お粗末さま」


 お昼ご飯を一緒に食べていたんだけど、兄は先に食べ終えたみたいだ。

 兄は少し早食いなところがある。もうちょっとゆっくり食べた方がいいんじゃないかな、とは思うんだけどね。何度か指摘したことはあるけど、なかなか直らないから最近は何も言わないことにしている。極端に早いわけでもないしね。


「さてと。そろそろ、配信の準備をしないとな」


 そう言って、兄は席を立った。

 兄は配信者だ。しかも、副業とかではなく専業でやっている。私から見れば、特に際立ったところのない平凡な人なんだけどね。だから、人気配信者だなんて言われても、ちょっと信じられない。


 まあ、いいか。私は私でやることがある。さっさとお昼ご飯を済ませてしまおう。

 今日のお昼はミートソースパスタだ。私は、カルボナーラとかペペロンチーノの方が好きだけど、兄が好きなのでたまに作る。

 食べ終わったら、お皿は流しに置いておく。ちょっと洗ってる暇がないので、後回しだ。なんだったら、兄に任せればいいか。お皿洗いくらいは兄にもできるはずだ。きっと、たぶん。




 自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がる。枕もとに置いてあったタブレットを手に取り、動画視聴の時間だ。もうそろそろ、推しの配信を始まるはず。


 タブレットを操作して、とあるvtuberの配信チャンネルにアクセス。

 vtuberは仮想世界の住人……というていで動画配信をする人たちで、実際の体の代わりにアバターを動かして配信を行う。詳しい仕組みはわからないけど、配信者の人が動いたり目をつぶったりすると、それに合わせてアバターが動くので見ていて楽しい。


 私はいろいろなvtuberの配信を見るけど、一番の推しはこれから見る風林かざばやしボルカ様。ライブ配信中の動画にアクセスすると、ちょうどいいタイミングだったみたいで、待機画面が切り替わりボルカ様の姿が表示された。


『あー。声、入ってるかな? うん、大丈夫そうだ。それじゃあ、配信を始めよう。今日は雑談配信だから、まったりといこうか』


 うん、いい声だね! ほっとするような穏やかな声。ボルカ様はビジュアルはイケイケな感じだけど、声は癒し系なんだよね。ちょっとちぐはぐ感があるけど、そのギャップがまた魅力となっている。何かで見たボルカ様の紹介記事も、そんなようなことが書いてあったので、私だけの意見というわけじゃない。


 配信は、挨拶から始まって、昼食の話題になった。ちょうどお昼時だし、お昼休みにご飯を食べながら聞いてる人にとっては共通の話題ってことかな。リスナーのコメントを拾いながら、お昼ご飯について語っている。


『俺のお昼はミートソースパスタだった。いや、うまいよね、ミートソース。パスタソースの中では至高だと思ってるんだけど、それ言うと子供っぽいって言われるんだよね。別に子供っぽくはないよなぁ? 大人だって大好きだろ』


 私もミートソースが子供っぽいとは思わない。ただ、以前、兄がミートソースパスタが食べたいと駄々をこねるので、子供っぽいと指摘したことはあるけど。

 コメントでも、『特に子供っぽいとは思わない』とか『好きな食べ物を食べるのが一番』という意見が多い。まあ、そうだよね。


 話題が変わり、次はボルカ様が最近投稿した歌ってみた動画の話になった。ボルカ様の初となる歌ってみた動画だ。公開予告されてからはすごく楽しみにしていたし、公開されてからは何度も繰り返し聞いた。あまりに聞きすぎて、兄が微妙な顔をしたほどだ。


 そんなに気に入ったのならカラオケで歌ってやろうかと言い出した時にはちょっと笑った。私が好きなのはボルカ様が歌うこの歌であって、兄の歌う歌ではない。そう言ったら、さらに微妙な顔をされた。どうやら理解ができないようだ。


 おっと、せっかくだからスパチャを送ろう。メッセージ付きのスパチャだとコメントを拾ってもらえる可能性が高い。雑談配信なら、まず間違いなく拾ってもらえるだろう。


 ――お歌ありがとうございました。歌動画、もっと増やしてほしいです、っと。


 しばらくすると、私のスパチャがコメント欄を流れた。


『あ、スパチャありが……ありがとう。歌動画は……、そうだね。今のところ予定はないけど、好評みたいだからちょっと考えてみようかな』


 ふふふ。ちゃんと読まれた。何故か妙な間があったけど、それについては気にしてはいけない。




 その後も話題を変えながら、一時間ほど配信は続いた。ただただ、雑談を聞くだけなんだけど、あっというに時間が過ぎるから不思議だ。


 配信の余韻に浸っていると、ドアがノックされた。返事をすると、ドアが開く。もちろん、ドアを開けたのは兄だ。


「お前さ。またスパチャ投げただろ? もうちょっと別のことに使ったらどうなんだ。無駄遣いするのはやめろ」

「無駄じゃありませんー。ボルカ様に感謝の気持ちを伝えるためですー」

「別にスパチャじゃなくてもいいだろ。普通のコメントでもいいし、だいたい、俺に直接言えばいいだろう」


 まるで自分がボルカ様であるかのような物言い。許せないね。


「私はボルカ様に伝えたいの! 兄さんに伝えてもしょうがないでしょ!」

「いや、お前、風林ボルカは俺が演じているって知ってるだろうに……」

「それとこれとは別問題です! vtuberと中の人は別人格です!」

「意味がわからん……」

「だいたい、私のお小遣いをどう使ったって、私の勝手でしょ」

「俺がやった小遣いを俺に送ってどうするんだよ……。手数料分損してるだろ……」


 むぅ。わからずやの兄だ。

 だけど、どんなに言われてもやめるつもりはない。

 これぞ、私の推し活なのだ。

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