推し活してたら婚活になった話。

春菊 甘藍

養ってください!!!

 酒カス系Vtuber、酒水しゅみずミコト。人生RTAリアルタイムアタックなどと揶揄やゆされているが酒に関する確かな知識とたまにやっているゲーム実況、他のVtuberとのコラボ動画を多く配信している。そして何より、秀逸な下ネタのセンスがリスナーの間で大人気。


 僕はこのVtuberを活動開始初期から推している。たまたま見た配信で仕事でボロボロになったメンタルを救われたのだ。クソみたいに下品な下ネタに、随分と久しぶりに笑う事ができた。


「大和撫子はいねぇ!! 股をナデナデシコシコなら腐るほど見て来たわ!!」


「最近酔っ払うと、トイレでエイムが定まらんのよなァ……」


「本日はタ●ポンエクスプレス膣行きにご乗車くださりありがとうございま~す!」


 酒水しゅみずミコトはキャラのデザインこそ可愛らしい女の子にしてるが、正直中身はかなりのおっさんだと思う。酒の趣味も、カクテルやサワーと行った可愛らしいモノでは無くウイスキーやビール、果てはウオッカまで。


 でも、良いんだ。

 あの日、あの時。僕は酒水ミコトに心を救われた。


 月の給料の中から無理の無い範囲で、スパチャを投げる。ただ『生きて』とえて、正直かなりキモいかもと思ったが推しに対して有り余る感情を凝縮したら、この言葉に行き着いた。


 後悔はない。 

 配信の度に現れる為に、最近では推しからも『生きて兄貴』と呼ばれて少し嬉しかった。


 そんな日々を過ごし、勤め続けた会社でそれなりの成果も出し昇進。だが出会いなどは一切無く、僕は今日三十歳になった。


「兄さん、そろそろ結婚しないの?」


 三つ年下の妹は一昨年結婚。

 最近出産した男の子は僕からすれば、甥っ子な訳で酒水同様に貢がせてもらっている。いつだったか、母にも言われた。


「あんた見た目と性格も悪くないのに、好きなモノになるとキショいとこがあるから……」


 あれは今思っても我が子に向ける言葉じゃないと思うんだ。


「別に良いじゃん。一人が気楽なんだよ~。ね~」


 じゃれてくる甥っ子を相手しながら妹の話をスルー。


「今日で兄さん魔法使い(意味深)じゃん」


「ある意味ファイ●ルフ●ンタジーかもしれねぇ……」


「『世界一ピュアなキス』は遠いね」


「やめてくれよ。俺がやってた世代のCMキャッチコピーで殴ってくんの……年齢感じちゃうじゃん」


 まさかオタク的偏差値の高い殴り方をされるとは……まぁでも、『都合の悪い記憶はビールの泡沫ほうまつと一緒に消えちまうのさ!』と行っていた酒水推しの言葉を思い出す。


「そうだ、今日生配信だったな」


 スマホの予定帳にしっかりと刻まれたその文字が、今の僕の精神安定剤。酒も飲めない僕は彼女?の配信が酒代わりだ。


 遊びに来ていた妹と甥っ子を見送り、配信前からの全裸待機。スパチャをするか迷い、結局誕生日だし好きなことをやろうと高額スパチャをすることにした。


『生配信って、なんかやらしいな。おい』


 開幕から下ネタをかますのは流石といったとこ。適当なタイミングを見計らい、スパチャを投げる。


『お、生きて兄貴今日も来てくれましたか! しかも赤スパ!! アザます!! あ、ヤバい!! 感謝のあまり、イグぅぅ!!!』


 何ともまぁやかましい反応だが、推しがここまでしてくれてる。是非これからも生きてくれ。クソデカ感情を心にひた隠し、ただの一ファンである姿勢を僕は崩さない。自分の事を書くなどもってのほかだ。


 でも推しに誕生日を祝って欲しい気持ちもあったりィ!


 こういった僕自身の矜持きょうじと感情のせめぎ合いは僕という人間を臆病チキンにさせていた。今日まで彼女という存在が僕の人生に現れなかった原因の一つでもある。


『あ、そういえばウチの会社の上司がですね~』


 最近、酒水推しはよくこの話をする。しかし、愚痴かと思えば……


『マジ神なんすわ、部下にも絶対敬語だし』


 お、部下に敬語使ってるのは間違ってなかったのか。

 僕自身も会社では部下に敬語を使ってる。何となく年下といっても働く彼らに敬意を表したいのと、上司が僕である事が後ろめたいから。


『面倒見が良いんすよ。まさか後輩がやらかした損失を自分が背負うなんて』


 これまた僕もやってたこと。

 というか、新人時代にやらかした取り返しのつかないミスを上司に庇ってもらってしまった。自分はその人に憧れてマネしただけ。推しの所に居るのいは本物だろうなァ……


『しかも最近聞いたんすけど、どうやらVぶい好きらしくて』


 その上司さんとは趣味が合いそうだな。

 雑談配信という事で、だらだらと喋り良い具合の時間帯。


『じゃあ、またみんな~またよろシコシコ~」


 最後まで下ネタにまみれて配信は終了。

 明日からある憂鬱な仕事も、何とか乗り切れそうだ。





「課長ってVtuber好きなんですか?」


 出社して早々、後輩の女の子から衝撃の質問。


 真面目で優秀な彼女はいつも定時で帰って行く。何とか他の若い社員もそうして欲しいものだ。


 そう思っていたら。え、何? 

 イジメの始まり?


「ななななな何故そのような事をお聞きになるんですか?」


 表情はそのままに、しかし傷のついたCDから流れる音声のようになり動揺が隠しきれない。


「いやだって、以前部長が企画してた飲み会を『推しの生配信があるんで!!』って行って断ってたじゃないですか」


「だからって『V』とは限らないじゃないですかァ。ましてや酒水ミコトだなんて……」


「隠す気あります?」


「……」


 一人の大人として情け無い限り。

 絶対コイツキモいなって思われてるんだろうなァ。女の子怖い……


「課長、独身ですよね? 婚活とかしないんですか?」


 なんだろう。追い打ち掛けるのやめて貰っていいっすか?


「しません。婚活より推し活で忙しいので」


 もう隠せないと、正直に言う。


「曇り無きまなこでなんて事を……」


 後輩ちゃん、ドン引きじゃないですか。やだ~、明日から会社来たくない~。


「その、課長……養ってください!! これからも!!」


 狼狽ろうばいを隠せない僕は、一瞬彼女が何を言ってるか分からなかった。だが直ぐに復活した思考は周囲を冷静に観察する。出社時間近くになっても不自然に揃わない僕の受け持つ課メンバー達。二人きりの状況。真実はいつも一つ!!


「えっと、援助交際はお断りします……」


「何がどうしてそうなったんですかね?」


 違うのか?!

 『養って』ってそういう意味じゃないのか!


 理解の追いつかないの僕を置き去りに、彼女は少し悲しそうに呟く。


「その……一応。プロポーズって感じだったんですけどダメでしたかね?」


 ハハハと力無く笑う彼女に、胸の奥がチクリとする。


「いや、すいません。突然のことで、僕も理解が追いつかなくて……」


 正直、まだこの後輩ちゃんが僕をおとしいれようとしてるんじゃないかと疑念が拭えない。


「そう、ですよね。付き合っても無いのに、いきなりプロポーズだなんて……」


「そうですよ。『これからも』とか言ってましたけど、僕はあなたを養った覚えなんて……」


「養ってますよ。私、酒水ミコトなんです」


「は? ぶち殺しますよ?」


 冗談だとしても笑えないなァ!

 

 この話の流れだと、推しが?

 僕に?

 プロポーズしてる?


「そんな訳ねぇよなァ?!」


 某タイムスリップヤンキー漫画にリスペクトを込めた怒号を二人きりのオフィスに飛ばす。


「……なにが援交お断りだよ。いつも『生きて』って言いながらお金くれるくせに」


「……はにゃ???」


 思考が完全にストップした。

 え、何で知ってるの?


「課長が、私の『V』デビュー当初から応援してくれてた事なんてお見通しです。一貫して『生きて』しか送ってこない事には一抹の狂気を感じました」


「殺してください」


 バレた。 

 会社の後輩に、しかも推しに汚い僕のリアルの姿を見られてしまった。神聖な酒水ミコト推しという存在の視界に、僕みたいな有害物質が入って良い訳ないんだ……。


「まぁ流石に、『生きて兄貴』が課長だったのは私もビックリしましたが……」


 僕もビックリだよ。

 まさか、スラム街で聞きそうなレベルの下ネタを君が言ってる事実に!


「課長、プロポーズ受けてくれたら私の配信環境見れますよ」


「そんな、誘惑には屈しない!」


「AMSRしてあげましょうか?」


「くっ……屈しない!」


「私のビール飲んだ後に出してる汚いゲップ聞けますよ?」


「……結納金はおいくらで?」


「身体で払え」


「おVぶいさまの言葉じゃ無い!!」


「収益化は浜で死にました」


 下ネタヤバすぎて一時収益化が止まったんだそうで。





 月日は流れ、現在。

 相変わらず僕は推しに貢いでる。


『生きて¥10000』


『うるせえ! 後ろで見てるくせに、スパチャ投げんじゃねぇ!!』


 酒水ミコト推しが交際宣言をしたところ、何故かリスナー減るどころか増えたそう。何でも理由が、


『交際相手は生きて兄貴です!』


 ってバラしたから。コメント欄に『生きて兄貴にはそこはかとない狂気を感じていた。幸せになって欲しい』や『生きて兄貴から、生きて旦那にランクアップやで』など。


『ウチの旦那、尊死とか言ってマジで痙攣けいれん起こすのやめてくんないかな……』


 コメント欄には、『生きて旦那』『身体に影響及ぼすレベルなのリスナーの鏡やろ』と書き込まれたとな。


 僕は信じない。

 信じられない。推しが今の奥さんだなんて。

 




 







 






 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推し活してたら婚活になった話。 春菊 甘藍 @Yasaino21sann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ