推しを近距離で見る方法【KAC20222】

栖東 蓮治

推しを近距離で見る方法

  

 

「よしっ! 大丈夫、美人よ、私!」

 鏡の前で、今日の私は世界一の美女なのだと自己暗示。

 普段の地味な私とは真逆な気合の入ったメイクは、私にとって別人になる為の変身魔法。リップだけじゃなくアイラインも赤を使って、ばっちり大人の女って感じ。つり目気味なのもあって、ちょっとキツイ印象になっちゃうけれど仕方ない。生かせる要素は全て生かす。他人から褒められた部分は素直に生かす。

 きっとそれが私を一番綺麗に見せる方法だから。

 露出度の高い服から覗く大きい胸とお尻は、いやらしさよりも同性からカッコイイという評価を得られる様にと、この日の為にジムできっちりがっつり鍛えてきた。

 髪をまとめて、赤いメッシュが入ったロングヘア―のウィッグを被る。

 

 赤は私の推しカラーだ。

 

「ふうぅ。緊張する……」

 推しの声が好きだ。

 推しの前鋸筋ぜんきょきんが好きだ。

 推しの生き方が好きだ。

 推しの考え方が好きだ。

 いつも遠くから見ているだけだった推し。

 今日は初めて最前で推しに会える日。

「推しがはっきり見えるって事は、私の顔もばっちり見られるって事。常に推しに見られている事を意識して……変な顔にならない様に……推しに嫌われない様に……」

 まだ推しの姿を見てすらいないのに、心臓の音が大きい。

 緊張で手に、背中に、下乳に、額に汗が滲む。

「やだ、メイク崩れてないよね…………ハッ!!!!!」

 

 爆音で流れる推しの登場BGM。

 辺り一面を覆う白煙。

 き、来たーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!

 眩い光を背に、推しが現れた。

 

 

「そこまでだ! 女幹部ブラックリリィ!!」

 

 しょっぱな推しが私の名前を呼んでくれたーーーー♥♥♥♥♥

 ファンサ濃すぎる♥ こんなのガチ恋すんなって方が無理ーーーー♥♥

「会いたかったわよ、闇堕戦隊クモルンジャーレッド……」

 あっ、やば、本音出ちゃった。

 周りにブルーとグリーンとイエローも居るのに見えてなかったし。ごめん他メン。

「ホワイトを返せ!」

 赤い戦闘スーツに身を包んだ推しが地面を蹴り、私に向かって駆けてきた。

 い、一直線ーーーーーーー♥♥♥♥♥

 推しが走りながら日本刀型の武器を取り出し、頭上に振りかざすのを見て、私もレイピア型の武器を取り出した。刀身部分はもちろん赤色に発光する様に改造済みだ。

 

 ガギィンンンンと金属と金属がぶつかり、火花が散る。

 そのまま武器で押し切ろうと、推しが力を入れて来る。

 当然、互いの顔は間近になり、睨み合う私達の双眸からもバチバチと火花が飛ぶ。

 推しの頭部はフルフェイスタイプの戦闘ヘルメットに覆われている為、その素顔は見えないけれど、きっと今、推しの瞳には私がくっきりはっきり映し出されているに違いない。

 ん?

 こんな近距離で推しが私の顔を見…………

 いけない! 長く見つめ過ぎた!

 推しの眼球が汚染されてしまう!!!!!!!!!!!!!!!!!

 日本刀を跳ね除けて、勢いよく後ろに飛び距離を取った。

 態勢を崩したレッドを庇う様にして、他の3人が武器を構えて立ちふさがる。

「フン。雑魚が集まったところで無駄な足掻きよ」

 

 私は悪の女幹部。

 戦隊ヒーローである推しをかっこよく輝かせることが出来る女。

 推しと過ごせる時間は有限。その全てに、全力を注ぐ。

 これが、私なりの推し活。

「さぁ、クモルンジャー。全員で掛かってきなさい。……蹴散らしてあげるわ!」

 

 


  

◆◆◆

 

 

 クモルンジャー本部、会議室。

 

「あのさぁ、ブルー、イエロー、グリーン。今日のバトル。最初の時……ブラックリリィに向かって俺が走り出した時。あの時さぁ……3人の動き遅かったよな」

 眉間に皺を寄せた青年が、他の戦隊メンバーの顔を順番に見る。

 

 人々の平和を守る為に活動するクモルンジャー達は、勝利を納めていても油断せず、常に反省会を行っていた。

 

「あれさぁ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………俺に気を使ってくれてたよねーーーーーー!? ありがとうね! ありがとうね!! すっごい長かった! すっごい近かった! すっごい美人だったビックリした、やっばい、まじヤバイ。ブラックリリィ様とゼロ距離で見つめ合えたんだけどーーーーー!!!!!! 感動でマジあの場で心停止するかと思ったぁああああんんん!」

 

 その場で顔を覆い、泣き崩れるレッドに苦笑するメンバー達。

「いいって。リーダーには普段から私生活でも世話んなってるし」

「そうそう。推しと戦えるチャンスなんて滅多に無いしね~」

 うんうん、とホワイトを含む4人は頷く。

 

「ねえ見た!? みんな見た!? ブラックリリィ様の今日の髪! 赤入ってた! 新しくなってた武器も赤色だったし! 俺レッド担当で良かったーーーーー! まさかの全身推し色だよ! これって運命じゃない!? うおーーーーーーーーーーーーーっ!!!! 次の戦闘でも絶対ブラックリリィ様が美しく散れる様に全力で推し活バトルすっぞ!!!!」

 

 

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