第2話 プロローグ2 せいぎのために

 人と魔の戦争が終わり、共存の道へと世界が歩み始めるも、平和を乱す悪党たちの手によって人々が悲しみ苦しみ続ける時代。

 その悪を滅するために必要なのは、無敵にして究極にして、絶対的な力を持った正義。

 それが僕の自論だ。

 そのため……


 

「このおろかたわけものぉ! これほどの力を暗闇で埋もれさすとは、何たる怠慢! 人のために使いたまえ!」



 僕は、力あるものが正義のため、世のため、民のために使わない怠慢が許せない。


「うるせぇ、魔族の若造が! このコロシアム史上最強の闘士とまで言われた俺様の―――」

「うおおおお、頭を冷やしたまええええ!」


 力が欲しい。

 世界を変えられるだけの力が欲しい。

 ただ、僕がどれだけ叫んでも、願っても、欲しても、世界も人も簡単に変わらない。


『し、信じられない! コロシアムに突如乱入した謎の魔族……人間にしたら十代ぐらいの若い魔族が、コロシアム最強のチャンピオンを肉弾戦の死闘の末に勝利したぁ! 強靭な肉体と巨体を誇るチャンピオンと勇敢な殴り合いの果て、新たなる英雄の誕生だ!』


 血みどろの死闘を越えて強者を打倒した僕に、巨大コロシアムの『人間たち』から万雷の拍手と歓声が浴びせられる。

 しかし、それは何とも虚しい。


「し、信じられねえ、すげえじゃねえか、あいつ! チャンピオンを倒しちまった!」

「ねえ、それに結構かわいいよね! 魔族だけど」

「ちょっと後で、誘っちゃう?」

「それに、あの子供っぽいのにキリッとした顔つき……なんかキュンキュンしちゃうよ~♥」

「あんな育ちのよさそうな魔族の坊やが、何でこんな所で闘士になったのか知らないけど……ファンになっちゃった♪」

「くそお、大損しちまった!」

「俺もだよ。くそ、こんなことなら大穴に賭けとくべきだったぜ!」

「まさか、あんな無名の若造がこんなに強いとは思わなかったからな」

「ああ、チャンピオンはかつての大戦で魔王軍の兵を何十人も狩りまくったほどの男だってのにな」

「あんだけ強けりゃ、魔族とはいえあのガキにも多くのパトロンがつくんじゃねえのか?」


 新しい英雄……それは、僕が抱く理想とは大きくかけ離れている。

 

「はあ、はあ……まったく……ばかばかしい」


 見上げると、そこにはコロシアムを覆う天井しかない。

 ここは、世の目を忍ぶように設置された巨大な地下施設。

 多くの金持ちや貴族たちが仮面舞踏会のように己の身分や顔を隠し、悪しき商売を生業とする裏世界の者たちなどが蔓延る、世界の裏側。

 僕は今、彼らの暇潰しの娯楽のために命を賭して戦わされた。


「何が英雄だ……軽々しく……こんな……こんなくだらない……なぜ僕がこんな……」


 そもそも、なぜ僕がこんなことをしなくてはならない?

 その理由は……



「よくやった、『シィーリアス』。お前さんなら、絶対に勝つと信じていたぜ、流石は俺たちの特攻隊長じゃねえか」



 コロシアムの観客席で、黒い外套を纏った一人の男が立ち上がって、機嫌よく盛大に笑いながら声を上げた。

 そう、その人物は僕がこんなことをやっている全ての元凶。


「遅いですよ、先生! それよりも、ちゃんと仕事はされたのですか!」

「おお、見事オッズ百倍を的中させ、これで今後の旅の資金も―――」

「てきちゅ……って、ちょっと待ってください! 先生の話では、僕がチャンピオンと死闘を繰り広げることで、この地下カジノの客や従業員全員の注目を集めさせ、その隙にこの施設が違法で非合法なことをやっている証拠を見つけると……」

「ん? ……あ……あ~……あ……」

「先生ッ!?」


 外套で姿を隠しても、声だけで明らかにすっとぼけた様子が分かる。

 この人は……この人は……


「ん? どういうことだ? 何の話だ!?」

「非合法の証拠……?」

「おい、一体何を……」


 僕の叫びを聞いた観客たちの歓声はピタリと止み、同時にどよめきが走り出した。

 あっ……僕としたことが、つい大声で……いや、それでも僕とて叫びたくなるというものだ。

 正義のため、悪を懲らしめるために先生と潜入したこの地下カジノ施設。

 非合法な賭け、薬物や武器やマジックアイテムの取引、人身売買、などが横行するこの悪の巣窟。

 この悪を白日の下に晒すために先生と共に潜入し、先生に言われた通りのことを僕はした。

 正義のために鍛え上げた力を、作戦とはいえ見せ物のため、クズたちを喜ばせるために使ってしまった。

 しかし、それも全ては正義のため。

 だというのに、まさか先生はサボって、しかも僕で賭けを……見損ない――



「ったく、あいつは大声で……あ~……すまん、シィーリアス! 証拠を見つけようと事務所に潜り込もうとする前に、子供が生まれそうな妊婦さんと遭遇しちまって、病院に連れて行ってたから、時間がなかった!」


「ッ!?」


「で、でも、大丈夫だ! さっき、人身売買のオークションの場面を見かけた! それだけでこいつら全員を縛り上げられる!」



 ――などと、先生を一瞬でも疑ってしまった僕は、自分自身を恥じた。

 


「ッ!? な、そ、そうだったのですか!? そ、それで、その妊婦さんはどうなったのです!?」


「お、おお、無事無事! 無事に元気な赤ちゃんが生まれた、メデタシメデタシだ!」


「そうでしたか……申し訳ありません、先生! 心優しき先生を僕は一瞬でも疑ってしまいました!」


「…………」


「てっきり先生は……この格闘試合では賭けが成立しないほどの一番人気で最強のチャンピオンと、無名で尚且つ魔族嫌いで魔族には賭けようとしない客たちの心理を突くために僕を戦わせて、先生は一人チームの全財産を僕に賭けて大穴で大金を得ようなどというセコイことをしようとしてたのではないかと……何たる不覚! 申し訳ありません、先生! もう二度と疑いません! どうか、自分を見捨てないでください!」



 僕はすぐにその場で両膝をついて、頭を地面に叩きつけて土下座した。

 敬愛し、尊敬すべき先生を一瞬でも疑ってしまったからだ。



「おい、シィーリアス、土下座はやめろっての! 何べんも言わせんな、俺たちは先生と生徒じゃなく……俺たちはダチだろうが!」


「せ、先生……」


「……あ~、胸が痛い痛い……このシーン見られたら、こいつの母ちゃんにも殺されるどころじゃ済まされねえな……まっ、しゃーねえ……これは俺がダセー」



 そして、寛大な先生は僕を許してください、そしてそのまま外套のフードを外されて、その顔を晒された。



「ダチ使って金を~……なんて、ほんと俺の方がダセーよな!」



 そう言って、先生は手に持っていた……アレは賭けのチケット? でもそれをビリビリに全て破いて投げ捨てられ……



「お前らぁぁあ、それまでだ! 全員、神妙にしろぉ!」


「「「ッッ!!??」」」



 そこに居るのは、こんなクズたち悪の巣窟で軽はずみに口にされる英雄などとは違う。

 世界を変え、人類を救い、そして歴史を変えた真の英雄。

 そして、この地の底の世界が大きく震える。

 逆立つ銀髪と、野性味あふれるその眼光。

 身に纏う圧倒的強者のオーラ。


「なっ、あ、あの男……あの男は!?」

「ちょっ、あ、あいつは、……魔王を倒した勇者!?」

「間違いない! 『悪童勇者フリード』だッ!?」


 そして、無名の僕とは違い、その名はこの世の誰よりも知れ渡っている御方。

 それにしても、どうして『悪童』などと……

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