1-6 : デカブツ

〝それ〟はまるで、〈霊石〉のように――人の〝意志〟に、感応して。



「オへェ?!」

 周囲に噴き上がった蒸気が、大男の視界を覆う。

「なンだこで! ブヒィッ!!」



 そこでひるみきらなかったのは、大男が伊達だてに職業チンピラをしているわけではない証左だった。


 振り上げていた破砕槌をたたき下ろす。

 白い蒸気の幕の向こう。モグラサイハがいるはずの位置へ。


 ドゴンッ!

 大男の両手に伝わったのは、岩を砕いた感触。


 が、そこに肉のミンチができた手応えは――なかった。



「……こっちだ、トンマ筋肉。岩でハンバーグでも作んのか?」



 大男の背後から声。

 蒸気の煙幕に紛れ込み、へばりそうな身体にむち打って回り込んだサイハの。



「なるほど……なるほどねぇ……」



 ランタンの光に照らされて、蒸気にゆらりと踊る影。


 どこからか、風が吹き込んでくる。



「不思議なこともあるもんだ……不思議続きだ」



 地の底に湧いた蒸気が晴れてゆき、その先に現れたのは風の通り道となったあな



「……ああ、いやいや、上等だ。ロマンがあっていいじゃねぇか、くははっ」



 全体の八割を掘り起こしてなお、いまだにびくともしなかったという巨大結晶。

 鉱夫たちの見立てでは、残りの二割が地盤に食い込んでいるのだろうというその予想が的中した、深いあな


 そのあなに、結晶は深く深く、大樹のように根を張っていたのだ。


 つまり、それが今見えているということは――



どこ行た、、、、? アのデカブツ、、、、、、??」



 地下空間の半分を占めるほどであった巨大結晶が、跡形もなく消えていた。


 サイハの人影が、さっと蒸気を振り払う。

 ゴォッと、一陣の風が舞う。



「なるほどコイツは拾いもん、〈PDマテリアル〉が血眼になるわけだ」



 蒸気の煙幕を抜けて、サイハが左右の足で力強く岩盤を踏み締めた。



「仕組みは……どうなってんだこれ? さっぱりわからんが……まぁ、これだけはわかる」

 振りかぶったそれ、、で、大男を指差して。

「ミスターおデブ、お前はクビだ。今日、ここで」



 銀のシルエットは、直線的。

 長さは、長身のサイハが担いで辛うじて先端が地面に触れないほど。

 磨き抜かれた鋭角がきらめき、サイハの愚直な意志をそのまま形にしたかのごとくゆがみなく。


 それは一振りの――両刃りょうばの大剣であった。


 滑動と開口と格納を何百回と繰り返し、巨大な金属結晶が収縮した果てにあったもの。


 機械仕掛けの類であろうことまではわかるものの、それ以上のことは何もわからない。


 良識と常識を踏まえた者なら、なぜそんなものが地中に埋まっていたのかと頭を抱えるこの状況にあって。

 しかしサイハも大男も、全くもって深くなど考えなかった。


 喧嘩けんかに新たな得物が持ち込まれた。それだけのこと。

 御託など、すべて不要と切り捨てて。



「――モグラは! ぶ潰すっ! ブブヒィ!!」



 先に打って出たのは大男だった。

 蒸気の晴れた視界にサイハの姿をしかと捉えて、一切の迷いもなく破砕槌を振り下ろす。



「どらぁ!」



 対して。剣の扱いなど知るわけもないサイハが、ただ力の限りに己の得物をぶん回す。


 槌と大剣。両者の得物の相対速度に、金属同士がかち合って、暗闇の中に火花が舞い散る。


 そしてズバンと剪断せんだん音を立てたのは、打撃面の中程から両断された破砕槌だった。



「この結晶にはどんなにやっても傷がつかねぇって言ってたのはお前だろ! 豚饅頭まんじゅうぅ!」



「う、うぞだァ?! オ、オで信じらなイ!?」



 フゴフゴと、大男が狼狽ろうばいした鼻息を漏らす。



「信じる信じないはどうでもいい! こいつだけは本物だ、ど腐れがぁーっ!!」



 得物を斬り落とされて硬直した大男に、サイハが全身を回転させて――


 ゴイィィィ……ン。


 その剣身の平たい腹で、鋼鉄の平手打ちをたたき込んだ。



「ブヒブッ!?」



 その衝撃に、大男のマスクがすっぽ抜けて宙を舞う。


 その時点で大男は白目をいて失神していた。卒倒したその姿は、豚の昼寝にそっくりであった。



「はぁっ、はぁっ! モグラも、追われりゃみつくぞ……モグラたためんな、豚野郎ぉ!!」




 ◆ ◇ ◆




「――はっ!」



 全身を振動に揺すられて、ヨシュー少年は気絶から目を覚ました。



「おうヨシュー、気がついたか!」



 サイハの声が後頭部――というか上方から聞こえる。


 ヨシューは土袋のようにサイハの小脇に抱え込まれていた。


 ヨシューの視線の先では、太陽に照らされた露天鉱床の地面が流れてゆく。

 サイハは随分急いで走っているようだった。



「え、え? 確かぼく、坑道の奥で綺麗きれいな結晶を見てたら後ろから誰かに締め付けられたような気が……?」



「そりゃ大分前のことだぜヨシューくん! 状況は常に移り変わる、適応しろ! 具体的に言えばだな……気がついたんなら自分の足で走れ!」



 言うなり、サイハにいきなりポイッと放られ、ヨシューはつんのめりながらもどうにか転ばずに着地すると、サイハの背中を追って自らも駆けだす。


 それを追い立てるように背中に届く、複数の濁声だみごえ


 マスクの大男に次いで現れた番犬チンピラたちに追い回されて逃げ惑っている最中であると、ヨシューはようやく状況を理解した。



「ちょ、ちょっとサイハさぁん?! これじゃぼくも共犯みたいになってるじゃないですかぁ!」



「だったら今から後ろの連中と合流するか?! きっと歓迎されるぞ。ギリギリ言葉が通じるからな、運が良けりゃキズモノにされずに済むかもなぁ!」



「ひぇ?! や、やですよう! サイハさんついてきてください! あの人たちのこと説得してくださぁい!!」



「バっカ、オレが追われてんだよ! 『ヨシューの兄貴分です』なんて、今更ペコペコしたとこでどうにもならんわ!」



「というか背中に背負ってるそれなんですかぁ?! 〈霊石〉以外拾わないみたいなこと言ってたじゃないですか絶対それのせいですってぇ!」



「こんなことになって返してなんかやるかよ! 番犬ども相手に丸腰なんてご免だ!」



 地下に見いだした金属結晶が、自ら収縮して形を成した大剣。それを背に担ぎガッチャガッチャと揺らしながら、体力と機械いじりだけは自信のあるサイハが逃走を続けている。


 成り行きでヨシューも逃避行につき合わざるを得なかった。



「サ、サイハさん! そっちはリフトと真反対なんですけど?!」



 二人が逃げ惑っているのは露天鉱床最下層。つまり地表から深さ五十メートルに位置する大深度地下地形である。周囲をぐるりとり鉢状の斜面に囲われているなか、唯一地上へ通ずる道はサイハがここへ下る際に乗ってきたリフトのみ。



「んなこた分かってらぁい! ここは〈PDマテリアル〉の庭だろうが! どう考えても先回りされてる! リフトなんて使えるかぁ!」



「じゃ、じゃあ……! ど、どどど、どうやってここから逃げるんですかぁ!?」



 女の子のそれと聞きまがう悲鳴を上げて、ヨシューが顔を青くする。



「だから作んだよ! 超突貫工事! 片道一回限りの脱出路を!」



 わめきながら走り続けるサイハの横へヨシューが追いつくと、サイハは逃げ回りながら耐熱手袋でつかんだ〈霊石〉にムムムと念じ続けている真っ最中だった。



「くっそ……集中できるかっ! こんな走り回りながらでよぉ! 時間がかかってしようがねぇ! だけど、っちち――そろそろくるぞぉ!」



 サイハの思念に感応し、ようやっと赤熱反応に至った〈霊石〉の数は三つ。


 バックパックをゴソゴソやって、サイハが右手に取り出したのはマスクの大男に殴りかかった際にめていたフルアーマーメリケン。

 その親指をカバーする部分を突くと、バネ仕掛けが作動して投入口が口を開けた。


 カロンと、赤熱した三つの〈霊石〉のうちの一つをそこへ放り込む。

 発生した蒸気を瞬く間にめ込んで、メリケンがカタカタと震えだした。



「ヨシュー! ワイヤーよこせ!」



「は、はいぃ!」



 ヨシューが言われるままに、サイハのバックパックからワイヤーの束を取り出す。


 ワイヤーの一端をぐるぐるとメリケンに巻き付けて、サイハが狙いを定めたのは直上。

 雲のない青空をぽっかりと切り出す露天鉱床の縁だった。



「コイツの正式名称はぁ――〈かっ飛びナックル〉! だぁ!!」



 サイハが、右腕をごうと突き出した。


 ボシュン!

 内部にめ込んだ高圧蒸気を一気に解放して、〈かっ飛びナックル〉と名づけられたサイハお手製の蒸気仕掛けメリケンが射出される。


 内部に取り入れた〈霊石〉から次々に蒸気が供給されたメリケンは、ワイヤーを引き連れてぐんぐんと上昇を続け、やがて五十メートル上層に突き出た大岩に絡みついた。


 その間も番犬たちが砂煙を上げて追ってくるのだから、焦るなと言う方が無理な注文である。



「アンカー! 次はアンカー打つぞ! でぇい!」



 サイハが手繰り寄せたワイヤーの端に結び目を作ると、彼は続けざま、バックパックからかぎ爪状に曲がったくいを取り出した。


 さすがにそれを地面に打ち込むハンマーまでは持ち合わせていなかったが、ならばと代わりに背負っていた大剣の腹でゴィンゴィンと大急ぎで打ちつける。


 一連の超突貫作業の結果、ワイヤーの両端がそれぞれ露天鉱床の最上層と最下層とに固定され、空中にピンと張り渡された。


 地獄に仏。蜘蛛くもの糸。



「で、でもどうすんですかサイハさぁん!? まさか綱渡りでもするんですか?!」



 ワイヤーが張られたことで一瞬顔色を明るくしたヨシューだったが、少年は再び顔を青くする。


 こんなものをよじよじと伝い登っていては、追いついた番犬(チンピラ)たちにアンカーを外されて一巻の終わりである。



「そんなチンタラしてられっかよぉ! オラつかまれヨシュー!」



 叫ぶが早いか、サイハがヨシューに背を向けて、ザッ! と中腰姿勢になった。


 まごう事なき、それはおんぶの体勢である。



「え? え?? えぇー……」



 急に子供扱いされて、ヨシューの青い顔が一転、無表情になった。



「何やってんだ! 早く乗れヨシュー!」



 そう言うサイハは至って真剣。



「……え、えぇい!」



 ともかく言われたとおりにするしかないヨシューである。

 緊迫した逃走現場に突如として現れた、十二歳少年をおんぶして立つ青年の図。


 果たしてサイハのブーツの裏には、既に残り二つの発火した〈霊石〉を組み込んだ装備が装着されていた。


 靴底にみ合わさった、下駄げたのような部品。

 そこから突き出たフックが、ガチンとワイヤーを挟み込む。



「振り落とされんなよ! ――飛べぇぇえ!!」



 金属製の下駄げたが、先のメリケンと同じく内部にめ込んだ高圧蒸気を一気に噴き出した。


 ジャアァァーッ!


 金属下駄げたとワイヤーが擦れ合って火花を飛ばし、それに沿ってヨシューをおぶったサイハがすさまじいスピードで宙を駆ける。


 遠目から見れば、蒸気の煙を引いて空を飛ぶ人間ロケットのごとき挙動。


 こいの滝登りならぬ、サイハのワイヤー登りであった。



「わひゃあ!」

「いぃぃやっほぉぉおい!」

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