1-4 : 地の底への道




 ◆




 〈PDマテリアル〉露天鉱床。最下層部。


 巨大クレーターのように広がる露天掘り一本で操業する〈PDマテリアル〉の敷地にあって、そこだけ坑道、、が掘られていれば悪目立ちするというものだった。


 別段、わざわざトンネルを掘る必要性も感じられない一角。他の組合が保有していない露天掘り技術を独占する同社であるから、殊更に怪しい。


 何か、そこだけ露天掘りができない、、、、、、、、、、、、、理由でもなければ説明のつかない、不自然さ。



「――ってことはだ。雑に扱えない何かがあるっつぅことだよなぁ、この奥に」



「ひ、引き返しましょうようサイハさん……ダメですってばこんな……」



 ヨシューに背中を引っぱられつつ、現在サイハはくだんの〝アレ〟とやらを探し求めてズカズカと坑道を突き進んでいる最中だった。


 何も〈霊石〉と同じくいただいてしまおうとまでは考えていない。

 ただ、偉そうなことを言っていたあの経営者と、機械のように事務的な秘書の男をして、内緒話の種になるほどの〝それ〟が一体何なのか見てみたい――サイハを突き動かしているのは、ただそれだけのことだった。


 ロマン。

 この上なく単純な動機。

 それは誰にも止められない衝動。

 例えば、サイハ自身にすらも。


 ランタンが等間隔につるされた坑道は、曲がりくねって先が見通せない。地下水がにじみ出てしっとりと湿った足元と天井は赤土色で、左右の壁は黒色。

 前者はレスローの街に乱立する建物の煉瓦れんが素材となる粘土、後者は掘削困難な固い岩盤だった。


 の差さない地下は、シャツにジャケットを羽織っているだけのサイハには肌寒い。チェックのワイシャツしか着ていないヨシューに至っては、先ほどから手を擦り合わせている。



「さすがにちとさみぃな。どれ……ヨシュー。ん」



 息を白ませながら、サイハが手を差し出した。



「……何ですかこの手」



 意味がわからず、ヨシューが小首を傾げる。



「〈霊石〉だ。持ってんだろ? 一個くれ。ん!」



「ええ……サイハさんこそ持ってるでしょう? さっきまでネコババしてたんだから……」



「オレの拾ったのはデカすぎるんだよ、未精錬だし。それに砕くのもったいねぇじゃん」



「もぉ……ほんとわがままだなぁ……」



 ぷぅと不満に頬を膨らませつつ、ヨシューがサイハへ〈霊石〉の欠片かけらを手渡す。



「まぁそう膨れるな、いいもん出してやっから」



 そう言うと、サイハが革手袋を取りだして、〈霊石〉を額に掲げて火のイメージを思い浮かべる。

 数秒の間があって、サイハの意思に感応した石が燃えだすと、サイハはそれを何かの容器へカロンと入れた。



「ほれ、そいつ持ってろ」



 サイハがヨシューへ押しつけたのは、四隅が丸みを帯びた四角い金属容器だった。


「……わっ……」と、それを手にしたヨシューが感動した声を漏らす。



「オレのこと何だと思ってんだよ。こちとらフリー鉱夫兼ジャンク屋のサイハさんだぜ?」

 見くびってんなよと、サイハがフフン。鼻を擦る。

「そいつはオイル懐炉だ。〈霊石〉の熱であったけぇだろ?」



 小さな弁当箱のような形をした懐炉の上部から、ポフポフと〈霊石〉の蒸気が上がった。



「わぁ、サイハさん器用なんですね! てっきりぼく、サイハさんのこと〈霊石〉拾い集めてるだけの変な人だと思ってました!」



 ぱぁっと明るい笑顔で、ヨシューが歯にきぬ着せず言い放つ。



「……まぁ、薄々な? そんなふうに思われてんじゃないかなぁとか思ってたけどな? そう真正面から言ってくれるなよ、ひでぇじゃん……」



 無邪気な少年の言葉に他意はなく、それゆえにその言葉はサイハの心に余計辛辣に突き刺ささるのだった。




 ◆




「――……ん?」



 そこから更に、坑道をいくらか進んだときだった。



「どうかしました? サイハさん」



 ふいに立ち止まったサイハを見上げ、背後からヨシューが尋ねる。



「なぁ……ちょっとそいつ見てみろよ」



 サイハが指したのは、ヨシューの抱えているオイル懐炉。

 正確には、その安全弁から上る蒸気だった。


 蒸気は坑道の伸びる前方でも後方でもなく、真横、、へ向けて流れていた。


 等間隔につるされたランタンのあかりから外れた、真っ黒な岩石の方向へ。



「いや、こいつは……」


 何かに気づいたサイハが、蒸気を追って手を伸ばす。


 真っ黒な岩盤の壁面に紛れて、うつろが口を開けていた。


 隠し通路。



「……なるほどぉ? さっきからやたら丁寧にランタンが並んでたのは、順路こいつを隠すためか」



 これまで終始、黒い岩盤を避けて蛇行していた坑道。そこから一転、黒岩を穿うがって伸びるその横坑。


 ここまでのすべてが、この隠し通路に気づかせないための偽装工作だったということ。


 り下がるランタンの一つをさらい、探検家よろしくサイハは暗黒の横坑へと踏み入った。


 今更「やっぱり帰りましょうよう」とも言えないヨシューも、サイハの背中にぴたりとついていく。


 暗い閉鎖空間というのは、それ自体がピリピリと肌を刺す。見えない壁が押し寄せて、押し潰されてしまいそうな。空気が氷のように固まって、地の底で溺れてしまいそうな。


 それは本能が記憶する、根源的な恐怖。空間的な解放と光とを求める、原始の欲求。



「怖いか? ヨシュー」

 けれど。サイハは、そんなごく自然な恐怖を押しのけ。

「オレは――楽しくて仕方ねぇよ」



 小さな光一つをともし、闇の奥に潜んだ神秘をただ追い求める。



「腹の中がさぁ、ワクワクして飛び跳ねてる。見慣れた街からちょっと出ただけで、外にはこんなに面白ぇもんが転がってる。この感じが〝ロマン〟だ。ヨシュー、オレにはさ――」



 興奮に高鳴る心臓は、まるで燃え盛る〈霊石〉のよう。

 たぎる血流は高圧蒸気にたとえられ。

 熱い思いに震える声は、今にもうなりを上げんとする大型エンジンのごとくみなぎる。



「――オレには、夢があるんだ。いつかオレは、この街を飛び出して、あのだだっ広いだけで何にもない荒野の向こうに抜けて。それで、世界の……」



 そこまで言って……次に続いたのは、沈黙だった。


 暗闇を進み続けたサイハが立ち止まり、しがみついていたヨシューを背中に受け止める。



「オレは、世界の果てで、ロマンを探して回るんだ――こんなのをたくさんな、、、、、、、、、、



 サイハのその声が、言外に語る。



「目を開けろ。そしてお前の目の前にあるこれを見ろ。これ、、が、オレの夢だ」と。



 恐る恐る、ヨシューがまぶたを上げる。

 固く閉じていた視界は、とっくに暗闇に慣れていて――。



「――わぁ……!」



 眼前に広がる光景に、その眩しさ、、、に、少年は澄んだ眼を再び細めなければならなかった。


 巨大な、銀にきらめく結晶だった。


 サイハの掲げたランタンの光を照り返し、幻想的に浮かび上がる結晶体。それが球状に掘削された地下空間を、半分ほど埋め尽くしていた。


 水晶、あるいは雪の結晶のような。複雑で美しい幾何学構造を無数に枝分かれさせているそれは、しかし透明ではない。どうやら金属に類する物質のようだった。



「すげぇ……こいつ、全部単結晶でできてやがる。こんなにでかいのに、欠けも境界もない」



 一切の不純物も欠陥もなく、単一の物質だけがゆがみなく並んでこれほど巨大化するなど、奇跡以外の何ものでもなかった。

 完全無欠のその荘厳そうごんは、数式のように理路整然とした美しさ。



綺麗きれいだなぁ……他の言葉なんて、何にも浮かばねぇ」



 およそ実在する存在のなかで、これほど混じり気のないものはない。侵しがたい神秘を前に、サイハはただ詠嘆する。



「忍び込んだ甲斐かいあったぜ。なぁ、お前もそう思うだろヨシュー? ……にひひ、言葉もねぇか」



 サイハが背後へ声を向ける。

 金属結晶がランタンの光を反射させ、周囲は銀色に照らしだされていた。



 ふと。振り返った先には――しかし、

 誰もいなかった。


 ヨシューが感嘆を漏らしたのは聞いていた。その時点では、サイハにはヨシューにジャケットの裾を握られている感触が確かにあった。



「……ヨシュー?」



 が、一体いつからか。

 金属結晶に見蕩みとれていた間に、ヨシューの気配は忽然こつぜんと消えていた。


 ポフポフポフ……。と。


 かすかに、だが確かに聞こえたのは――ヨシューに持たせたオイル懐炉が蒸気を噴く音。


 ……ヌッ。


 視野に収まるギリギリの位置。サイハの顔面の真横も真横で、不気味な影が揺らめいたのが見えた。

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