流れてきた二本の小刀と手紙について

ムラサキハルカ

流れてきた二本の小刀と手紙について

 こんにちは? もしくは、おはようございます? それともこんばんは? 

 この手紙を読んでいる人は驚き戸惑っていることでしょう。なにせ、流れてきた瓶の中には手紙と血がべったりついたナイフが入っていたんだから。

 どうしてこんなことをしたのか? それは……


 ※


 私には幼なじみがいました。幼稚園の頃からの付き合いの彼は、人見知りで同姓の友人がいなかった私の良き話し相手でした。

 そんな彼の趣味は怖い話や残酷な話でした。小説、漫画、ビデオ、映画……趣味に合うものには、何でも手を出していたと思います。

 私も図書館で怖い話を読むことが多かったので、それなりにウマが合いました。もっとも、こうした趣味の暗さや生来の社交性の無さは、クラスでの付き合いにおいては大きく足を引っ張ることになったのですが……。反面、残酷な話は苦手でしたが、彼はそんな私を面白がるようにしてしきりに怖がらせようとしてきました。本気で嫌でしたが、友だちは彼しかいなかったので、渋々受けいれていました。


 新しい友だちができないまま、小学校高学年になったある夏の日のことです。

 私と幼なじみの彼は付き合いが長いのもあって家族同士の交流があったのに加えて、夏休みだったのもあり、一緒に海に来ていました。私も彼もインドア系でしたが、海水浴場に覆う人々の活気に浮かされてか、水をかけ合ったり、お化け屋敷と称した砂の山を作ったり、事前に収集したこの海にまつわる怪談を話したりとそれなりに楽しんでいました。

 彼が、海から飛びだしてきた手に引きずり込まれたりしたんだってぇ、と嬉々と語っていた時、私たちはそれを見つけました。

 古そうな硝子の瓶。それが第一印象でした。いち早く拾いあげたのは彼で、目を凝らして中を覗こうとしますが、その時点では硝子が曇り気味だったせいか、何が入っているのかわからずじまいでした。となればフタを開けようという話になりますが、思いのほか固くてびくともしません。結局、その日、フタはうんともすんとも動かず、瓶は最初に拾いあげた幼なじみの彼が持ち帰ることになりました。

 中に何が入っているんだろう? 当時の私は無邪気にそんなことを思っていましたが、この時、何が何でも引きとっておくか捨てておけば良かったかもしれないと、後悔することになります。


 それから数日後、気持ち悪いぐらいに興奮した幼なじみに、フタが開いたと伝えられて、彼の家へと向かいました。彼は与えられた子供部屋でホラー小説や漫画がびっしりと詰まった本棚を背に、絶対に秘密だよぉ、とニヤリと笑いかけたあと、開け放たれた瓶とその中身を披露しました。その途端に私は心臓が止まったような衝撃に襲われます。

 そこにあったのはボロけた手紙と赤黒い血とおぼしきものが付いたナイフ。一瞬、幼なじみの彼が、私を脅かすためにジョークグッズを用意したのではないかと疑いましたが、刃物にこびりついた液体の生々しさは、その可能性を一瞬で否定しました。紛れもなくこのナイフは本物なのだと実感します。

 こちらの気持ちを知ってか知らずか、幼なじみの彼は、すごいんだよぉ、と顔を紅潮させ、手紙の内容を語りはじめました。それによると、このナイフの持ち主は通り魔として無差別に人を殺して回っていて、手紙には犯行の一部始終が記録されているとのことでした。出会い系サイトで呼び出した女子高生の恐怖に染まる顔、偶然出くわした巨漢の男が倒れ際に見せた呆然とした顔、夜の路地裏で命乞いをする商売女の引き攣った顔……被害者や犯行についての様子は他にもたくさん聞かされましたが、思い出したくもありません。とにもかくにも無差別というのにふさわしいラインナップだったのはたしかです。そんな手紙の主は、自らの成し遂げたことを密やかに知ってもらいたいと思いたって瓶に入れて流したという動機を書いたところで文章を閉じたそうです。

 私はすぐに手紙とナイフを警察に持っていこうと提案しました。小学生の目から見ても、もはや子供が扱えるような案件ではないという、ごくごく常識的な判断からでした。しかし、幼なじみの彼は、とても不思議そうに、なんで? と問い返してきたのです。私は、手紙に書かれた通り魔の所業は放っておけない、という意見を語りました。しかし彼は首を横に振り、そんなのどうでもいいじゃん、と切って捨てます。

 だって、本物の殺人鬼の書いた記録だよ。この素晴らしい宝物をぼくたち以外の誰かに渡すのなんて、もったいない。

 ましてやこんなことまで言い出す始末です。完全に引いてしまった私の前で、幼なじみの彼はナイフを片手に手紙の素晴らしさを語り続けました。

 その後のことはあまり記憶にありません。ただ、わかっているのは、私と彼の間に今までにない溝が生まれたということでした。


 それから私は幼なじみの彼と距離を置こうと決めました。とは言っても、急に離れれば怪しまれるうえに機嫌を損ねるかもしれません。そこで、親から買い物を頼まれているだとか、学校で係の仕事があるとか理由を付けながら、徐々に徐々に共有する時間を減らしていきました。その間も彼はナイフを何本も買ったり、ピラニアを飼いはじめたり、海外の戦場で人が死体を引き摺っている動画を好んで見たりと、私からすれば奇行としか言いようがないことを繰り返していました。中でも、やはりあのナイフと手紙にはより深い愛着を持っているようで、うっとりとした目で血が付いた刃物を眺めている幼なじみの姿に、私を吐き気を覚えました。

 一刻も早く離れてしまいたい。そんな願望を押し殺しながら、粛々と事を進めていき、最終的に両親に頼みこんで密かに進めた中学受験に合格し、彼との物理的な交流の大部分を断つことに成功しました。

 なんで、わざわざ別の学校に行くの? 小学校の卒業前に尋ねられた際、私は、それらしい夢をでっちあげたうえで、残念だけどあまり遊べなくなるかもしれない、と打ち明けました。彼は最初こそ、なんとかならないか、と食い下がりましたが、無理だと理解したあとは抵抗しなくなりました。

 また、遊ぼうね。

 別れ際に付け加えられた言葉がねっとりと耳の奥に残りましたが、ようやく肩の荷が下りる、と私は胸を撫で下ろしました。


 それから三年と少しの間、私は平穏な中学生活を送りました。比較的穏やかな子が多い環境だったのと、私自身がすっかり怪談話が苦手になり口に出さなくなったせいか、数は多くありませんが友人もできました。

 かつて一人しか友だちがいなかったのは、私の努力不足だった。そう思い直し、自分なりに頑張りながら、エスカレーター制度を用いることで同系列の高校に上がり、友人たちとどうでもいいことを喋り、それなりに楽しく過ごしました。こんな日々が続くだろう。無根拠にそう思っていました。

 彼から手紙が来たのはそんな時です。


 唐突に届いた手紙の宛名に思わず顔を顰めてしまいました。いっそ無視しようかとも考えかけましたが、建前上はいたし方なく時間を共有できなくなった、ということになっているため、どれだけ経っても返事は書かなくてはならないだろうと覚悟を決め、封筒を破りました。

 プレゼント。冒頭にそう書かれた手紙に添えられていたのは小さな人差し指でした。呆然としながら、手紙の文面を読めば、彼が隣の学区に住む小さな男の子をお菓子で茂みの中に誘い込み、その全身を滅多刺しにしてからばらばらにした仔細がありありと描写されています。

 警察に届けよう。すぐさまそう決意した矢先、文面の最後にこう付け加えられているのが目に入りました。

 君はそんなことをしないと思うけれど、もしもぼくのしたことを大人や警察にばらしたら……君の周りの大切な人を一人ずつ、プレゼントとして贈るよ。その時は楽しみにしていてね。

 はったりだと自らに言い聞かせようとしましたが、最後に見た彼ならば、やりかねません。そう思うと、私は動けなくなってしまいました。


 その後も何度も手紙は届きます。プレゼントは、耳だったり、唇だったり、何本かの歯だったりしました。加えて手紙には殺人の様が克明に記されているのです。まるで、かつて海で拾った瓶の中にあった手紙の主の意志が乗り移ったみたいでした。やはり、あの時に通報していれば良かった、という後悔が絶えず襲いかかってきます。

 こうした手紙が何度もやってくるのを経て、私は彼に会うことを決意しました。責任を果たすためです。なんとかして彼を塀の中に閉じ込めなければならない。念のため置き手紙を残したうえで、私は彼の自宅を訪ねました。そして……


 ※


 ……以上、彼女に話してもらったことをぼくなりに文章にまとめました。いやぁ、正直、裏切られた気がして、とてもとても悲しかったけれど、まっ、いいかな。

 だって、指を一本ずつ落としていった時や、鼻を削ぎ落とした時、それに目をつぶした時の彼女の鳴き声は、とてもとても綺麗だったから。目の前が真っ暗になったあと、両親や友人を呼ぶ声は、そりゃもう命が籠もっていて感動したね。だから、ぼくは約束したんだ。みんな同じところに送ってあげるから怖くないってさ。だから、約束通り、全員送ってあげたよ。どれもこれもいい肉声が伝わる楽器だったね、うん。

 君が今、読んでいる手紙に添えられているナイフ。それは彼女とその周りの人たちに使ったものだ。もう一本の小刀はぼくの宝物だからね。さすがに渡せない。

 なんで、こんな手紙を送ったのかって? それはもう、最初に瓶を送ってくれた人にあやかったのもあるけど、もう一つ理由がある。

 いいかい、よく聞いて。ぼくはいつか必ず、君の元へとたどり着く。こんな瓶を拾う運命を持つ君のことだ。さぞや、いい肉の楽器になってくれることだろう。今から奏でるのが楽しみで楽しみで仕方ない。

 もう、わかったね。君に会うためさ。

 それじゃあ、バイバイ。いつか、必ず会おうね。


                                 愛を込めて

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

流れてきた二本の小刀と手紙について ムラサキハルカ @harukamurasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説