★Step26 彼女の告白

南はクラブの扉を開きました。相変わらず眩い照明が煌めきます。彼はあまりこの雰囲気が好きでは有りませんでした。どちらかと言えば、もう少し落ち着いた感じが好きでした。


彼はホールの中央に目をやります。そこで見つけたのは、酔っぱらってると思われる夏子の姿でした。彼女は何かを忘れるかの様に激しく踊っています。お世辞にも上手な踊りでは有りませんが、リズムに体を任せ、はじけているのが分ります。南は人波を掻き分けて、夏子に向かって行きました。


「おい、夏子」


南は夏子の手を掴み自分の方に引き寄せました。そして夏子と見詰め会います。しかし夏子は、南の手を振り払い、再びホールの中央に向かいました。


「何やってるんだ、帰るぞ」


南は再び手を取ると、クラブの端の方に向かって夏子を引き寄せました。


「なに、するのよぉ」


夏子はやはり酔っていました。少し足元もおぼつきません、支えて居ないと、その場にへたり込んでしまいそうな雰囲気でした。


「良加減にしろ、もう帰るぞ」


南は佐藤を探しました。夏子の面倒を見てくれている筈なのに、どこにも姿が見えません。


「おい、佐藤はどうした?」

「――ん、あそこで寝てる」


夏子が指差した方向を見ると、どうやら佐藤も酔っぱらっている様で、シートに座り込んで撃沈してしまっています。


「全く…」


南は夏子の手を引いて、佐藤が座っているシートに向かって歩いて行きます。そして夏子を座らせてから札を揺すって起こしました。


「――お、南か」

「お、じゃねよ、何やってんだよ全く。こんな処見つかったら停学だぞ」

「いやぁ、夏子さんに呑めって勧められちゃってさ……断りきれなくて…」


佐藤はどうやら酔いが醒めた様で意識もしっかりしていました。


「よし、じゃぁ、今日はこれで解散だ。夏子は俺の家に連れて行く。落ち着いてから返す。良いな」


そう言って南は夏子の手を取って立ち上がると、クラブの外に向かって出て行きました。


♪♪♪


二人はクラブを出て駅に向かって無言で歩きます。そして最初に口を開いたのは、夏子でした。


「未だ寒いね…」

「ん、そうだな…」


花の頃とは言え、人工的に作られた季節とは言え、春はまだ浅く、日が落ちると急激に寒さが忍び寄って来ます。


「ねぇ南…」

「ん?」

「好きだよ…」


夏子は紅潮した頬で南に向かって微笑みながらそう言いました。南は少し黙ってから「ああ…」と一言答えただけでした。


「それだけ?」


夏子がちょっとむくれてそう言いました。でも南は何も言いません。夏子と視線を会わせようともしませんでした。その時当然夏子が立ち止まりました。不意に立ち止まったので、南は何歩か歩いてから夏子が止まった事に気がついて後ろを振り向きます。


「どうした、気分でも悪いのか?」


南は夏子にそう尋ねましたが彼女は、その場から動こうとしません。南は夏子の居る位置まで引き返すと彼女の手を引いて無理矢理駅に向かおうとしました。しかし夏子は


「嫌よ、止めてよ!」


そう叫んで南の手を振りほどきます。


「私の事なんか、ほっといてよ、私の事なんか、どうでもいいんでしょ、私の事なんか!」


そう叫んで、夏子はぽろぽろと泣きだしました。


「夏子…」


何時も冷たい南も流石にこれには狼狽します。酔っているとは言え、彼女の気持ちが良く理解出来ませんでした。夏子は両手で自分の顔を覆って泣き続けます。往来は、その光景を好奇の目で見ながら通り過ぎて行きます。南は、夏子の方を抱いて道の横に引き寄せました。夏子は泣きやみません。小さな子供が親を見失った時の様に泣き続けます。夏子は涙と一緒に南への思いも一緒に流れて行く様な気がして、不安でいっぱいに成りました。


♪♪♪


「これ…」


リンダが夏子にコップに入った水を手渡します。椅子にぼんやりと座る夏子はそれを素直に受け取ると、水を一気に飲み干しました。そしてはぁっと大きく溜息をついてリンダを上目遣いに見上げて


「――ごめんね…」


と、一言呟きました。リンダは夏子が言った、ごめんねの意味が良く分りませんでしたが、それを根掘り葉掘り聞く事はしませんでした。優等生の夏子が、ここまでの事をしたのですから、重大な理由が有るのだとリンダは思ったのです。もっとも自分に、その原因の一端が有るとは思ってもみない事でした。


扉をノックする音が聞こえました。


「夏子…どうだ…」


南は躊躇いがちにリンダの部屋に入って来ました。そして、夏子の様子を見て、酔いが醒めたのだと思い、ひとまず安心しました。夏子は目を伏せて、手渡されたコップを玩びながら、小さな声でこう呟きました。


「だめだね…あたし…」


夏子はやっぱり半べそです。自分がとてもみじめで、情けなくなり、なんでこんな事をしたのかと言う後悔の念に苛まれていました。そして、南は夏子にこう言いました。


「今日の事は忘れろ、気にする事は無い」


しかし夏子は忘れるなどと言う事は出来ません。何故なら、原因は南に有ったからです。その本人にわすれろと言われても、はいそうですかと忘れる事など出来る訳が有りません。そう考えているうちに、今度は無性に怒りがこみ上げて来ました。


「忘れろ……何言ってるのよ…」


夏子は俯いてそう小さな声で呟きました。南には未だ事情が良く飲み込めていません、夏子の気持ちも良く分りませんでした。


「何って…なんだよ…」


夏子は顔を上げて南を見詰めます。そして再び熱い物が頬を伝わるのを感じていました。

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