第15話 少し不細工な象

「蕎麦屋のカレーもありですよね」

「そうね。カレーうどんのつゆとかも面白いかも知れない」

「確かに。アリですね」


 問い掛けてくるメンバーに、樹里はいつものように応じた。頭の中では、商品化までのルートをなぞって計算している。

 アンケートを経て、ミーティングを重ね、プロジェクトはカレーに舵を切った。リーダーとしての謝罪もし、今のような声が盛んに聞こえ出してホッとしているところだ。まぁ、ネチネチと文句を言い続ける人もある。だけれども、そんなことを気にしてはいられない。ただでさえ、予定よりも遅れているのだ。


「樹里さん。飴、舐めますぅ?」


 ふざけた声が掛けられる。大樹だ。そちらを見る視線が鋭くなったのは、自分でも分かった。目を合わせた大樹は苦笑いして、人差し指で眉間を擦る。それから、どうぞ、とイチゴミルク味の飴をくれた。


「ごめん。ありがとう」


 飴を口に放って、一息吐いた。優しい甘さが、樹里の中に広がる。

 できるだけ柔和な顔をして仕事をしよう。舵を切ってからは、特にそう心に決めていた。だけれども、傍から見れば眉間に皺が寄っているんだな。やはり、まだまだだ。


「樹里さん。美食部からの情報ってどうなんですか」

「あぁ、そうねぇ。カレー屋は色々貰ってる。その他は蕎麦屋が多いかな。被ってるのもあるから、そうなると隠れているか・・・・・・が微妙になるけど」

「そこですよね。僕、蔵前にできた新しい店に行ってみたんです。でも、ちょっと商品化に向かないなぁって。樹里さんは、プライベートでは食べてませんか」

「プライベートでカレー、ねぇ」


 そう言われて思い出すのは、千裕と別れたあの日のカレーだった。あの店のキーマカレーはとても美味しかった。今食べても同じ感想を持てるかは分からないが、そう思っている。あぁあの店はどうだろうか。別の事情で封印された日の思い出だったが、それとこれとは別の話だ。


「ちょっと待って、ある」

「え?」

「あった。美味しかった、カレー」


 あの店は、シェアレストランと言っていたはずだ。まだ、あそこに出ているだろうか。慌てて、朱莉にメッセージを送る。


『朱莉。あの時のカレー屋さんって、まだあそこに出てる?』


 キーマカレーならば、商品化には問題ない。大事なのは味だ。何とか思い出そうとして、記憶を辿る。外で大泣きをしたあの日。奥さんがプリンをくれたあの日。思い出したくないところが多過ぎて、頭を左右に振った。


「樹里さん?」

「あぁごめん。前にね。朱莉と食べたキーマが美味しかったなって思い出して」

「あ、朱莉さん」


 大樹の顔がぱぁっと明るくなる。会えたら紹介してあげると言ったものの、なかなかその機会には恵まれていない。折角、恋の相談をされたというのに、それを考えてあげる余裕すらなかった。今度、飲みにでも誘ってみようか。

 時計はすぐに震えた。流石、朱莉である。


『あの店ねぇ、最近見ないんだよね』

『美味しかったよね』

『どこかにお店出したのかなぁ』

『あそこには、もう来てないと思う』


 返信は、期待には沿わないものだった。店の名も覚えていない。朱莉にも聞いたが、彼女も覚えていないらしい。手掛かりは、おぼろげな記憶の中の手書きのメニュー。そこに描かれていただけだった。

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