WTC~ワールドトラベラーチャンス~

九戸政景

WTC~ワールドトラベラーチャンス~

 あらゆる種族が生き、魔法や科学によって生活が成り立つある世界。そんな世界の一角で杖を持った白いローブ姿の短い黒髪の男と両手に剣を持った軽装の二つ結びの銀髪の少女が巨大な黒い竜との戦闘を行っていた。


「はぁっ、はぁっ……まだ行けるか!?」

「……余裕。このくらい、私の双剣のサビにする」


 ローブ姿の男の言葉に双剣使いの少女は落ち着きながら答えると、右手を前、左手を後ろにしながら剣を構え、対峙している黒竜の足が一歩進んだのを合図代わりにして強く地面を蹴った。

その動きに黒竜は即座に反応し、威嚇行動である咆哮を上げた後、少女をたたき伏せるために鋭い爪が備わった前足を振り上げると、杖を構えながら黒竜の行動を観察していた白いローブ姿の男は緊張しながらも口角を上げた。


「来ると思った……! そのくらい、想定の範囲内だ!」


 嬉しそうな声を上げた後、ローブ姿の男はブツブツと呪文を唱えた。すると、地面を割りながら何本も現れた太いツタが黒竜の足や首に絡みつき、黒竜は身動きが取れない事や徐々に首が絞まっていく苦しさから唸り声を上げる。


「グオォ……!」

「……よし、これで攻撃は阻止した。後は頼んだぞ!」

「……承知した」


 ローブ姿の男の言葉に双剣使いの少女は頷くと、助走と足のバネを利用して高く跳び上がった。その後、両手に持っていた剣をXの形に重ねながら落ちていくと、自身に顔を向けながら迎撃のために口を大きく開けた黒竜を真っ直ぐに見つめる。


「そろそろ、終わりにする……」


 双剣使いの少女は恐れる事無く両手に持っている剣で黒竜の顔を切りつけ、その一撃で黒竜が怯むと、黒竜の首に剣を突き刺し、剣の柄を足場に跳び上がってからローブ姿の男に声を掛けた。


「……お願い」

「ああ、任された!」


 大きく頷いてからローブ姿の男が呪文を唱えながら杖を天高く掲げると、黒竜の頭上には黒雲が発生した。


「グウゥ……」

「これで……終わりだ!」


 ローブ姿の男の声と同時に首に刺さった剣へ向かって雷が落ちると、黒竜の身体は雷に包まれ、その痛みと苦しみから黒竜は苦しそうに唸り声を上げる。

そして、雷が消えると同時に黒竜の身体はグラリと揺れ、ゆっくりとその場に横たえると、黒竜の重さで地面は大きく揺れた。

その後、黒竜の身体が光の粒となって消え、雷が落ちた事で黒焦げになった剣がガランと音を立てながら落ちる中で光の粒の中から模様が刻まれたメダルが現れたが、メダルはキラリと輝いてから空の彼方へと飛んでいき、ローブ姿の男とその隣に着地した双剣使いの少女は並びながら空を見上げた。


「……ふぅ、今回も何とか倒せたな。お疲れ様、疲れてないか?」

「……大丈夫。この程度、疲れた内には入らない。素晴らしい座椅子のおかげ」

「……あー、そう言ってもらえるのは嬉しいけど、そろそろ退いてくれるか?」

「……どうして? 足、疲れた?」

「いや、疲れてはないけど……それでやりづらくないのか?」

「大丈夫。むしろ太ももの柔らかさが心地良くて、気持ちが落ちつくから操作もしやすい」

「……そっか。まあ、それなら良いよ。けど、そろそろ休憩にしよう。次のボスの情報が来るはずだからな」

「わかった」


 双剣使いの少女が頷き、剣を回収して戻ってきてからローブ姿の男は手を繋ぎながら呪文を唱えると、二人の姿はその場から消えた。

そして、道行く人々の声で賑わう街中に現れると、すぐさま薄暗い路地へと移動し、近くにあった扉を押し開けながら中へ入った後、ローブ姿の男はふぅと息をついてから顔を上げ、自身の目の前で足を椅子代わりにしているワンピース姿の銀髪の少女に話しかけた。


「……よし、これで安心だな。とりあえず、次のボスの情報は後で確認するとして……何か飲みたい物か食べたい物はあるか?」

「……ハンバーグとナポリタンとオレンジジュース。ここに来てから出来た大好物だから、頑張った後にはそれで自分を労いたい」

「はいはい……それにしても、お前がウチに来てからもうだいぶ経つよな。一人暮らしの大学生の家にいきなりファンタジー小説のキャラクターみたいな格好のお前が現れて、本当にそういう世界から転移させられた双剣士だって言われた時は驚いたよ」

「……それは私も同じ。勇者として仲間と一緒に魔王を倒す旅に出て、疲れて夜に寝ていたはずなのに、気付いたらここにいたから最初は貴方を魔王の手先だと思って倒そうとした。

でも、それはすぐに後悔した。突然現れた私を宥めながら話を聞き、ご飯を食べさせてくれたり私が元の世界に戻るための手伝いを引き受けてくれたりしたから」

「まあ、まずは話を聞く必要はあったし、聞き終わった後にこの『WTC《ワールドトラベラーチャンス》』がパソコンと携帯にインストールされて、ゲーム内のメールでゲームをクリアしないとお前を元の世界に戻せない上にゲームで死んだら俺もお前も死ぬなんて言われたしな。

こんな事に巻き込まれて驚いたし、何で俺が巻き込まれたんだとも思ったけど、俺も怖くてこの家からは出られないし、やる事がゲームやネットサーフィンくらいだったから、乗りかかった船だと思ったよ」

「……海苔掛かった船? かかるなら魚が良い」

「乗りかかった船、な。物事に取り掛かった以上、途中ではやめられないって事だ。とりあえず、

ボスは残り半分だし、お前もゲームをプレイする事にはだいぶ慣れた。これならエンディングへ向けて頑張って行けるけど……あのやり方、やっぱり変えないか?」


 黒いパーカーに青いジーンズ姿の男の問い掛けに銀髪の少女はキョトンとしながら首を傾げる。


「……どれ?」

「さっきのボスのトドメに使った剣で雷魔法を確実に当てる方法だよ。たしかにあれは便利だけど、その度に剣がボロボロになるから、修理費がかさむんだよ……」

「今回も真っ黒だった。魚や肉なら苦くなるところ」

「さっき拾った時も焦げた剣って表示されたしな。このゲーム、一応ボス以外の敵を倒したりアイテムを売っても金にはなるし、アジトの金庫と直通の財布もあるから支払いも楽だけど、普通に切れ味が悪くなるよりも修理費がかかるし、それすら無かったら俺のリアルマネーが飛ぶんだ。

だから、出来れば他の方法を考えよう。俺も色々なゲームをやったから、だいたいの敵の動きや弱点は予想出来るし、バフとデバフを利用したり状態異常で弱体化させたりして俺の魔力を使いきって休んだ方がかかる費用も安かったからな」

「……あの方が派手で良い。見る人はいないけど、ショーならお金をとれるレベル」

「……一回一回が命がけのショーは勘弁だ。はあ……訊く必要は無いと思うけど、本当に戻る気はあるのか?」

「もちろんある。勇者の使命は忘れてないし、仲間達の消息や私を転移させた黒幕も気になる。でも……」

「……でも?」


 大学生の男の問いに銀髪の少女は体の向きを変えながら静かに抱きついた。


「……突然出会った貴方と離れたくない気持ちもある。戻れた時の事を考えると、嬉しさ以外にも胸の奥がキュッとなる感じがする。これは何?」

「……それは、たぶん──」

「……あ、わかった。この太ももの柔らかさを手放したくないからかも。この太ももの柔らかさは玉座以上。だから、私が元の世界に戻る時には一緒に来て。そして、ずっと一緒にいて欲しい。良い?」

「……ここまで全然ときめかない告白もあまり無いよな。けど、それも面白そうだし、それまでに俺が外を克服出来なかったらそうしてやるよ。偉大なる勇者様の椅子として活躍出来るわけだしな」

「うん、約束」

「ああ、約束だ」


 そう言いながら大学生の男がにこりと笑い、それに対して銀髪の少女が微笑みながら頷いた後、少女に一度退いてもらってからゆっくりと立ち上がり、胸の奥の温かさに心地良さを感じながら少女の注文に応えるためにキッチンへ向かって歩き始めた。

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