第8話 結末2

「どういう意味?」


 顔を強張らせた神田が発する。自分の見立てなら、私がやったなどと思うはずがないのだと。そう確信していた様子だ。


「どういう意味も何もないわ。貴方の自作自演だった。そう判断したのよ」


「私がそんなことする意味があると思うの?」


 イラついているのか神田の口調に熱が入る。桜木は何を考えどこまで知っているのかを感じさせない会話に仕方で、不気味にすら感じてしまうのかもしれない。


「あるわ。それはあなた自身がよく分かっていることだと思うけれど」


 桜木の自信に満ちた堂々とした口調が、神田としてはあまりいい印象を与えていないように思う。


「じゃあどんな意味?」


「あなたはあの子たちを野放しにできなかったのよね。だからあの子たちに痛い目を見せるためにこうするしかないと考えた」


 桜木は責め立てるようにではなく、ゆっくりと、そしてハッキリと言い切る。全て見破られていると理解した神田は隠すことを諦めたのか、下を向き答えなかった。



 いじめというものは、第三者がどうしたところで起きる時は起きる。それを未然に防ぐことが出来たのだとか、周りが注意をすべきだったなど、そんなことは後の祭りだ。俺たちのような大人に成り切れない子供達は、日々のストレスや楽しみを狭いコミュニティーで消化しようとする。なぜならそれが一番楽だから。いじめられている人間が悪いわけでも弱いわけでもない。ただそこに現れた純粋無垢な悪意に侵されただけなのだ。


 そんな悪意に晒されながら、それでも神崎早紀は強かった。強くあろうとした。そして守ろうとした。友達である町田小春を。それ故に今回の件が起きたのである。


「貴方は町田さんを守ろうとした。おそらく貴方といることが増え、次の標的になり得るから」


 そう付け加えるようにして桜木は、黙って俯く神田に対して言った。


「じゃあなんで最後にごめんって……」


 そのことがずっと気になっていたのだろう、町田が口を開く。神田は下を向いたまま答えずにいる。そんな様子の神田に代わって、桜木が答え合わせをするように答える。


「あなたの居場所が無くなるからよ。町田さん。あなたがあのまま神田さんと仲良くしていたら、次はあなたがあの二人に標的にされる可能性がある。そう神田さんは考えたのでしょう。でもあなたは吹奏楽部の部員としてあの二人と円滑な関係を築かなければいけない。だったらいっそのこと問題を起こしてしまい、その責任をあの二人に負わせて、吹奏楽部から追い出せればいい。そういう結論に辿り着いた」


 神田はまだ俯いたまま、否定することなく立っている。推論した内容が図星であることはその様子から明白であった。


 桜木は続けて話す。


「でも吹奏楽部が学校生活の全てじゃないわ。二人が退学にでもならない限り、また

腹いせに被害を被るかもしれない。それも考え神田さん自身も町田さんと距離を取ろうとした。だからあなたに謝ったのよ」


 言い終わって、桜木は神田に目を向ける。ここまで話したのだから次は貴方の番というように。神田は顔を上げる。その表情から見るに、自分の考えは揺らいでいないようだ。


「小春は私みたいに嫌がらせをされて耐えられるような子じゃない。だからこれでいいのよ。私がやったという証拠はないわけだし」


 そう。それこそが彼女次第で結末で変わるということだ。確かに証拠はない。いじめがあった事実は変わらないのだし、こうなった以上あの二人を疑わざるを得ない状態にある。


「あなたの言う通り、状況証拠くらいしかないわ」


 桜木は素直に神田の言ったことを肯定する。


 壊されたのがサックス本体ではなく、比較的損害が少ないリードが壊されたとわかり、さらにそれが故意的であると半田が言っていた。そのため悪意ではないとわかった。そうなるとその時点で自然に犯人は二人に絞られる。


 それは土曜日に最後に鍵を閉め、火曜日の今日最初に鍵を開けた半田か、サックスの所有者である神田早紀である。しかしもしも半田がリードを壊したのだとしたら、半田が空き教室に入り、その後、神田早紀が発見するまで誰もそれを見ていなかったのがおかしい。


 もし第三者の犯行だとしたら本体ではなくリードを壊したのかがはっきりとしないし、少なくとも半田がすでに登校しており次誰が来るかもわからない状態で犯行に及ぶとは考えにくい。半田には動機がない。動機、状況、全てに辻褄が合いそれを可能にできる人物は神田早紀しかいない。


 しかしこれはあくまで推測であって証拠はない。だから事実はどうであれ、何を真実とするのかは彼女次第なのである。


「私のやり方が一番いい方法なの。それしかない」


「私は早紀ちゃんとは離れない!」


 今までの話を聞いて我慢していただろう町田は言い放った。今までの話を聞いていて、ついに我慢できなかったようだ。小さな拳を握りしめ、小柄な体で精いっぱいの感情を表している。


「それじゃあ意味が……」


 神田は町田の勢いに気圧されたのか、言い渋る。これまで友達付き合いをしてきて、初めてこんな様子の町田を見たのだろう。


「大丈夫。そのために私たち生徒会がいるのよ」


 桜木は救いの手を差し伸べるように柔らかい笑みを見せ、神田を諭すように言った。


「あの二人をいじめの問題で処罰し、貴方が起こしたことに関しては何も無かったことにするわ」


 桜木はそう提案した。


「生徒会としてあなたたちはそれでいいの?」


 神田は憑き物が取れたか肩の力がスッと抜けたように見えた。これまで一人で闘ってきたのだ。それも当然だろう。その問いに桜木、古田は頷いた。


「気付いてあげられなくてごめんね!」


 町田が神田に勢いよく抱き着く。そしてそのまま泣き出す町田の頭をそっと撫で、神田は呟く。


「私こそごめん。ありがとう……」


そんな二人の少女を、夕日に染まる朱い春の空が暖かく包んだ。

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