9.お祭りを


 お祭りは夜に行うと絹は言った。まあ、昼は強制労働に従事しているのだから、踊る暇も隙も無い。

 労働の内容は日によって変化していた。この日は大人たちと一緒に、新しい小屋を建てる手伝いをさせられた。次々と逮捕される村人たちを収容するための建物だ。どうも皇帝様は近隣の村々からも人を集めているらしい。

 建築材は重くて運びづらい。何で人力でこんなものを運ばされるのかなどと疑問に思っても虚しいだけである。

 監視兵の目は殊更に厳しく、ああだこうだと指示を飛ばしては、村人を蹴り倒したり鞭で叩いたりした。初も二度ほど叩かれた。背中が裂けるかと思った。

 へとへとになって小屋に帰るのはいつものことだ。そう、いつもなら、そのままことんと眠ることができる。疲れが取れることはなくても、眠らないよりはほんの少しましだ。でも今晩はそうはいかなかった。

 消灯がされてしばらく経つと、絹は初を揺り起こした。

「初、お祭りをしに行こう」

 初は疲れと眠さのあまりもぞもぞして、また眠ろうとした。

「初、お祭りをしに行こう」

 絹は全く同じ口調で言った。

「眠い……」

 初は辛うじて口にした。

「初、お祭りをしに行こう。お祭りをしに行こう。お祭りをしに行こうよ、初。でないとマガ神様が来ちゃう。マガ神様が来ちゃうよ。マガ神様が来たら大変なことになるよ。初、お祭りをしに行こう。マガ神様が来ちゃうんだよ」

「絹……?」

 初は目をこすって絹を見上げた。絹の顔はやはり真顔で、そして目の色は血のように赤かった。

「初、お祭りをしに行こう」

 絹は言った。

 初はようやく半身を起こした。

「絹、どうしたの? 何か変だよ」

「初、お祭りをしに行こう」

「……」

 初は怖くなってきた。絹が絹じゃないみたいだ。こんなのはいつもの絹じゃない。

「ねえ、絹は本当に絹なの? し……し、死んじゃってから、別の人になっちゃったの……?」

「初、お祭りをしに行こう」

「……絹」

 絹は初の手を引っ張った。ものすごい力だった。初は無理矢理立たされた。

「わ……。絹、どうしたの」

「初、お祭りをしに行くよ」

 絹はぐいぐいと初を引っ張った。初は他の寝ている子を踏まないように気をつけながら、引かれるままに小屋の外に出た。

 周囲は比較的明るかった。逃げ出す人がいないよう、夜通しで人工の光が灯されているのだ。

 外の道には監視兵が立っていた。

「何をしに行く!」

 銃を構えてそう問われる。

「あ、お、お手洗いに」

 思いついた言い訳をそのまま口に出す。

「……何だ、そのふざけた歩き方は」

 初は絹に腕を引っ張られていて、無理矢理歩かされている状況だった。初はどきりとした。……この人の気に食わなかっただろうか……?

「あの、お腹が、痛くて……」

「……ふん」

 監視兵は興味を失ったようだった。初は一安心した。

 絹はずんずん初を引いて歩く。どこへ行くのかと絹に問いたかったが、こうも見張られていては迂闊に喋れない。初は絹の導くがままに黙って歩いて行った。

「ここだよ」

 絹は農地の真ん中まで初を連れて行った。人工の光は届いていないが、初の影は見ようと思えば見えるだろう。

「ここならニギ神様もよく見ていてくださるよ」

「あの」

 初は恐る恐る言った。

「こんなところで踊ったりしたら、監視兵に見つかっちゃう」

 だが絹は聞く耳を持たない。

「ニギ神様がよく見てくださることが一番大事だよ。マガ神様を抑えるためにはニギ神様のお力が欠かせないからね。さあ初、お祭りをしよう」

 絹は朱色の笛を構えると、始まりの合図を吹いた。


 ヒュウヒャララ!


 初は泣きそうになった。だが踊りは手順を間違えないようにしなくてはならない。合図があったら踊らなくてはいけない。


 ヒャリオヒャラリオ、ピイヒャラリ。

 ピイヒョロヒャリオ、ヒョロヒャラリ。


 初はくねくねと踊り出した。やるからにはきちんとやらなければ。手を抜いてはいけない。全身を使って舞わなければ。しっかり足を踏み鳴らさなければ。


 ドン、ドン、ドンドンドン。


 ヒャリオヒャラリオ、ピイヒャラリ。

 ピイヒョロヒャリオ、ヒョロヒャラリ。


 舞っているうちに初は恐れが薄れていくのを感じた。

 ニギ神様への敬いが胸に湧き上がってくる。

 頭がふわふわする。何だか周りが暖かい光に包まれていくような……絹の姿も神々しく輝いているような……体が疲れを忘れてどんどん軽くなっていくような。

 そして天からニギ神様が降臨なされた。

 朱色の衣、白いお面、高い背丈、透き通るような存在感。

 しゃらり、しゃらり、と鈴の音がする。ニギ神様が初と絹の周りを回っている。厳かに鈴を振りながら、しずしずと足を運んでいる。


 ヒュウヒャララ!


 絹が終わりの合図を吹いた。

 ニギ神様は歩くのをやめて、二人を抱き寄せ、二人の頭を撫でた。

「よくやってくれたね」

 穏やかな低い声が頭の中に響く。

「これで私もマガを抑えていられるよ」

 初と絹は顔を見合わせて、うふふ、と笑い合った。

 良かった。良かった。ニギ神様をお喜ばせすることができて、本当に良かった……。

 ニギ神様はくるりと一回転すると、また天へとお昇りになった。

 初と絹は幸せそうにそれを見上げていた。


 遠くの方から、ドタドタと人のやってくる足音がする。

「そこ、何をしている!」

 男の人の狂気じみた怒鳴り声が聞こえる。

「ふざけた真似を!! 異教の信仰は禁じられているッ!! よくも、よくも……!! 皇帝様に背く気か、この小娘がァッ!!」


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