第7話 道の先

 東工大には出願した。しかし現実的に見て、玄海大学に受かる以外に、暁夫が大学生になる道はない。私立という選択肢は無く、浪人も無い。

 もし、落ちた場合にはどうするか? 就職か、ニートか、それとも自殺か。いずれかを選ばなければならない。過去問を解く間に、そのことが出ては消える。やがて慢性疾患のように纏わりつくようになった。


 彼が欲していたのは「合格」の二文字であった。しかしそれは、現時点での願望だった。受験という状況を考慮しなければ、これまでとの離別が、彼の根幹にある願望と思われた。ではそれを踏まえると、仮に不合格となった場合、後の対応はいずれの方法が適当であろうか。最初に削除されたのは、ニートだった。この判断はさほど困難ではなかった。では就職か、自殺か。

 暁夫は誰にも相談しなかった。それが時間の浪費であると分かっていたからだ。まず大抵の人間は心配し、干渉するだろう。無論彼らの行動は善意から出ているものであろうし、その気持ち自体には自分は何ら恨みを持たないだろう。しかしその行為は果たしてどれ程の効力を持つであろうか? まず、世間では自殺は推奨されていないことから、恐らく相談相手も自殺には消極的な意見を述べるだろう。自分の関わった人物が死ぬということ自体気分の良いことではない。仮にそうでない考えの持ち主であっても、自殺教唆になることを恐れ、やはり否定的態度を取るだろう。いずれにしても合理的な選択の手助けをしてくれる可能性は低い。ならば相談するだけ無駄である。

 就職を選んだ場合、その先には何があるか。それは暁夫にとって許容できる状況ではない。人生に於いて常に秀才と呼ばれ続けた人間が、学歴を持たずに地元へ就職するのだ。彼はそのことを途轍もなく恐ろしいものと感じた。狭く古い田舎のことだ。友人を含め周囲の者からは蔑まれ、嘲笑されるに違いない。母親はいつまでもねちねちと零し続けるだろう。その雨に打たれ続けてまで生きる意味はあるのだろうか。

 では、やはり自殺か。彼にはそれが最も現実的な策と思われた。生きることには耐えられない。だから死ぬ。これは誠に単純な理屈だった。


 そこまで考えた時、暁夫はふと疑問を持った。自分は何故母親を殺そうとしないのか。これも、比較的容易に説明がついた。法に触れること、或いは倫理的に問題とされていることを実行することは、彼にとってプラスにならないからだ。それらの行為を行えば、自分に対する周囲の者の評価は著しく低くなるに違いない。もし親を殺したらどうなるか? 逮捕され、世間に報じられる。ちょっと優秀な者なら誰でも知っているように、人に伝わる情報は元の形を保たない。例外なくなにがしかの要素が除かれ、新たに加わるのだ。であれば、大衆の中で自分の立場を正確に理解し得る者は殆ど零に決まっている。何も解らない者たちに自分を勝手に評価されるのは不愉快である。

 もう一つの考え方もあった。彼が母親に求めるのは反省であった。もし自分が死ねば、母親はその原因を知ろうとするだろう。無論、単に受験が失敗したからだと解釈する可能性が高く、その対策も後に考えなければならない。しかし一方で、もし母親を殺しても、自分が犯行に取り掛かってから母親が死ぬまでの間に、本人が反省するだけの余裕はないと考えられた。

 彼は、以上の思考を行った。では、どこでどのように死ぬか。これは実際に落ちた後で考えることにした。これ以上考えるより、今は勉強した方が良いという判断からだった。

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