第4話 冬の山場

 一月中旬、家族会議は山場を迎えていた。一次試験が終わり、志望校の最終決定をしなければならないからである。暁夫の考えは変わらなかった。自分の進路は貫き通すつもりだった。無論母親の反対は依然として続いていた。しかし、本人が志願票を出さない限り、その大学を受験することは物理的に不可能である、ということは確かである。そのため彼は自分の進路が外力により転換させられることは――少なくとも自身の精神が正常を保っている限りは――絶対に無いと確信していた。だが、精神が最後まで持つか否かは、全く不透明であった。


 二度目の面談の前日、家族会議は静寂に包まれていた。「医者にならないのであれば進学する意味はない。せめて東工大でも行くなら百歩譲って認めてやっても良いが、それも無い。自分は純粋に子供の将来だけを考えてやっているのに、その希望と現実はあまりにもかけ離れている。であれば、最早議論すら馬鹿馬鹿しい」……これが、母親が一言も発さなかった理由であろう。暁夫は、自分の希望を伝えて部屋を出ていった。

 翌日の夕方。面談まであと二十分を切り、親子は椅子に座っていた。今教室にいる親子が出てくると、次は自分達である。

 傍には進学参考資料が並んでいた。母親はその一つを手に取り、捲り始めた。

 暫く後、母親はこう言った。「ねえ、後期は東工大にしよう」これは暁夫には予想外のことだった。しかし母親はどのような非常識なことをするか分からないということを彼は学んでいたから、その意味では、予想の範囲内だったとも言える。

 彼は、それがいかに非現実的であるかを説明した。東工大の後期は自分の行きたい工学系ではないこと、また大変に難しいことを述べた。暁夫には私立という受け皿は無かった。私立はどこもレヴェルが低い、という持論を母親が主張したためだ。このようなケエスでは、国公立はなるべく安全策を取るというのが常識的な判断である。以上の説明が母親に通じたかは不明であった。しかし母親はそれ以上押さなかった。

 この面談は、前回に比べれば平穏であった。前・中・後期全て暁夫の希望通りに出願するという決定に至った。彼はこれにひとまず安心した。しかし頭の片隅に、何とは知れないが不安が残っていた。

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