第2話 火種

「医者にならんでどうするんっ!!」

 暁夫が母親にこの言葉を投げつけられたのは、高三の秋のことだった。三者面談を終えた日、帰宅するなり言われたのである。

 彼は機械に興味を持っていた。大学もその分野に進むつもりだった。しかし進路決定において最も重要なこと、即ち両親との協議を、面談まで殆ど一度も行っていなかった。そのような幼稚な行為がどのような結果をもたらすかを考えなかったのか。世間は彼をそう非難するだろう。それは極めて冷静な意見で、また常識的である。だが現実問題として考えると、面談までの各時点において彼が取れる行動選択肢は、果たして他に存在しただろうか?


 暁夫は高三になるまで、進路について親と話したことはなかった。模試の結果を見せる度、「工学部」が並んだ志望校欄について何も聞いてこなかった。だから工学部に進むことは了承されているものだと受け止めていた。

 高三の四月に、親と話し合いをしようとしたことがあった。この時期になって少しもその話をしないのは、後々不味いことになるだろうと思ったのである。父親は単身赴任だったから、実質的には母親とであった。

 夕食の後に、それとなく話題を持ち出した。母親は「京大とか阪大とか、そんな所行かんでええよ」と軽く言った。これが彼には意外であった。母親は大変教育熱心であったから、「東大以外は大学じゃない」と言うことも十分予想されたためだ。しかし母親のこの返答から、彼は一つの確信を得た。それは、自分は既に諦められている、というものである。努力しても超一流大学は無理であることが明白だから、そんな所最初から狙わなくて良い。そういう意味に受け取った。学校での成績も特に良いとは言えなかったから、その解釈に違和感は覚えなかった。そしてそれ以降、勉強に対する意欲が湧かなくなった。……もっとも、それ以前から彼が勉学に励んでいたとは言えないのだが。

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