第2話

 ウサギをモフモフしながら喧騒より遠くへ歩みを進めると、大きな木が生えた広場に辿り着いた。


 程よく陽の光が差し込む、風の通り道。


 サワサワと木の葉や下草の風に揺れる音が耳に心地よい。


「綺麗な場所だね」


「キュッ!」


 抱えるウサギも、ここが他にない良いスポットだと理解しているらしい。


 広場の中央に生えた大木、その幹を背に座ると、程よい陽の光の暖かさと、吹き抜ける風の涼しさで眠気が湧いてくる。


 ピスピス、と鼻を鳴らすウサギ。ぼんやりとし始めた意識で周りを見ると、チラホラとこちらへ歩み寄る他のウサギの姿が見えた。


 いや、ウサギだけじゃない。ハトや小鳥も飛んできているし、ウサギに紛れて丸っこい灰色のネズミらしき姿も見える。青い球体のソレは俗に言うスライムというやつだろうか。


 下草に身体の大半が隠れた小さなモンスター。それが次々と集まって、私を中心に眠り始めた。


 膝の上で眠るウサギは、いつの間にか二羽に増えていた。丸っこいネズミもよじ登っている。肩には小さなスズメらしき鳥が羽を休めていた。


 ポカポカとした獣の暖かみが、ますます眠気を助長させていく。


「…………♪」


 思わず、私の口から子守歌が漏れ出ていった。久しく歌っていないから鈍っているとは常々思っていた……


 しかし、細く小さな歌声は眠りを補助してくれたようだ。まだ意識を保っていたウサギやネズミがあっという間に瞼を落として眠り始めた。


 かく言う私も、もう限界が近くて……もう……意識が……





「ん、あ?」


 ボヤけ定まらない視界を動かしながら、頭の中を回転させて意識を戻す。


……どうやら、大分長く眠っていたらしい。現実世界では恐らく数分程度、でもこの世界では3、4時間は過ぎているのだろう。


 顔に掛かる黒髪を払う。アバターは全くイジっていないので、リアルの顔に近いキャラが出来ているのだろう。


 人並みの胸を寝床に、木の実を抱えたリスが眠っている。足は微妙に痺れているので、ウサギ達がまだ乗っかっているのだろう。


 まだ日は高く、時間にして昼を少し過ぎたくらいだろうか。


「……このままこの子達と一緒に過ごすのも、いいかもしれないなぁ」


 そっと手を動かして膝上の柔らかい毛を撫でる。野生の筈なのによく手入れされた毛並み。ホワホワとした毛は指がスルスルと入り込む。


 つい先程眠っていたばかりなのに、このまま過ごしていたらもう一眠りできそうだ。


 ふと、左手も動かそうとしていたら、腰の辺りで何か別のものに指先が触れた。


「……なんだろう、これ」


 そっとソレを掴んで引き抜くと、ベージュの革張りの手帳が陽の光を浴びて姿を表した。


 初期で渡される装備は、基礎の衣服とインベントリを兼ねた鞄、そして初期装備購入用の1000イェルと言う通貨だけだ。


 武器やポーションなどの回復薬、食料品は全てこの初期装備購入用の金額で準備しなくてはならない。


 それよりも、本来無いはずの謎の装備かアイテムかが手元にある。これは何故だろうか?


 ある筈のない装備……と考えていて、妹から聞いたある情報を思い出す


『特定のスキルで、剣とか鞄とかが自動で装備される』


 βテストで見つかったスキルの中にそういう代物があったらしい。もしかしたら、これもその1つなのかも。


「あ、これっぽい……」


 ステータス画面を開いて見れば、自分のスキル欄に取った記憶のない『友人帳』というスキルが書かれていた。


 私が取ったスキルは料理、歌唱、舞踊、演奏の4つ。最後の一枠はランダム選択にした。


 見に覚えがないこのスキルは、ランダムで引き当てたスキルなのだろう。


「えっと、『通常では友誼を交わせない相手とフレンド交換ができる』。友誼を交わせない相手?」


 多分、妹としか使わない予定のフレンド機能に関わるスキルだと思うが、友誼を交わせない相手と言う一文に変な引っ掛かりを覚える。


「キュ? キュイ!」


「あぇ? 何? 何したの?」


 寝ていたウサギが私の手帳を見た途端、パラパラと手に持った手帳が捲れ上がる。


 開かれたのは、『グラスラビット』と書かれた両面のページ。中には解説と、今の様子が一枚の写真で貼られている。


「え、なんか増えてってる?」


 グラスラビットのページを読もうとすると、ペラリペラリと捲れて、新しい名前が書かれた同じような見開きのページが増えていく。


『ホーンラビット』『スライム』『突撃スズメ』『ワイルドピジョン』『グレーラット』『実投げリス』


 名前を見て、何の事が書かれているのかがよくわかった。スキルの説明も、きっとこの事を示しているのだろう。


「普通じゃ友好的になれないNPC……モンスターとフレンド交換ができる。それが、このスキルの効果」


 手帳を閉じて、こちらを見るウサギと目を合わせる。この場にいるモンスター達は、私の事を『友人』だと思っているらしい。


「キュイ! キュキュイ!」


「ふふっ。そっかぁ。ありがとう、ね」


 ピスピスと鼻を鳴らすウサギ。他のウサギも、鳩も小鳥も、リスやネズミも、みんなこちらを見て鳴いている。


 その鳴き声は、とても純粋で、一切のノイズの混じりがない綺麗な感情が湧き出ている声で。






――――――――だから、気付けた。







「っ! みんな、逃げてぇッ!!!!!」


 悪意の混ざった、砂嵐のようなノイズ。それが、木々の奥から聞こえてきた。


 私の叫びに驚いた『友人』が、慌ててその場から離れていく。


 空を飛び、地を駆けて、それでも、遅くて。


 飛んでくる橙色の明るい炎が、小さな命を焼き尽くそうとして。


 私は、その前に飛び出した。






 背中に当たった、丸い炎が弾ける。


 身体中に走る激痛。爆発で宙を舞う身体。


 スローモーションで見える、驚愕に歪んだ友人達の顔。


 そして目に映る、崖の下の大きな川。


 身体は、地面に着くことはなさそうだ。


 薄れゆく意識、その合間で。




 耳障りな断末魔が。


 最後に、届いた。

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