昔、家の近くにお菓子屋さんがあった         

秋色

昔、家の近くにお菓子屋さんがあった


――俺の子ども時代は貧しかったから、お菓子一つ買うのにも、時間をかけて選んだもんだ。百円玉握り締めて――


 プロ野球のオープン戦の帰り、ファミレスに家族で寄ったはいいけど、相変わらずのパパの昔話にはうんざりだ。しかもそのファミレスはテーブル席が満席のため、私達四人、つまりパパとママ、私と弟の和樹はカウンター席に並んで腰掛けていた。これでは会話がカウンターの中のお店の人にまで筒抜けだ。入ってからすぐ野球の話、二刀流の話に毒づいたし。


「だからぁ、言ったろ? 二刀流なんて続くもんじゃないって。人間、ワンポジションじゃなきゃ。サードを守った伝説的なあの人とか……」


「パパ、今、世界中を敵に回したよ」

弟の和樹が言う。


「そうよ。もうやめて。あなた、みっともないから」

ママの眼はさっきから笑ってない。


「いや。プロって事だよ。大体こんな店も気に入らない。何でもメニューに載せやがって。一つの美味うまいもんを食わせる店に行きたかったんだ」

 その言葉に、カウンターの中にいたイケメン店長がにらんだ……と私、まりんは思った。


「プロの料理ってわけでもなさそうなのにやたら高いし」


「とにかく早く頼むの、決めてよね。パパ以外はみんな決まってるんだからね!」私は少しキレ気味に言う。


「まりんはせっかちなんだ。俺の子ども時代は貧しかったから、お菓子一つ買うのにも、時間をかけて選んだもんだよ」

それがさっきのパパのセリフ。


 嘘だよ。パパの子ども時代はバブル初期でしょ? せりちゃんちのパパやママはおもちゃをいっぱい買ってもらえてたって。パパのお父さん、つまりおじいちゃんだってサラリーマンだったんでしょ? 単にパパが優柔不断なだけじゃん……そう心の中で私は呟いた。

  

 もうこれはいつものパターンだ。延々と聞かされるパパの子ども時代の苦労話とお菓子屋さん話。


――そこには怖いおばさんがいて、店を取り仕切ってたんだ。まさに駄菓子屋のプロフェッショナル。いや今にして思えば、パパが通い始めた小さい頃はまだ、お姉さんと呼ぶべき年齢だったのかもしれない。バブル初期とは言え、付近には貧しい地域もあって、荒れた家の子もいた。そんな子が勝手にお菓子を取っていかないように目を光らせてるんだ。そりゃけるさ。

 でも警察沙汰とか、親の所に行ってネチネチ嫌味言うとか、そんな殺伐とした事件は起こらなかったな。対応上手かったんだよ。厳しくて怖いながらも一本筋が通っているというか。そのお店だけでちゃんと決着つけてた。昔はそういう一つの事をとことんやるプロフェッショナルがいたもんだよ。まりん、覚えときな。お前は希望の高校に合格して浮足立ってるけど、これから進路の事考える時は、この道一本って言えるような職種を選ぶんだぞ――


「うわっ。昔話にかこつけて結局またお説教だもん。でもそのおばさんは、本当に好きで若い頃から駄菓子屋やってたのかな」

やば。話をフッてしまった。パパの話は長々と続く。



――確か……その家もその人も可哀想なんだって聞いた事がある。元々おばさんの父親が戦争に行って体が不自由になったから小さな店を始めたんだって。それをおばさんが引き継いだんだ。でもおばさんは実は学があったのかもしれないな。商品の値札とか商品名とか、手書きのものもあったけど、ワープロで作ってたりしたから。

 そのおばさんにも青春時代があって恋人がいたらしいんだ。でもその人は難病に罹って自分から身を引いてどこかへ行ったんだって。だけどおばさんはその人の事を忘れられなくて縁談をみんな断ったから、それで結局、独身のまま駄菓子屋を一人で取り仕切る事になったんだって。



 で、お菓子の中で一番の憧れはマルヤのディーバチョコレート。駄菓子屋に置いてある範囲内での高級感を漂わせていたよ。八等分したすごく小さなケーキが紙パックに入っていて、コーヒービーンズ、バニラビーンズっぽくしたキャンディが付いてた。これはパパの故郷の方にある会社の商品だから知らないだろ。ってか今でも売ってるのかな。もうこの駄菓子屋の中で光り輝いてた。そのお店の他のたいていのお菓子が三十円位の時、八十円したから。これを買いたいがために他のお菓子を我慢してたな。このディーバチョコのすごい所は、それぞれのパッケージに占いがくっ付いてるとこなんだ。それがちょっとうれしくなる占いでさ――


「占い? どうせアレでしょ? 『今日は臨時のおこづかいをもらえるでしょう』とかそういうの」と私。


「いや、ちょっと違うな。その日少しだけ幸せな気分になれるような一文が書いてあるんだ。『涙も甘いお菓子も心の健康になる』とか『ミルクとコーヒーでカフェオレ。そんなふうにほっこりする事と苦い事を混ぜると甘くなる』とかそんな詩みたいなやつ」


「ティモンディみたいー」と私。

ママは「あなた、意外とロマンチストだったのね」と驚いている。


 カウンターの中の店長さんは微笑みながら、何か言いたそうにしていた。


――ロマンチストと言うより……。何ていうかな。小学生なりにヤな事もあるし、外から疲れて帰って来てグッタリしてる事もある。でもその占いを読むとハッピーな気分になれるようなやつ。もう売ってないかもな。


 帰省した時、地元のスーパーマーケットに寄ったりもするけど、見た事ないし。そりゃ仕方がない。美味うまいもんなんか今じゃ山ほどあるから。昔はそんな無かった――


「今も売ってますよ」

突然、カウンターの中のイケメン店長さんが会話に加わってきたので、私達はビックリした。


「ディーバチョコレートなら今も売ってます」店長さんは重ねてそう言った。


「え! 嘘でしょ?」


「いえ、本当です。実はこの店の前身が九州のマルヤ製菓なんですよ」


「はあ!?」

私達は皆、驚いてしまった。たった今聞いたパパの思い出話にこんな新事実が判明するなんて。


「十四年前にマルヤはイートスマイルという名で外食産業を始めたんです。そして地元を拠点に事業を拡大し、今ではこうして関東にも僅かながら店舗を持つようになったんです。元々、主力商品だったチョコレートも規模は小さくなりましたが、九州の一部のスーパーマーケットには置いてありますよ」


 その店長さんの言葉に、パパは深く感じ入っていた。

「へえ。それはうれしい情報だ。教えてくれてありがとう。しかしすごい偶然だな。たまたま思い出して口にした事で、故郷にあった会社の躍進ぶりを聞けるなんて。何かツイてる。今度、実家に帰った時、探そうかな」


「ぜひそうして下さい。ディーバチョコレートで検索すると、商品を置いてある店舗の一覧も出てきますから。お客様のように子どもの頃好きだったと仰る方からの要望が結構あるんですよ。今ではお洒落なパッケージになってます。それに実はこのイートスマイル系のレストランでは、ディーバチョコをアレンジしたデザートもメニューにあるんですよ。ほら……」


 店長さんのめくったメニュー表には豪華なチョコパフェの写真が載ってあった。トッピングにコーヒービーンズが載ってある。


「あら、ステキね。後でこれ、頼みましょうよ」ママがうれしそうに言う。


「そうしようよ パパ。何だかこれって二刀流が成功した例だね」


「二刀流が成功したって?」


「チョコレートを作っていた会社がレストランを経営するようになったんでしょ? じゃ、華麗なる二刀流だよ。やっぱ人は一つの場所で一つの事に満足すべきじゃないんだよ」


「ところで店長さんは商売柄こんなに会社の商品の事に詳しいんですね?」

パパはとても感心した様子。


「いえ、私も実は子どもの頃、ディーバチョコのファンだったんですよ。九州に引っ越してきてこのお菓子に出会ってすごく感動したんです。だから大学の就活では迷わずこの会社を第一志望にしました。そうしたら製菓部でなく、外食の方を任される事になったんです。ですからディーバチョコには詳しいんですよ」



***



 こうして私達家族はやっとの事で注文までこぎつけたディナーを満喫し、デザートのチョコパフェを前にした。ディーバチョコをモチーフにしたというパフェだ。


「なんだかあなたの好きだったお菓子、出世したみたいね。ふふ。うれしいでしょ?」とママの方がうれしそう。


「でも何だかパパ、あまりうれしそうじゃないね」私はその表情から察していた。


「いや、うれしいさ。ただ我が子が立派な所に嫁いだみたいなフケザツな気持ちかな」


「何それ。そんな気持ち、味わってみたいんですけど」ママが言う。


「昔のままのディーバチョコを食べたいなってちょっと思ったんだ。あの店にあった……」パパは小さな声で言った。


「分かった! パパは占いが付いてないから不満なんでしょ? じゃ、娘の私がパパが幸せな気分になれるような占いを考えてあげる。何がいいかな……」


「それなんですけど……」

 さっきまでカウンターの奥に引っ込んでいた店長さんが再び話しかけてきた。

「マルヤ製菓のディーバチョコレートに占いやメッセージが付いていた時期はありません。先程仰られて気になっていたんですが、私の知らないレアな商品もあったかもしれないと思い、今、確認しました。やはり間違いありません」


「え? それはどういう意味なんですか? 私が嘘をついているとでも?」


「いえいえ、そうではありません。お客様のディーバチョコに対する強いお気持ちは本物だと思いますので」


 私もママも和樹もわけが分からなくて戸惑うばかりだった。


沈黙を破ったのは店長さんだった。

「あの、つまりは二刀流だったという事ではないでしょうか?」


「二刀流?」


「はい。子ども達のために書いた物をチョコレートに付けた人物がいたとしか考えられません」


「そうだ!」私は叫ぶ。


「店主と……」と弟。


「……占い師」とママ。


「…の二刀流」とパパ。





〈Fin〉

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昔、家の近くにお菓子屋さんがあった          秋色 @autumn-hue

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