悪役令嬢は目の前が真っ暗になった!

すらなりとな

真っ黒な断罪

 ああ、やっぱりこうなった。


 周囲の光景を、イザラは諦観と共に見つめていた。


 学園の中庭。

 そこに集う、地位と金と美貌を持つ男子生徒達。

 その後ろには、地位も金もないが、可愛いといえる容姿の女子生徒。

 誰もが、イザラに厳しい表情を向けていた。


 なぜ、こうなってしまったんだろう。


 頭の中で渦巻く疑問。

 だが、その答えは、他ならぬ自分から返ってくる。


 これが逃れられぬ運命だったからだ、と。


 # # # #


 イザラが自らの運命を知ったのは、八年前。九つの誕生日を迎えた時だった。

 開かれた誕生パーティーで、次々とやってくる貴族を、教えられたとおりの定型句でかわしたイザラは、父から「疲れただろう、テラスで休んでいなさい」という「指示」を受けていた。

 すでに帝王学を修めていたイザラ。

 父の言葉が「会わせたい相手がいるから、テラスで待っていなさい」という意味だとすぐに理解し、ホールの外へと向かった。


「お嬢様、こちらへ」


 待ち構えていたのは、メイドのブルネット。

 差し出された手を取って、人気のない廊下を進む。


「ブルネットは、どなたがいらっしゃるか知ってる?」

「いえ。私は『お嬢様を案内せよ』としか……あら?」


 しかし、ブルネットは返答の途中で立ち止まった。

 視線は、廊下の奥。

 つられて目を向けると、半開きの扉が、光をこぼしていた。

 その奥には、誕生日プレゼントが無造作に積み上げられている。


「扉には鍵をと、あれほど言われていますのに……」

「いいじゃない。ちょっとのぞいてみましょ?」


 いかに教育を受けたといえど、未だ子どもらしさを抱える年齢。

 厳しいしつけに反発する遊びを楽しむように、イザラは部屋へと入っていく。

 困ったように見守るブルネットを横に、嬉々として珍しい品々を漁るイザラ。

 が、雑然と放置されるだけあって、どれも価値のないものばかりだった。

 帝王学のオマケで芸術を少しかじっただけのイザラですらニセモノと分かる絵画に、下手な彫刻。磨いただけのタダの石まである。本当に高価なものは、警備と人の目がある会場に留め置かれているのだろう。


 せっかく見つけた遊び場なんだから、もう少し何かないのかしら?


 そんな思いでガラクタを漁っていると、視界に小さく光るものが引っかかった。

 視線で追ってみると、小さな手鏡が転がっている。

 派手な装飾はないが、手によく馴染み、鏡面にも歪みや曇りもない。

 どこか、名のある職人の作品だろうか。

 感心しながら、鏡面に自らを映し込む。


 その途端、強い眩暈を感じた。

 反転する意識。

 同時に、膨大な情報が、一瞬で流れていく。


「テラスの先で出会うのは、この国の第一王子、クラウス。

 主人公アーティアが、学園で初めに出会う人物。

 学者タイプのラバンや武闘派のタイタスと違い、文武両道。

 最大の特徴は、アーティアと同じ二刀流で、気合いの入ったスチルも見れる。

 普通に攻略する分には簡単で、とにかく会っていれば問題ない。

 婚約者のイザラが邪魔をしてくるが、勝手に自滅してくれる――」


 理解できない単語も多い。

 が、イザラを待ち受ける運命だけは、はっきりと分かった。

 クラウスとの婚約者として過ごす甘い時間。

 しかし、学園へ通う頃には、クラウスの興味は他の女生徒――アーティアへと移っていく。

 醜い嫉妬を抱いたイザラは、物語に出てくるイジワルな悪役のように、アーティアをいじめ、そして――


 クラウスやアーティア達に囲まれ、断罪を受けるのだ。


 # # # #


「イザラ、キミに、重要な話があるんだ」


 聞こえるのは、「運命」に教えられたのと同じ、クラウスの声。


「先日、ある錬金術師から、キミが調合する薬に、禁制のものがあると聞いた」


 こうならないように、頑張ってきたつもりだった。


「実際、キミの部屋から、薬が見つかったよ」


 嫉妬を封じ込め、アーティアにも優しく接し、誇り高い貴族であろうとした。


「このところ、他の貴族の相手で忙しそうだったけど……それも、弟の――第二王子のメビウスとの仲を深めるためだったらしいね」


 だが、王子には届かなかった。


「メビウスを王位につけるために、ボクを殺そうとしたのかな?」


 なぜ、こうなってしまったんだろう?

 自分には、愛するのも、愛されるのも、許されていないのだろうか?

 疑問と共に、胸の中で、何か熱いものが渦を巻く。

 今まで抑えつけてきた感情は、行き場をなくし、


「いい加減にしてください!」


 爆発――しなかった。


「え?」


 叫んだのは、アーティア。

 戸惑いの声を上げたのは、イザラ。


 続いて、乾いた音。


 叩かれた!?

 頬を!

 誰が?

 自分ではない!?

 クラウスだ!

 なぜか、クラウスが、アーティアから、平手打ちを受けている!


 訳が分からない!


「イザラお姉さまがっ! そんな事っ! するわけが! ないでしょうっ!!」


 駆け寄ってくるアーティア。

 そのまま、優しくイザラの手を握る。

 困惑の視線で説明を求めるイザラ。

 何故か頬を染めるアーティア。


 何だろう。

 なぜだろう。


 猛烈に危険な何かを見落としている気がする。

 いま確かめなければ、とんでもない事になりそうだ。

 意を決して、口を開く。

 が、疑問が声となる前に、クラウスの怒声が響いた。


「アーティア! なぜ、毎回毎回、イザラをかばおうとする!?」

「かばうだなんて! クラウス様が言いがかりをつけているだけでしょう!」

「言いがかりなものかっ! 今回は証拠だってある!」

「お姉さまは無実です!

 その証拠だって、クラウス様がねつ造したものではないのですかっ!」

「なっ! ボクは王族の血筋だっ!

 そのような破廉恥な真似っ! するはずがなかろう!」

「そんなの、お姉さまだって! あなたの婚約者なら王族も同然でしょう!」

「婚約などっ! 解消する予定だ!」

「それで、代わりに迎えるのが男ですかっ!?」

「キミこそ、イザラと女同士で結婚でもするつもりかっ!?」


 睨みあう二人。


 い や、 ち ょ っ と 待 て っ !


 まさか、二刀流って、そういう……!?


 声にならない叫びと共に、助けを求めて、視線をさまよわせる。

 後ろにいる男子生徒達と目があった。

 返答は、拒絶。

 そろって端正な顔を憂鬱に沈め、静かに瞑目し、首を振る。


「う、う そ! う ぞ よ ぞ ん な ご と!」

「すまない……本当にすまない」


 イザラの涙声に謝ったのは、クラウスの従兄弟に当たるラバン。

 まるでショックでふさぎ込む妹を慰める兄のように、やさしく肩に手を置く。

 が、クラウスがそれを見咎めた。


「ラバンッ! イザラから離れろっ!」

「ふむ。この状況を絵面だけ見れば、至極もっともな主張だがね。

 君、自分の婚約者を心配していないだろう?」

「当たり前だ! ボクが心配しているのはキミだ、ラバン!」


 その言葉で、何かを悟ったイザラ。

 ラバンにそっと問いかける。


「あの、ラバン様、私の代わりの男と言うのは……」

「……それ以上は聞かないでくれたまえ、イザラ嬢」


 絶句するイザラ。

 ラバンはそんなイザラをクラウスからかばうように立ちながら、どこまでも冷静な声で言い放った。


「いい機会だ。君はもう一度よく自分の婚約者を観察したまえ。

 見目麗しく、頭脳も聡明。家柄だって申し分ない。

 婚約者として理想の女性だと思わないかね?」

「それは、ラバンにもあてはまるだろう?」

「時間の無駄のようだから、否定するのはもっとも重要な部分だけにしよう。

 私 は 男 だ」

「ラバンはイザラと違って、きちんと話を聞いてくれる!」

「私は面倒だから適当にうなずいているだけだ。

 君の知能指数に合わせて議論をしてくれる婚約者の方を評価したまえ。

 イザラ嬢はその辺りもよく分かる女性だ。

 そして、私 は 男 だ」

「なぜ!? なぜ理解しようとしないっ! ラバンッ!」

「理解はしているよ。私は君と違うというだけだ。

 君もその辺を受け入れたまえ

 私 は 男 だ」


 目の前の理解を超えた会話を受け入れられず、頭を抑えるイザラ。

 ふらつく足元を、誰かが支えた。


「大丈夫ですか!? お姉さま!

 お姉さま! おねえさま! オネエサマ! はあはあクンカクンカっ!」


 いや、支えられたのではない。抱き付かれていた。

 そのまま、胸に顔をうずめようとするアーティア。

 貞操の危機に、慌てて引きはがそうとするイザラ。

 しかし、予想外の力でビクともしない。


「っ! タイタス様! 邪魔しないでください!」

「お前こそ、いい加減にするんだな」


 もがくイザラを救ったのは、タイタスだった。

 辺境伯の血筋で、隣国からの侵略を護るという役目をまっとうすべく育てられた、生来の騎士。無口なたちなのか、あまり話したことはないが、視線は決して冷たいものではなく、むしろ、クラウスから薄れていった温かさを感じたこともあった。

 今も、その目で、早く逃げろ、と訴えている。


「タイタス様っ!? 感謝いたします!」

「礼はいい。ここは俺が抑える」


 未だ混乱するイザラに、アーティアと相対しながら静かに告げるタイタス。

 そう、相対である。

 イザラが視線を外したほんの一瞬で、アーティアはタイタスの拘束から抜け出し、月色に輝く剣を手にしていた。

 あの剣は、確か、聖女だけが抜けると文献に記載されていた聖剣!


「タイタス様っ! 今日こそはお姉さまを追いかけさせてもらいます!」

「……早く逃げろ」


 優し目を遠い目に変えながらも、しっかりと呼びかけるタイタス。

 イザラも遠くなりかける意識を何とか立て直し、中庭を脱出、学園寮の自室へと飛び込んだ。


「お嬢様? どうされたのですかっ?!」


 出迎えたのは、ブルネット。

 幼少のころから一緒に過ごし、いつだって支えてくれた、姉のような人物。

 今も、安心感から崩れ落ちそうになるイザラを、そっと抱き留めてくれる。


「ブルネット、さっき、さっき、クラウス様がね……」

「ええ、ええ。私も調べましたので、存じています。イザラお嬢様」


 ブルネットは全部わかっています、全部受け入れます、と言うように髪を撫で、


「どうかご安心ください!


 私がクラウス様の代わりになってご覧に入れます!」


 なぜか、服を脱ぎ始めた。


 お 前 も か ブ ル ネ ッ ト !!!!


 イザラは目の前が真っ黒になった。

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悪役令嬢は目の前が真っ暗になった! すらなりとな @roulusu

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