第14話 討伐パーティー

「正直立ってるのも辛いんだが~~いてもたってもいられなかった~~」

「猫背! あいつメジャーで吹っ飛ばせ!」


 感動の再会で勝手に感極まっている三日櫛を無視して、銀一郎は無慈悲に言い放った。


「ええ!? あの人何なんすか!?」

「俺が聞きたい! あいつ何なんだマジで!!」


 手負いの癖に全くそれを感じない、というか、自分の体調すら考えず好奇心を最優先するその姿勢はもはや災害と言っても良かった。

 この状況で一秒たりとも三日櫛にかかずらうワケにはいかない。

 銀一郎は六面城を手に持ち、速やかに攻撃を開始しようとした時だった。


「三日櫛さ~ん! アンタここにいちゃダメでしょおぉぉ!!」


 今度は別方向から誰かの声が、エンジン音と共に聞こえてきた。

 この声にも銀一郎は聞き覚えがあった。


「あっ、誘拐犯!」

「あっ、横取り野郎!」


 銀一郎と羽賀山が同時に言った。

 駿をさらった丸メガネ――轟喜が、前面が半壊した軽トラの荷台に乗って、やって来ていた。屋根に乗っている岩はちょっぴり欠けていた。

 軽トラは工場の敷地の側に停車し、フェンス越しに轟喜が三日櫛に声をかける。


「三日櫛さん、その傷でここまではヤバいって! 気持ちはわかる……いや、あんまわかんないけど、今回ばかりは諦めてってばさ!」

「多くの編纂人たちが生涯を賭しても得られないものが、いまここに集まっているんだよ轟喜くん!」

「いや、死ぬってホント…………ん、銀髪の……保管人の子! あの兄さんは何処?」


 向かって来る銀一郎の側にいるべき人間の不在を疑問に思った轟喜が言った。

 銀一郎が叫ぶ。


「ここ! 中! 心臓! ない! 病院! 軽トラ! よこせ!」

「えぇ…………………………えぇ!?」


 片言の銀一郎に引いた轟喜だったが、やがて文脈を理解したのか顔が青ざめていく。

 ほぼ同時に状況を察した三日櫛も驚愕し、喚きだした。


「まさか、銀一郎くん! それは大変だ、彼の遺体は私が責任を持って」

「殺すな殺すな!!」

「と、とりあえずみんな落ち着いて! 荷台に乗るんだ、早く――」


 轟喜が全員をまとめ上げて、提案したその瞬間だった。


 突然、辺り一面に轟音と破砕音が響き渡った。

 四人全員が、その音源――工場の方を向く。


「へ……へ、へぁぁぁぁ……」


 「それ」を見た羽賀山が、絶望したように地面にへたり込んだ。

 羽賀山だけではない。皆が、一様に驚愕していた。


 工場の屋根を、まるで卵の殻を内側から破るように出てきた巨躯。


「ゴォォォォォガァァァァァァアア!!!」


 火山の噴火の如き咆哮。

 それはまさしく、現代では幻想として捉えられる生物……ドラゴンの姿だった。


「うわあぁぁぁーーーっ、ああああーーーっ尊いだぁぁーっ!!? 尊いが来ているゥゥゥーーーー!!」


 三日櫛は、それを見て、まるで憧れのパレード見た童女のように口に手を当て、涙を流し叫んだ。

 

 ドラゴン――緑翼のミュークは、その名の通り、深緑に彩られた翼を広げ、飛翔し、猛り狂うように吠えた。


「大愚なる人間どもよ! 汚らわしい勇者共々、我が命尽きる時まで、屠ってくれようぞ!」

 

「早くーーーーッ!! みんな乗ってーーーっ!」


 轟喜が無我夢中で叫び、すぐさま全員が荷台に乗り込む。

 軽トラはエンジンを唸らせ、全開で走り出した。





「何すかアレ何すかアレ何すかアレちょっとぉぉぉ!!」

「知らないのかね君! あれこそ、まさに異世界という物理法則の空白地帯が生み出した極上の生物! かつて、多くの国の歴史にてその姿を見せ、我々に多大なる憧れを抱かせた、ドラゴンそのものだ!」

「ドラゴンなの見りゃわかるってそういう意味じゃねぇんスよぉぉぉ!!」


 三日櫛と羽賀山、歓喜と悲痛の絶叫が深夜の街に響き渡る。


「ガァァァアアアアグオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 そして、その絶叫すらかき消す咆哮が、全速力で走る軽トラの後方から襲ってきた。

 いま、軽トラは工場地帯を抜けて、町に向かう国道を走っている。荷台の上は、男四人とロッカーを搭載しているせいで殆ど詰まっていた。

 軽トラの後方上空には緑翼のミュークが飛翔し、軽トラを追尾していた。

 両者の距離は縮まらず、かといって広がらずといった所だが、いつその均衡が崩れるかわからなかった。


「どうする……どうする!?」


 銀一郎は寝かせた六面城の上に座りながら、焦る気持ちを何とか抑え、思考していた。この逼迫した状況下で、駿をすぐさま治療しなければならない時に、ドラゴンが襲ってきている。

 このままでは搬送どころか、病院にたどり着けるかすら怪しい。

 

「保管人くん、大丈夫?!」

「うっさい! いま考えてるって――」

「ぎん……いちろう……」

「!」


 六面城にいる駿が言った。か細く、しかしはっきりと聞こえる声。


「たたかう……んだ」

「戦う……?」

「やつの目的は……僕だ……だから、僕がやる……」

「おっさん、いい加減に――」

「手伝ってくれ」


 銀一郎の目が見開かれた。


「今まで……悪かったな……邪険にして……」

「な、何だよいきなり、そんなしおらしくなってさ……」

「助けて……くれって、そんな……簡単な事も……言えなかった」

「…………」

「魔王を殺したのは……僕だ。だから……ミュークは……僕が止め……るべきなんだ。だから……頼む……」

「……相打ちにでもなるつもりかよ」

「死ぬ……つもりは、ない……お前、への、せめてもの……詫びだ……」


 それは、ようやく絞り出された、九嶽 駿という一人の人間の、偽りない言葉だった。

 駿は銀一郎にとって、一日も共にいない、出会ったばかりの男だ。もう保管人の仕事とは何の関係もない。

 だが、保管人とは、初代双間家当主からずっと褪せる事のない信念とは、まさに今、ここで貫くべきものであった。


「勇者! 何か作戦あるんだろ!?」

「さっき、アヴリーバウを、奪われている……それを取り返さないと……何とか、あいつの気を、逸らせる……ような、めいっぱい、戦える場所が……」

「剣を取り返せばいいんだな!? それで、戦える場所――――」


 銀一郎が思案する。そして、他の三人全員に向けて言った。


「こうなったら、お前ら全員に協力してもらう」

 

 「おお」「よし来た!」「エーッ!」と三者三様の反応が返ってくる。

 

「銀一郎くん……君の頼みならば断れまい。それに、ドラゴンの身体……ああ、素晴らしい資料だ……是非とも欲しい!」

「三日櫛……お前マジで裏切ったりしたら埋めるからな」

「随分な言い草だねぇ。そんなに言われる事あったかなぁ……」

「そんな言われる事しか無かっただろ!!」


 三日櫛への追求はさておいて、今度は轟喜と羽賀山だった。


「兄さん助ける為でしょ? 乗らせてもらうよ、呉越同舟ならぬ呉越同車ってやつだ」


 と、轟喜はニカっと笑いながら言い、銀一郎に小声で「大丈夫、三日櫛さんはちゃんと見とくから」と付け加えた。

 

「うう……あークソ! もうやるしかねーんだろコレ! やります、やってやるっスよ!」


 羽賀山が自棄気味にフケまみれの頭を掻きむしった。

 絶望的な状況ではあったが、徐々に糸口が見えてきた。


「ドラゴン討伐か……面白くなってきた!」


 銀一郎が、不適な笑みを浮かべて、静かに宣言する。


「勇者パーティー、結成だ」


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