第7話 『双間』の意味

「あぃがごぁしたー」


 蛍光灯の無機質な光によって嫌なほどに明るい店内と、コンビニ店員の適当な挨拶が嫌な現実感を突きつけてくる。


「マジで戻ってきたんだな僕は……」

「あいい?」


 聞き返す店員を無視し、駿は商品をリュックに詰め、コンビニを出る。

 時刻は深夜一時頃。三日櫛との激闘から数時間経っていた。

 リュックの中には食料ほか大量の天然水のペットボトルが入っている。水分補給の目的もあるが、今後戦闘になった時にアヴリーバウの水剣に供給する役割も兼ねていた。

 

 コンビニの入り口のすぐ横で座り込んでいた流れるような銀髪の少年が駿の姿を確認すると、手のひらを差し出して、指をクイクイと曲げた。


「オレンジジュース、爆弾おにぎり」

「全く、自分で買いに行け……」

「俺の金で買ったくせに」


 そう言われるとホームレスには何も言い返せなかった。

 駿から食料を受け取り、若い『保管人』は、早速ジュースのキャップを開けて、喉に流し込む


「ところでさ、さっきこんなの見つけたんだけど」

「ん?」


 銀一郎がポケットから一枚写真を取り出した。

 その写真……というか、写真の形そのものに見覚えがあった。


「これ、もしかして三日櫛の?」

「多分ね。写ってるのはカメラつきのスマホ。で、これを街中にばら撒いて、監視カメラ代わりにして俺たちを見つけたのかも」

「小癪すぎる……」


 だが、これでチンピラ達が素早く自分たちを発見した理由が判明した。


「という事は、いまこうしてる間にもその写真やら他に落ちてたりする写真やらで僕らは今もバッチリ見られてるってワケか」

「逃がしちゃったからね。あいつしぶといよ」


 駿は苦虫をかみつぶしたような表情でこめかみを押さえた。

 先ほどの三日櫛との戦いは勝利を収めたものの、すんでの所で彼の逃走を許してしまったからだ。


 とんでもない自惚れ野郎でも、頭は回るようだった。

 あの盗撮人は、自分が負ける事を想定して、消化器の写真まで用意していた。


 消化器の写真を握りつぶし、煙幕のようにして目眩まし、そのまま逃亡。去り際に「楽しかったよ、駿くん、銀一郎くん! 今度は他の人に連れてきてもらうとしよう。それではッ!」なんて言う始末だった。


「写真とはいえ弾丸食らったんだ。動けない自分の代わりに誰か雇うつもりかも」

「雇うって……誰を?」

「半グレ連中じゃ俺らの相手にならないから、多分、白具使い」

「おいおい、洒落にならんぞ。三日櫛はそんな伝手まで持ってるのか。現代こっちの術士……というか、白具使いってのはどんな連中なんだ?」


異世界あっちと違って、現代こっちは白詞晶でしか術式を使えない。オカルトに説得力があった時代だとまだ白具使いには社会的な役割があったけど、機械技術が発達した現代じゃ、わざわざ白具を使う意味は薄い。でも、個人が持つ力にしては少々厄介なのも確か。だから、白具を利用して、裏社会に入り込む人間もいる」


 なるほど、と駿は思った。確かに、白具を使った犯罪は警察に見つかりにくいだろう。数が少ないから認知されず、密かに力を振るえる。三日櫛のような強盗、スパイ、果ては殺しまで可能なのは容易に想像できた。


「クソ、居場所が筒抜けの上に正体不明の相手に狙われるなんて最悪だぞ。何とか、白具使いを見抜く方法とか無いのか?」

「難しいよ。異世界あっちの白具って聖剣魔剣の類とか、鎧に魔法の杖、ペンダントだったりでわかりやすいって聞くけど、こっちは白具だってわかんないように作るのが基本なんだから。俺の六面城むつらぎとか三日櫛のカメラだって見た目じゃわかんないでしょ?」

「いや、お前のロッカーはある意味メチャクチャ目立つだろ……」


 駿はコンビニの端に置かれてる六面城に訝しげな目を向けた。今の状態だとギリギリでコンビニの外に設置されてるロッカーという風景に見えなくもないが、これを背負って歩く様は奇妙奇天烈と言う他ない。


「人が少ない時間帯とはいえ、ずっとアレを背負って歩くつもりか? もしかして日中も?」

「じいちゃんはやってた」

「やっぱ、お前の爺さん……」

「じいちゃんをコケにすんな! 俺はやらないけど」

「そっちもコケにしてるだろ!」


 駿のツッコミを聞き流して銀一郎は六面城に近づくと、それを傾け、上部を握り込んだ。掴んだ部分がスライム状になって、しっかりと持ち主の手にフィットする。

 銀一郎はロッカーをヒョイと持ち上げると、腕を思いっきり捻った。


「うおっ」


 駿が思わず声を漏らす。六面城は腕の捻りの運動エネルギーが伝わり、ぐるぐると、まるで雑巾でも絞っているかのようにその身を細くさせていった。

 やがて、細長いらせん状になったそれを、銀一郎は用意していた弓道で使う弓袋に詰め込み、肩にかけた。そうなると、すっかり、どこからどう見ても弓道部所属の学生だった。


「かんぺ~き」

「コンパクトなのは良いが、それ中身大丈夫なのか?」

「双間の一族が操る白詞は『変成』。六面城が閉じた時は中の空間も変成してるから、どんだけ六面城が変形しても平気だし、劣化の進行も遅くなる。ついでに言うと、俺が持っても軽々で平気~」

「へぇ……結構なもんだな」


 ロッカーと言っても侮れないらしい。ふざけた発想でも、モノを保護する『保管人』を果たす為の機能をしっかり備えているという事か。


「保管人か。いまいちわからないな。貴重品を保護する傍ら、人知れず白詞晶を回収して保管するってどうしてそんな事を?」

「双間家の祖先は異世界あっちから現代こっちに来たエルフって言われてる」

「ぶっ」


 思わず飲みかけていた天然水を吹いた。いきなり明後日の方向から回答が来た。

 だが、そう言われると銀一郎の日本人離れしてる銀髪や整った顔立ちはエルフの特徴ではある。駿の初見の印象はあながち間違いではなかったという事だ。


「そのエルフが縁があって拾われた地方の弱小大名に婿入りしたのが双間家の始祖。大名や商人の家財とか美術品を守りながら、そこで手に入れた情報網を使って白詞晶に関連しそうな噂や話を集めて、白詞晶を悪用しようとしてる術士に先んじて回収して守ってたのが保管人の始まり」

「悪用から守るね……確かにあっちのエルフは調和を重んじる種族ではあったが、正義の味方を一族総出でってワケか」

「なんかその言い方トゲない? おっさんだって勇者だったんでしょ。依頼人から渡された資料で見た」


 駿は自分の宿敵が、今度は自分を守る為に資料をまとめる姿を想像して、おかしな気持ちになった。


「そんな大層なものかよ。蓋を開ければ単なる肩書きだ。王国に仇をなす存在を魔王と認定して、それを倒す存在を勇者と名付ける。わかりやすくプロパガンダして兵士の士気を上げるのが目的なんだよ」

「それでも、人の為に戦ったんだろ」

「やけに食いつくな。保管人の使命ってのは学校よりも大切なものなのか?」


 そう言って、駿は銀一郎の服装を見やる。なんの変哲も無い高校生の男子制服だが、麗しい容姿を持つ人間が着ると、何故か高貴な印象になる。


「僕が言うのも何だが、お前はまだ勉学に勤しむべきだろう。一族の生業といっても、その歳でやるべき事なのか? お前の爺さんはどうした」

「じいちゃんは……いない。殺された」

「!」

「じいちゃんは自分の代で保管人としての仕事を終わらせようとしていたんだ。代々保管してる白詞晶を処分する方法を探してて……その途中で殺された。俺が、七歳の頃」

「じゃあ、お前は……」


 駿の言葉に若い保管人がうなずいた。


「じいちゃんは……ふざけた人だったけど、俺の憧れだったんだ。自分の子供や孫に危ない仕事をさせたくない一心で、最後の保管人であろうとしてた。だから、俺がじいちゃんの願いを果たす」


 とても真っ直ぐで、純粋な瞳だった。

 顔には出さなかったが、駿は内心動揺していた。軽い調子の生意気な少年と思っていたが、その裏では彼なりに一族の、祖父の誇りを受け継ぎ、果たそうとしていた。


「そうか……悪かったな、当て付けるような事を言って」

「え、いや、別に……」


 予想外の謝罪に銀一郎は気恥ずかしくなったのか、少し視線が逸れて声が小さくなる。


「だが」


 そして、厳然とした声。

 

「……僕はお前と違ってヒーローでも何でも無い。一人で、自由に生きようとした結果、金が大量に手に入る勇者という『仕事』を選んだだけだ。結果として救われた奴はいただろうが、僕には関係のない事だ」

「……関係ないって……」


 どうしてそこまで、とでも言いたげな表情と視線が駿に突き刺さってくる。

 しかし、どう言われようがその勇者にとってはそれが事実だった。孤独で、誰にも縛られず生きていくと誓い、力を研鑽し、やがて王国に名高い八天のうちの一人に数えられるほどになった。

 自由、気まぐれ。その延長線にたまたま『勇者』という補助線が交わったに過ぎない。人を、国を救おうなどと殊勝な心がけなど無かった。


「……そんな事はどうでもいい。指示は来たのか? お前の依頼主……魔王の」


 駿は強引に話を打ち切って、保管人に問うた。銀髪の少年は幼さの残る顔を横に振る。


「今までの経過は報告してるから、そろそろ連絡来るとは思うけど――あ」


 噂をすれば影か。銀一郎から携帯の着信音らしき音楽が流れた。野太い歌声が熱唱する。なんとなく昭和ぐらいのアニソンのような曲だった。

 取り出したスマホの画面に非通知の文字が浮かんでいる。

 銀一郎は電話をスピーカーモードにて電話に出た。


「もしもし、双間だけど」

「――――双間様、ご無事で何よりです」


 若い女の声だった。事務的な口調で、よく通る声音も相まって仕事が出来そうなイメージが勝手に組み上がる。


「九嶽様は、ご無事でしょうか?」

「大丈夫だよ。いま隣にいる」

「わかりました、ありがとうございます」


 電話の向こうで、頭を下げているような感じがした。


「九嶽様も、ここまでお付き合い下さりありがとうございます」

「あんたは連絡係か?」

「そう思っていただいて構いません。咲道さくどう、とお呼び下さい」

「魔王は……ラグラムとはどういう関係だ?」

「ま……? ?? 申し訳ありません、どなた、でしょうか」


 咲道の返答には困惑の色が混じっていた。訝しむ駿に、銀一郎が小声で囁く。


「咲道さんは魔王の正体知ってないよ。この人は単なる秘書。魔王は面向きだと『老師』って呼ばれてる」

「……まぁ、よくよく考えりゃ、わざわざ魔王なんて言いふらす必要もないか」


 駿は咲道に「何でも無い」と訂正し、会話を本題に戻す。


「咲道。老師は俺に対して何か言ってたか?」

「ええ、伝言は伺っています」

「! ……なんて?」


 焦る気持ちを抑え、気取られないよう冷静を装って訊いた。


「はい、老師は「戻る方法を知っている」……とだけ」

「戻る……方法…………!?」


 咲道はこの言葉の意味を理解できないだろう。だが、駿にはそれが読み解けた。

 『戻る』

 駿と魔王にとって、それが指し示す答えは一つだけだ。


 即ち、異世界へと帰還する、その術を

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