第14話 新しい演物

 流行歌を一曲思い出した日の夜にて、早速それが歌われる事になるとは俺は思ってなかった。

 しかし。そこは民謡の歌い手である池本さんがきちんとそれを覚えてくれていたので有り難いとしか言いようがない。本当に池本さんの歌い手としての力は脱帽するしかない。

 その夜に来た馴染みの名前は、安本やすもとさんという人物でつい最近、桜華楼に登廊するようになった人物。相手となる遊女は三枚目花魁の杜若かきつばただ。

 座敷は竹の間で内装は気品を感じられる。松竹梅の名前を付けられているだけあり、専ら花魁衆と馴染みが先約を取っている。

 その他の座敷は実は番号で呼ばれる。例えば八番とか七番とかそんな感じだ。

 だが、ここは桜華楼という名前の通り、桜華の間という座敷が一番高級な座敷である。商標の八重桜が豪華に誂えられた座敷は圧巻の一言。そこは看板花魁と馴染みが使う座敷として有名だ。その座敷を使いこなせる者が、桜華楼のお職と呼ばれる花魁なのだ。

 今のお職は菖蒲あやめ花魁だね。彼女はここではそろそろ身請けも近いと噂されている。

 俺と池本さんは竹の間で酒宴が開かれるので初仕事は竹の間で始める。今は若い衆が酒宴の準備に追われて仕出し料理屋からの料理を運んだり、徳利を持ち込んだりと慌ただしい。

 池本さんと俺は、外から招かれた幇間ほうかんである中村さんと、芸者の萩原さんと再会を果たしていた。


「池本さん! 零無レムさん! 噂には聞いてましたけど、本当に桜華楼の内芸者になったんですね!」

「御二方の噂は私達の耳にも届いてますよ」


 中村さんと萩原さんは内芸者となった俺と池本さんを眩しいものをみるように羨望とも憧れとも取れる言葉で話してくれたよ。


「しかも桜華楼はこれから大見世になろうと息巻いている人気の妓楼。零無さんも池本さんも良いところに内芸者になりましたね」

「今夜が初仕事だけどね」

「それで池本さん。こんな所に呼び出してどうしたのですか?」


 俺達、芸者衆は実は竹の間にはまだいない。

 その前に打ち合わせをするために個室を借りたのだ。芸者衆もそれなりに準備は必要だからかえで姐さんが用意してくれたよ。

 池本さんは中村さんと萩原さんに楽譜を渡した。あれから池本さんと俺はその曲を楽譜に起こす作業をしていたのだ。

 中村さんと萩原さんは熱心に楽譜を読む。

 二人して頷く。


「これは流行歌はやりうたですね。しかもどの流行歌にはない新規の歌だ。零無さん。こんな特技を持っていたんだ」

「弾けます? この曲目」

「大丈夫そうです。思ったよりも弾きやすそうね」

「僕もこの曲ならぶっつけ本番でも楽譜があれば何とかなるかも」

「初仕事に萩さんと中村さんに会えたのは丁度良かったですね」

「多少は気心知れた仲なら、頼みやすいよ」

「でも、初仕事で流行歌を演物だしものって。零無さんも大胆だね」

「今夜の座敷の馴染みさんがどうもいつもの宴では飽きてきているという話を聞いてね。こんなのどうですかねと楓姐さんに相談したら、やってみせてほしいと」

「そういう事ですか。ならやるしかないてすね」

「では座敷にて宜しくお願いします」


 こうして打ち合わせは終わり、どうやら下の階が騒がしくなった。

 どうやら馴染みが登廊してきた様子だ。

 俺達、芸者衆は頷いて、そして竹の間へ楽器を手に向かった。


「楓さん。桜華楼はとうとう内芸者を抱える事ができたのだろう? 桜華楼の内芸者はどんな芸が得意なのかな?」

「はい。何でも、ハイカラな演物だしものをするから驚かないでほしいと」

「へえ。ハイカラな演物ね。どんなものなのか見物させて貰うとしようかな」

「実は今夜がその彼らの初仕事なんですよ。気に入って戴けたらご祝儀を弾んであげてくださいましね?」


 楓姐さんに紹介された俺達はその初仕事を始める。とりあえず場の進行役は俺だった。


「どうも! 旦那! 桜華楼の内芸者、零無レムでございます! 初めての演物にご興味を頂いてありがとうございます」


 こういうの俺の人柄では無いがとことん愛嬌は振る舞う。

 幇間ほうかんは陽気な男じゃないと受けないからな。


「おう。なかなかノリの良い幇間じゃないか。こういう奴、少なくなったんだよ」

「旦那は焦らされるのはあまりお気に召さないでしょうか? あっしら、何せ、初めての演物でして、ちょっとばかし緊張しているんですよ。何、お時間は取らせません」

「吉原って所は焦らされるのが粋の場所だからな。しかしなぁ。演物が気になってしょうがない。準備は出来たのか?」


 俺は後ろを振り向いて池さんと萩さんと中村さんに合図する。

 何時でもどうぞと合図を送った。

 

「準備は出来ました。では。新作の一曲をどうぞご堪能ください」


 出だしは三味線から入るんだな。これ。

 

【歌】


昔 とある集落で語られた

誰も知らないはずの御伽おとぎばなし

忌み子 鬼の子として

誰にも見向きされないで

その子は世界へと刃を剥けた


悲しい事はあるけれど

誰にも話せない少年は

とある少女に出会ってからは

笑顔を取り戻してさ


知らない 僕は何も知らない

人の暖かさも 思いやりも

何も知らないで生きてきた

だけど君がここから去って

それがやっとわかったんだ

知らない 僕は何も知らない

涙も 悲しみも

だけど君がここから去ったら

心に穴が開いたのさ


彼は忌みの子 鬼の子と

蔑まされ そして生きてきた

誰にも知られない御伽


君は突然 話しかけ

そして僕を止めたんだ

そんなの僕にはわからなかった


悲しい事は誰にもあるよ

だけど 君が僕に話しかけたら

そんなの吹き飛んだよ


知らない 僕は何も知らない

人の心も温かさも

だけど君がここから去ったら

急に寒さを感じたよ

知らない 僕は何も知らない

温かい涙も 哀れみも

だけど君がここから去ったら

心に穴が開いたのさ


冷たい雨が二人を包む

忌み子と同じ少女が一人


知らないで 知らないで生きてきた

今までの孤独を受け入れて

だけど君がここから去って

寂しい気持ちがわかったよ


知らない 僕は何も知らない

人の愚かも 侘びしさも

だけど君がここから去ったら

心にぽっかり 穴が開いた


 文章で旋律を伝えられないのはじれったいね。

 これが俺が、不思議な夢の女性から教わったあの歌だったんだ。

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