がぶがぶ/30 あの日の誘い(エピローグ)



 結論から言おう、吉久は生き残った。

 一条家に常駐している医者が居なければ、後五分救急車が遅れれば、輸血用の血が足りなければ。

 出血多量で死んでいた可能性が高い、と、死んでいても不思議じゃなかった、と彼は聞かされて。


(いやはや、三ヶ月で退院できるとはありがたいね)


 後遺症も特になし、強いて言うなら大きな傷がいくつも。

 温泉や海水浴に行ったとき、周囲の目が気になるだろうが。

 五体満足なら、十二分過ぎる結末だ。


(今日で退院かぁ……、色々とお見舞いもあったねぇ……僕は幸せ者だよ)


 夕日が差し込みはじめた病室で、思い出に浸りながらゆっくりと着替える。

 入院した彼の所に真っ先に駆けつけたのは、紗楽と兼嗣だった。


『先輩もバカだなぁ、料理しててピラゴラスイッチ的に包丁がお腹にぶっ刺さって一条寺先輩が帰ってくるのが遅かったら死んでたかもとか、バカ丸出しでしょ』


『おいおいカネくん? そんな言い訳を信じるのかい? どう見ても……』


『ごめんね紗楽、君が僕を心配して怒りすら覚えてくれるのは分かる、けどさ……“そういう事”になったんだよ。僕ら二人がそう望んだ』


『だがね親友、ボクはそれで引き下がらないぞ。詳しい事情を聞くまで疑いの目を向けてしまう。……いつか、ちゃんと聞かせてくれるのかい?』


 真剣な顔で問いかける紗楽に、兼嗣も同意する様に頷いて。

 吉久として、首を縦に振りたい気持ちはある。

 だから。


『……初雪が許可したらね、僕の方から言っておくよ』


『オッケ、それで手を打つぜ先輩。……所で、二度とこんな事はねぇだろうな?』


『勿論さ、これからは平和にイチャイチャできるってもんだ』


『はぁ……よっしー、他ならぬキミがそう言うなら引き下がろう、ボクの勘では全ての元凶はキミだと確信しているがね、ああ、どんな鬼畜で最低な人間でもボクとキミは親友さ』


 へぇ、と吉久は内心で舌を巻いた。

 彼女には何も言っていない、だが親友として何かを感じ取っていたのだろう。


『今までさ、心配をかけてたみたいだね。反省するよ親友』


『そうだぞクソ男先輩! 紗楽さんの広い心と友情に感謝するんだぞ!! ……また学園で会えるのを楽しみにしてますよ』


『そうだね、じゃあまた学園で会おう! と言いたいけど何度かお見舞いにくるさ、じゃあね!』


 そうして二人は去っていって、何度もお見舞いに来てくれた。

 来客はそれだけではない、彼の親も来て泣かれた。

 そう、泣かれてしまったのだ。


(親に泣かれると、ダメージ大きいなんて知らなかったよ……、うん、これからは無茶はしない、というかもう犯罪行為は懲り懲りだ)


 しみじみと吉久は頷いて、更に言えば両親と顔を合わせた初雪が嫁認定されていたのも罪悪感が少し。


(こっちの外堀も埋まっちゃったよなぁ……いやさ、いつかは紹介しただろうけど。僕と初雪の出会いが出会いなだけに、うーん気まずい、これは一生付き合っていく気まずさなんだろうねぇ……)


 今の彼に残された数少ない罪悪感、けれど初雪が隣にいるならば平気だ。


(そういえば、一回だけ義父さんもお見舞いに来たっけ……)


 一人娘の凶行に流石の彼も肝を冷やしたのか、青い顔をして一緒に救急車に乗り込み。

 その後は一度だけ、初雪がいない時間に会いに来て。


『これで何の障害もなくなって婿に入る、……いや婿入りはしなくても初雪と添い遂げてくれるな?』


『勿論です理事長、いえ義父さんと呼んだ方が良いですか?』


『是非とも義父と呼んでくれ、――そっちの方が初雪の印象も良くなるからな。……孫が産まれるまでに和解の機会をセッティングしてくれ、全てはそれでチャラにする。娘を放置した身ではあるが、その娘がこんな事をしでかした訳だが、何も察していない訳ではないし感じていない訳ではないのだよ』


『僕が言うことではありませんが、そう言いながらあのお店の割引券を要求するのってどうなんです??』


『それはそれ、これはこれ、だッ!! 娘をくれぐれも宜しく頼む!! ああ、やっぱりアイツに似て行動が過激になるんだ、どうして一条寺の家系の女はいつもそうなんだ!! 母だって嫁いできた祖母だって――』


『うーん、聞きたくない情報だなぁ。それって僕らの子供も将来は……いや、今は考えないようにしよう』


 他にも、クラスメイトや家庭教師で教えた生徒や以前のアルバイト先の店長などなど。

 様々な人物が、吉久のお見舞いに来てくれた。


「――――よし、もう忘れ物はないな。じゃあ退院といこうか」


 初雪が病院の玄関で待っている、彼は入院生活を懐かしみながら扉を閉じて。


(そういえば最後まで個室だったなぁ……、いやまぁね? 初雪の気持ちも分かるけども)


 どうせ、他の病人と接触し何か事件を波乱を起こすのを厭ったのだろう。

 勿論、独占欲もあったのだろうが。


(色んなお医者さんと仲良くなって色んな話が聞けたし、何人かは連絡先を交換したもんね。勉強になったなぁ……)


 元々、吉久は探求心が強く物怖じしない性格だ。

 躊躇無く突き進んだ結果、周囲の予想外に飛んでいく事もあるが。

 基本的には善良な人間で、実の所、初雪はそんな彼の姿が見れて満足していた。


「――やぁ、待った?」


「いいえ、ちょうど良いタイミングでした。では皆様にご挨拶して帰りましょうか」


 二人は見送りに来た担当医や看護士に挨拶して、病院を出る。

 これで問題なく退院できた、経過観察で暫く通院する必要は残っているが。

 これでまた、元通りの生活である。


「よしっ、じゃあ帰ろうか! 懐かしの我が家へ!」


「はいッ、――所で吉久、あの約束は忘れてませんよね? ええ、わざわざ人を使って手紙まで出したのですもの、忘れたと言ったら怒りますよ?」


「まさか、それをして僕らは完全にやり直すって感じだしね。……それとも直接誘った方が良かった?」


「いいえ、……とても、とても嬉しかったです」


 手を繋いで歩く二人、初雪は少し涙ぐむ。

 吉久は昨日、紗楽達に頼んでラブレターを渡していたのだった。

 前回のように偽のデートの誘いではなく、今度は本当のデートを。


「良かった、じゃあさ、――――脱ごっか初雪、下着だけで良いよそこの木陰に行こうか」


「ちょっと吉久?? 何を考えているのですか??」


「え? だって僕は言ったよね? 後で覚えてろって」


「…………ああ、確かに。で、でもですよッ!? 何で今なんですかッ! 良い雰囲気でしたよねッ!?」


「入院中さ、運動が禁じられてるから僕も君も溜まってるよね色々と、それに……あーあ、痛むなぁ、君に刺された所が痛むなぁ……、何処かの誰かは責任を取るべきだよねぇ??」


「――――~~~~ッ!? ひ、卑怯です吉久ッ! だからって、そんな今すぐッ!?」


 思わず手を離し、少し距離を取って身を守るように己を抱きしめる初雪。

 腕を乳房の下に回したせいで、その大きさが強調されて。

 更に言えば彼女の頬は紅潮し、悔しそうに睨む目はしっとりと期待に濡れている。


「今日はじっくり虐めてあげる、安心して欲しい、晩ご飯だって口移しで食べさせてあげるし寝かさないからさ」


「…………い、今から私を辱めようと言うんですか? この変態、屈辱です、はぁ、はぁ、く、屈辱です」


「僕を憎むかい?」


「憎みます、でも私には憎む権利なんてもう無いんです、だからこんな憎しみ、性欲へのスパイスにしかならないのに……はぁ、ふぅ、ぁぁ、んっ、あ、貴方は分かっててそれをする、ああ、私はまた貴方に陵辱されてしまうのですねッ」


 こんなの命令と変わらない、拒否権なんてないし、逃げ出すこともできない。

 下着無しで歩くだけの筈がない、もっと淫らな事をされて焦らされたまま家まで歩かされるのだろう。

 初雪は口元を歪ませながら、吉久にそっと近づくとその腕を弱々しく掴む。


「つ、着いてきてください、貴方の望み通りにすれば良いのでしょう? ちゃんとその目で見て、大切に受け取ってください。…………それから」


「それから? ははっ、何を言って楽しませてくれるんだい?」


「――――後で、ちゃんとイチャイチャして優しく愛して、ください……」


「…………うん、勿論さ僕の聖女様」


「約束ですよ、――――がぶがぶ、がぶがぶ」


 初雪はとろんとした目つきで吉久の手を、がぶがぶと甘噛みする。

 己が傷つけた痕を、丹念に優しく噛んでいく。

 そのくすぐったいも愛を感じる感触に、吉久は微笑んで。


「さ、あの木陰に行こうか」


「………………貴方を一生許さないし、離しません、ずっと、ずっと一緒にいてください吉久」


「僕の事も、一生離さないでずっと一緒に居て欲しい」


「愛しています吉久」


「愛してる初雪」


 二人は愛と情欲に支配された眼で、愛を誓いあい。

 それからは、とても幸せな人生を送ったのだった。





――――完


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誰にでも優しい筈の学園の聖女様は、僕にだけ噛み痕を残す 和鳳ハジメ @wappo-

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