がぶがぶ/22 セックスしても出れない部屋
――時は少し遡る。
吉久との子供が欲しいと、無理矢理にでも孕む事を決意した初雪であったが。
(仕込みは上々、ええ、不思議と心躍ってきた気がしますね)
拉致監禁を気取られぬ様に、たまごとひよこを目の付く所に置きアピール。
楽しい、今、実に楽しいのだ。
(私は……変わって、いえ違います。多分、これが本当の私に近いのでしょう)
過激さを取り戻した吉久に、屈辱の足舐めをさせられた時。
彼女は、己が以前の自分と違う事を自覚した。
今なら分かる、自分はマゾヒストだと。
抗い、その上で蹂躙されるのを悦びとする人種である、と。
(憎悪を口にするだけで――嗚呼、こんなにも愉しいだなんて)
理解できてしまった、一条寺初雪という人間は己を偽ることの出来ない不器用な人間であったと。
だってそうだ、吉久の事がこんなにも愛おしいのに。
気が狂いそうな程、憎んでいる。
(そう遠くない内に……私は狂うのでしょうね)
愛も、憎悪も偽れない。
そして同時に“普通”の幸せを求めている。
だから、愛する者に憎悪する自分自身を許せない。
だから、陵辱者を愛する自分自身を許せない。
(私の心は削れていく、愛する相手を憎むことで正気を削られていく、――――でも、それがとても愉しい)
破滅を望んでいる訳じゃない、でも破滅しても良いと思っている。
正気を失って、自分はどうなるのだろうか。
愛を求めるだけの浅ましい生物になるのか、それとも憎しみに刃を向ける哀れな復讐鬼になるのか。
(信じています、吉久君…………貴方なら、私に温もりと愛を与え、愛する事を教え、そして私の本質すら呼び覚ました卑怯で卑劣で鬼畜で外道で、世界の何よりも頼りになる私だけの強引な王子様)
今の初雪に、吉久への揺らぎは存在しない。
心の底から信じているからだ、吉久ならどう転ぼうとも何とかしてくると。
(嗚呼、壊れてしまった私を見て。貴方は何を想い、何をしてくれるのでしょうか……それとも思いも寄らぬ方法で私を助けてくれるのでしょうか。ふふッ、あははははははッ、愉しみですッ、楽しみなんですッ!!)
信じている、だから初雪は心の赴くままに行動するのだ。
(赤ちゃん……授かれるでしょうか。それとも、私を屈服させオアズケするのでしょうか……どちらでも良い、良いんですよ吉久君。もっと、もっと私に貴方の輝きを見せてくださいッ!!)
斯くして、拉致監禁は決行された。
それ故に、彼女の変化に気が付かなかった吉久は今。
困惑と危機感の中、彼女の父・一条寺吹雪と柵越しに対面し。
「えっと……今、我が屋敷とかそんな言葉を聞いた気がするんですけど??」
「安心しなさい婿殿、君の耳は正常だ」
「この状況は異常ですよね?? なんで拉致監禁……監禁ですよねコレ?」
「ああ、懐かしいなぁ……この座敷牢をまた見る事になるとは。あれはそう、結婚前の妻が押し掛けてきて家中の者を全員の心を掌握した挙げ句、絶対に孕むと逆レイプして来た時以来か……」
「ちょっと義父さんっ!? 娘さんの教育失敗してませんっ!? 少しでも罪悪感を覚えるならここから出してくださいよっ!!」
ここに留まったら目の前の義父の二の舞になる、危機感を募らせる吉久に。
彼はもっともらしく頷き、お茶目にウインクを一つ。
「すまない、教育の為の金を出した覚えはあるが育てた覚えはないんだよこれがね。父親失格と罵って良いが――君にその資格があるのかね? 我が娘が美しすぎるから強引に奪ったのだろう??」
「万が一、孫が出来ても抱っこさせませんよ?」
「何っ!? それは卑怯だぞ婿殿っ!? 孫を理由に土下座して許して貰おうと思っているのにっ!!」
「残念ながら、現状のままでは無理ですねそれ。だって僕ですら憎まれてますから、同棲するまで知らなかったんですけど初雪って受けた屈辱や不義理とか忘れないタイプなんですよ」
「それは……妻の血だなぁ。うんうん、私に似た子に育たなくてなによりだ。――――所で物は相談なのだが、何とかならんかね? いや、我ながら最低な父だと思ってるんだ。だがな……我が子が嫁に行くとなると、こうな? 思うところがあるだろう、後悔とか祝福の気持ちとかな?」
ここだ、と吉久は確信した。
義父を完全な味方にするなら、今しかない。
「この檻から出れて、無事に何とかなったら初雪と少しぐらいは関係を修繕できる冴えたやり方を教えます」
「ほう! あるのかね!!」
「勿論ですよも義父さん!!」
なお、その方法とは愛を叫びながら土下座して許しを請うだけである。
単純明快、だが初雪が“言葉にしない想いは存在しない”という信条の持ち主である以上。
本当に少しぐらいは、関係が改善される筈だ。
「うーむ、しかし困ったなぁ……君を出してやりたいのは山々だが問題があるのだ」
「言ってください義父さん、協力しあいましょう!!」
「君を座敷牢から出せば、例の男の娘の風俗店に働きかけて腹上死させると言われてるんだ」
「じゃあ何で僕に会いに来たんですか??」
「それはな、――――生まれてくる子供の名前のリクエストを聞きに来たのだよっ!!」
「なんで義父さんが決めようとしてるんですか!! というかそんなの考えてる暇があったら初雪と親子の会話でもして来てくださいよ!!」
役に立たない、という言葉を飲み込んで吉久は叫んだ。
駄目だ、義父を味方につけても状況は好転しない。
(考えろ、考えるんだ僕!! なんで初雪は拉致監禁した? 子供が欲しいってどこまで本心なんだ? 幸い力では僕の方が――――あ)
やべ、と吉久は固まる。
思い出してしまった、彼女が護身術の有段者で体育の成績も優秀。
あの細身で細腕で、実は吉久より力が強い事を。
「ふむ、どうやら自分が詰んでいる事に気づいたかな婿殿よ。懐かしい……実に親近感が湧くんだ、まるで昔の私を見ているようだよ。嗚呼、君になら一条寺家も、初雪を任せられる。――では頼んだぞ婿殿!! 見つかったら怒られるから私は自室に戻るからな!!」
「うわ早っ!? せ、せめてもしもの為にも医者の手配しといてくださいマジでっ!! 僕、まだ死にたくなーーーーーーいっ!!」
義父は任せておけと言わんばかりにサムズアップして去っていく、ならば必然的に吉久は一人取り残され。
「くっ、どうするっ、どうにかして逃げなきゃ……いや逃げ出すのは悪手。初雪の真意が見えない以上、下手に動くのは危険だ。でも座敷牢は不味い、時間稼ぎも出来ない――――」
何かないのかと必死な顔でポケットを探っても、何も出てこない。
どうやら、スマホと財布は取り上げられている様だ。
(くそっ、せめてウチの制服がブレザーだったらネクタイがあるのに!!)
残念ながら、聖アングレカム学園の男子制服は学ランだ。
武器になりそうな物、時間稼ぎに使えそうな物は何も無く。
「――――いや、違う、そうだまだ僕には」
慌てて腰を確認すると、そこにはベルトがあった。
そう、ベルトだ。
紐状の物があるなら、道は見えてくる。
「上手くやれば牢の格子を壊せるかもしれない、なんかこう梃子の原理とかそんな感じのマンガとかで見るアレでっ!!」
だが今すぐ試すのか、いつ初雪が来るか分からない状況で。
「――――違う、そうじゃない、脱出に使うんじゃない」
追いつめられた吉久の脳が、一つの答えを導き出した。
「これを使って、先制パンチをする。……くくっ、僕に時間を与えた事を後悔すると良いよ初雪。あはははははっ!! ――――嗚呼、そうだね、僕は、……君を信じてるっ!」
そうして吉久は準備をし、初雪の姿が見えた途端それを決行。
「起きていますか吉久く――――ッ!? な、何してるんですか貴方はッ!? い、今すぐ助けに~~~~ッ!!」
座敷牢の前、彼女が見た光景は。
ベルトで首吊りをした吉久の姿であった。
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