第21話 大人になること

小学生の頃、母と二人で、電車で近くの総合スーパーへ行くのが楽しみだった。もちろん親父の車で向かうのも好きだったが、電車で行くのも好きだった。理由は簡単、親父がいない分、僕が食べたいものを母が食べさせてくれたり、買ってくれたりするからだ。電車で行く=母と二人で行くという事。この時は、次男坊の特権とも言える「甘えん坊」、僕はこれを遺憾なく発揮していた。



とあるお出かけの日、電車が遅延しているとのこと。人身事故というやつだ。母に


「ねぇ、手とか肩とかに当たっちゃったりしたのかな?」


そう質問すると母は


「軽く当たっちゃったのかもね」


と困った様な感じで答えてくれた。僕は


「軽い怪我だと良いね」


と心配気味に言うと


「そうね」


とだけ言った。そして母は


「そういえば小学校では~」


と話を逸らす様に持って行った。高校生になると電車通学になり、遅延すると、駅員から「遅延証明書」を貰えるため、音楽を聴きながら呑気に運転再開を待っていた。大学生になっても「遅延証明書」を出せば遅刻扱いにならない。しかし、通学距離が高校の三倍くらいの長さになったからであろうか、苛つき始めた。


(チッ、ざっけんなよ)


そして現在、《人身事故のため遅延しております》という情報を聞くと


(違うところで○ねよ、クソが)


と完全にブチギレた。小学生のあの頃の「人を心配する余裕」が無くなってしまった事にふと気がついた。僕だけかもしれないと思った。しかし、僕は思ってるだけで、口に出したり物に当たったりするまでには至っていなかったが、他の大人は駅員に怒鳴り声で詰め寄っていたり、自動販売機を蹴飛ばしたりしていた。駅員さんにはどうしようもできないのに。自動販売機は蹴るために設置されてるわけではないのに。大人になるとは、なんなんだろう。少なくとも『余裕』がなくなる事は確かなのだと、思う今日この頃です。

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