恋せよ赤ガニ

天猫 鳴

潮時

「二刀流! こっちもよろしく」

「それやめてよッ」


 男子に名前をもじった呼び方をされて瑠羽るうは怒って見せる。


「頼りにしてるから、なっ」

「しかたないなぁ」


 でも、まんざらでもない。

 両手にお箸を持ってカンフーの達人みたいなポーズを取って見せる。周りが沸いて瑠羽は嬉しかった。


「我が名は仁藤にとう瑠羽るう、見よ! 奥義、カニバサミ」


 山のように揚げられた鳥の唐揚げが、パックにどんどん放り込まれていく。瑠羽は部員の倍速でパックに詰めていった。


 クラブの新人勧誘。

 それは放課後の幸せを得るために、高校生活を有意義にするための必要なミッション!


(部費をもらい料理を作ってただで食べられる! こんな美味しい話があるだろうか!)


「新入生の皆さーーん、料理クラブに入りませんかぁ!?」


 仲間の声掛けをBGMに瑠羽の箸さばきは軽快だった。

 左利きを矯正された時の母との攻防が走馬灯のようによぎっていく。


「いまどき矯正なんて!」


 そう言って母にあらがった。しかし、親という存在の大きさに屈せざる負えなかった。だが、母の目を盗み左手に持ち変えて食べることで素早さと洞察力が培われた。


(母よ、いまだから言える。矯正してくれて有難う)


 そして、諦めずに左手を鍛え続けてきた自分も誉めてやろうと瑠羽は思った。


「瑠羽、快調だね」

「うんうん、いい感じ」


 仲良しの美琴みことに声をかけられて瑠羽は笑顔を向けた。


「僕も味見させてください」

「はいよっ」


 元気よく答えた瑠羽の箸から唐揚げがツルリと逃げる。


「あっ!」


 放物線を描いて飛んだ唐揚げが、


 ぱくっ


 前に立つ男子の口に見事にインして場がさらに盛り上がった。

 口をもぐもぐさせながら男子がウインク&親指立ててGOODしてくれる。


(あっ! ・・・・・・汐恩しおんくんッ!!)


 クラスメートの男子。心ひそかに「いいなぁ」なんて思っていた彼が目の前に立っていた。


「汐恩くん、どう? 美味しいでしょ?」


 真っ赤な顔をしてうつむく瑠羽の横で美琴が彼に声をかける。


「うん、上手く揚がってる。味もいいよ」

「わたしが揚げたんだよ」

「へぇ、味付けも?」


 楽しそうに話す美琴と汐恩から目をそらして、瑠羽は黙々と唐揚げをパックに詰めていた。


「味付けは瑠羽が、ねっ」

「えっ!? うわっ」


 突然振られてドキッとして唐揚げがまた箸から逃げる。テーブルを転がる唐揚げをとっさに手で拾って「どうしよう」と辺りを見た瑠羽はそのまま口に放り込んだ。


「瑠羽ったら落としたもの食べてっ」


 美琴に肩を叩かれて汐恩に笑われて、もうどうしていいかわからずモゴモゴとするばかり。


「奥義カニバサミ、面白かったよ」


 どっかーーーーんッ!!!!


(あ、あれを・・・・・・見られていたッ!!)


 恥ずかしさと驚きで開いた口が塞がらない。


「瑠羽ッ、くち! くち!」


 美琴に顎を押さえられて口を閉じる。

 満面の笑顔の汐恩がこっちを見ている。こんな日が来るとは思わなかった。ずっと離れた所から盗み見ていた瑠羽の前に汐恩がいる。



  いま彼が目の前にいる!



 周りの喧騒が遠ざかって彼の軽やかな笑い声だけが聞こえてる。


(楽しそうに笑う声をこんなにも間近で聞けるなんて!!!)


 瑠羽は真っ赤な顔のまま彼を見ていた。

 一度フォーカスの合った目は彼を見つめ続けて、思考が止まった世界はスローモーションだった。


「・・・・・・ね」


 彼が何か言った。


「・・・・・・ん?」

「顔真っ赤で、ゆでガニみたいだね」


(ゆ・で・が・に)


 瑠羽の顔がさらに赤くなる。


(ああ、もぉ駄目だ! 完全にお笑い要員になってしまった! もう戦力外・・・・・・じゃないッ、恋の対象外だよッ)


 この場から逃げられるなら光速で逃げたい。


(やだ・・・・・・、涙出てきた)


 見られないように気づかれないように顔を横に向ける。うつむいたら涙がこぼれそうだから少し上を向いて目を見開いて・・・・・・。


「耳まで真っ赤だ」


 と言った汐恩が、瑠羽の耳に触れた。


(・・・・・・えっ?)


 目を向けた先に汐恩の顔がある。目尻にシワを寄せて笑ってる。

 彼の冷たい指が火照った瑠羽の耳にひんやりと心地よかった。


「カニさんじゃなくてウサギさんだった」


(うさぎ・・・・・・さん?)


 真っ赤な顔で目を丸くする瑠羽を見て汐恩が笑ってる。真っ直ぐ向けられた笑顔が眩しくて、心臓がどきどきしてる。


「泣きうさぎ可愛い」


(・・・・・・いま、何て言った?)


 心臓の音がうるさい。

 汐恩が瑠羽の耳に触った指を自分の耳に当てた。


「ふふふ、超あったけぇーー」


 楽しそうに彼が笑っている。くすぐったそうに笑う顔がはにかんでるように見えた。


「仁藤すぐ真っ赤になるんだな、可愛い」


 彼のきらきら笑顔に気持ちを持っていかれて瑠羽は肝心な部分を聞き逃した。


「へ?」

「ん?」

「い、いま・・・・・・何て?」

「あれ? 何て言ったっけ?」


 目をそらした汐恩の耳もほんの少し赤くなってる。


「真っ赤になるのが何とかって」

「何だっけな、忘れた」


 美琴が瑠羽の肩に軽くぶつかってくる。


「喋れてるねぇ」

「え?」


(そうだ、喋ってる)


 挨拶するのが恥ずかしくて、しないのも気になるから今まで近寄らずにいた。


「じゃあな」

「ッ! あッ・・・・・・」


 ありがとうが出てこない。

 またねも出てこない。


「仁藤」

「!」

「二刀流。格好よくて、好きだよ」


 カニみたいなポーズでおどけながら「好きだよ」と言った後、恥ずかしそうに笑って汐恩は後ろを向いた。


「また食べさせて」


 後ろを向いたまま手を振って汐恩が遠ざかっていく。


「また食べさせて、だってよ」


 美琴にくすくす笑われて、瑠羽の空気はしゅおしゅお抜けて座り込む。


「瑠羽、どうした」

「んーー・・・・・・ううっ」

「なになに、ん?」

「笑われたぁ・・・・・・」

「笑われたんじゃないよ。楽しくて笑ってたんだよ」

「カニバサミ見られてたぁ~~」


 膝を抱えて小さく丸まってる瑠羽の背を叩いて美琴は笑った。


「あははは。でもさ、耳触って可愛いって言ってたの聞いてたぞぉ」

「・・・・・・!」


 顔をぐるりと美琴に向けて瑠羽がパクつく。


「い、い、言ってた」

「言ってた」

「可愛いってッ」

「うん」


(あれは夢じゃなかった。聞き間違いでもなかった)


 そう思うと冷めかけてた顔がまた赤くなる。


「いやぁ・・・・・・ふたりの世界だった。あんな汐恩見たことない」

「どんな?」

「見てるこっちが恥ずかしくてちょっかいだしたくなる感じ」

「何それ」

「まぁまぁ、気にせず恋せよ赤ガニ」

「カニ言うな」




 美琴は笑って瑠羽の背を叩く。まだ背を丸くしたままの瑠羽を羨ましそうに見ていた。


(汐恩が瑠羽をチラ見してたって知ってるの私だけかな)


 男友達とつるんでばかりの汐恩が友達越しに瑠羽をチラ見していた。

 面白いくらい絶妙なタイミングで、お互い気づかずに相手を気にしてる。それに気づいてた美琴。


「さぁ! 新しい恋見つけよう」

「どうしたの? 急に」

「ん?」


 瑠羽が不思議そうに見上げていた。


(親友と恋敵の二刀流は難しいからなぁ)


 美琴は笑って瑠羽を引き上げる。


「瑠羽に嫉妬しないように」

「なんで嫉妬するの? なんにも始まってないし・・・・・・可愛いって言われただけだし・・・・・・ごにょごにょ」


 お調子者で子供っぽくてすぐに顔を真っ赤にしてる瑠羽。


「瑠羽はわかってないなぁ」

「わかってるよ」

「そう?」


 むきになった瑠羽の頬がピンクに染まる。


(君は男子受けいいんだぞ、知らないだろぉ?)


「調子に乗ったら痛い目に遭うから先走らない。思い込みは危険だから石橋を叩いて、しっかり確認して渡らなきゃ」


 珍しく落ち着いた対応チョイスの瑠羽がいつもよりしっかりして見える。


「男子にはからかわれてばかりなんだもん」


 むくれてる顔も可愛い。


「泡食ってばかりの赤ガニがうさぎちゃんにグレードアップだもんなぁ」

「もぉ! なにそれッ」

「恋の双葉、叩き潰さないようにね」

「生えてもないよッ」

「仁藤、可愛いなぁ」

「やめてよぉーー、その気になるじゃんッ!!」



 きゃっきゃとじゃれるふたりを汐恩が離れたところから見ていた。





□□ おわり □□



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