貴女に捧げるヤキソーバ

@ichiziku55

第1話

じゅうーーーー、じゅわわあ。

目の前の鉄板にはカットされた野菜、蒸された麺。

それぞれ炒めたあとふたつは混ぜられる。

どろっとした茶色の液体が上からかけられる。


「特製ソースだぜ」と言いきってヘラで馴染ませる。

ソースの匂いがあたりに漂う。


「ああ…美味しそう…」

ごくりと唾を飲む人々。


「旨そうだろ?でも、俺の焼そばはまだ仕上がっちゃいねえ」

そういって鉄板で焼そばを炒めている男はがっと卵を掴んで人数分鉄板に落とす。


「まさか…!?」

「そのまさかだ…!」

かぱっと卵に蓋をする男。

そして男はなにかをつかみとり焼そばにかける。

ふぁさ…。

それは踊るような仕草で焼そばの上で踊る。

「かつおぶし…」

「ああ、これもあるぜ」

男はさらにふりふりと青い粉を振る。

「まさかそれは…」

「青海苔だ!」

「おお…」


「さあ!クライマックスの仕上げだぜ!」

男は卵の蓋を開ける。


ふわああああ。

湯気と共に半熟に輝く黄身が綺麗な卵が現れる。

「御馳走だわ…」


鉄板の前で待ちかまえる人の皿に男は焼そばと半熟目玉焼きをのせていく。

皆がうまい、うまいと幸せそうに食べている。

とっても美味しそうな匂いが香るのにこちらに見向きもせず皿も持たずに座っている少女。


男は少女に近づき話しかけた。

「お嬢さん、俺のとろーり半熟卵のオリジナル焼そばを食べないのかい?フルーティで香ばしいソースがじゅわじゅわと鉄板で焼かれて麺と絡みあい、踊る鰹節と青海苔をふんわりかけてある。目玉焼きの黄身を潰すととろっとした黄身が優しく麺を包む。まばゆい鉄板のダンスパーティー料理だぜ」


「そうね、貴方が作る焼そばはとても美味しかったわ」

「美味しかった?まだ食べてもいないだろう?もってこようか?」


「いいえありがとう。もう充分。結構よ。ソース焼そばがこの国で流行ってからいつも出てくるものが同じ味なの」


「こっちも商売なんで求められているもん出さねえといけねえもんでね」

「分かってるわ、でも…飽きちゃったのよソース焼そばは」


男はふむ、と考える仕草をした。

「お嬢さん、焼そばはソース味だけじゃないんだ。俺がお嬢さんが飽きない焼そばを作ったら食べてくれるかい?」


「あら、私への挑戦?面白いわね。貴方、お名前は?」

「ソーバ。ヤキ・ソーバって言うんだ」


「まあ、面白い、料理と同じ名前なのね。ええ、受けてたつわ。ヤキ・ソーバ、私が飽きない焼そばを作ってちょうだい。この私、チェダー・パルメザンが受けてたつわ」


「宜しく頼む。ただ、お嬢さんの好みが分からないからいくつか出す。意見をくれ」


「分かったわ、一週間後の月曜日に街の北にあるチェダー家まできてちょうだい。必要な食材は手紙で知らせてくれたら用意させるわ。どうかしら、都合はつくかしら」

「なんとかするぜ」


「それでは、一週間後に」

「ああ、またな」



そして迎えた一週間後。


「はーい!盛り上がってるかい?」

マイクを持った司会者。


盛り上がる会場。

「「「「うおおおおおおお!」」」」


頭を抱えた少女、チェダー・パルメザンと驚いた顔のヤキソーバ。


「新しい焼そばだと聞いて皆集まっちゃったのよ」

「あー、心配すんなって。お嬢さんが気に入るまで色々作る予定だったからな食材は沢山あるんだろう?」


「ええ、指示されたものは用意してあるわ」

「振る舞うのに問題は?」


「問題ないわ。ただ私が味見できるくらいは残してね」

「味見?お嬢さんのための焼そばだから最優先だ。できたてを提供するぜ」


「ええ、楽しみ」

「それじゃ、今日は焼そばパーティだ!」


※※※


「まずは前菜代わりに葱香る醤油焼そば」


「醤油焼そば?」

「この焼そばは醤油味だ、モヤシにしゃきしゃき青菜、豚肉とニンニク…それに葱を」

「「「「早く食べたーーーーーい」」」」

説明を遮るように騒ぎだす人々。

「ありゃ…説明してからと思ったんだが…」

「まあ、いいわよ。いつの間にかイベントになってしまったからね。作ってちょうだい。楽しみだわ」


「オッケー、すぐ出来るぜ」

そういうと葱と青菜をとととっと大きめに刻み、ニンニクと油で炒めはじめる。

じゃじゃじゃっ。とさっと全体に油がまわったところで鉄板の端で焼いた豚肉、そしてモヤシをえいやと加える。

じゅー、じゅわじゅわ。と音を立てて炒めたところで出汁醤油などの調味料で味付ける。

「そして仕上げはこれだ。カリカリの天カス。おっこいつはいいねえ。イカなどが入ってるやつじゃないか」

「天カス…?」

「おうともよ!麺にしっかり焼き目をつけたからな。かりっとした食感にサクサクした天カスをかけると途端に美味しさが増すのよ。醤油に天カスに…おっと青海苔のこいつも忘れちゃいけねえな。そんで彩りの葱もな」


仕上げの食材をパラパラっとかけて皿にドンッと盛る。


「お嬢さんが最初に召し上がれ!」

「あっ…ありがとう」


渡された皿を受けとりまじまじと見る。


ソースよりも薄い茶色にしゃきしゃき野菜。

パラパラの天カス、てっぺんに葱と青海苔の彩り。


パクリと一口。

周囲が感想を待つ。

司会がマイクを向ける。


「これは………!美味しい!」

「おお、どんな風に?」

「最初に炒めた葱は香ばしいながらもとろっと甘く、青菜やもやしはしゃきしゃき、天カスのザクザクに麺のパリッとした食感。くどいかと思ったのに最後にのせた薬味の葱が爽やかなの」

「「「「おおおお!」」」」


「おっとお嬢さんまずはそれぐらいで。じゃんじゃん作っていくから皆さんもどうぞ」


我も我もと群がる人々を横目にヤキ・ソーバは次の焼そばに取りかかる。

「次の焼そばはカリー焼そば」

「カリー…あのスパイスを沢山使った?」

「そう、カリー粉と挽き肉で作るスパイシー焼そばだ」


「どんなものなの?想像がつかないわ」

「まあ見てなって」

 

カリー粉と挽き肉と野菜を炒める。

追加の野菜と麺を入れて炒め、じゅわじゅわと音をたてる焼そば。

調味料を足して味を整える。


「はいっ完成したよお嬢さん」

渡された皿から一口ぱくり。


焼そばを食べていた司会があわてて飛んでくる。

「その焼そばはどんな味ー?」

「これは、普通の焼そばとは違うの。複雑な味よ、ぽろぽろの挽き肉が良いアクセント。スパイシー、でも麺とからまって食べやすい」


「そりゃどうも、お嬢さんは誉め上手だね。まだまだいくよ」


あんかけ焼そば、揚げ焼そば、味噌だれ焼きそばなどぽんぽんぽんぽんと出される焼そばを皆でどんどん食べていく。


「ごめんなさい、お腹がいっぱいであと、ひとつだけしか食べられそうにないわ…」


「そうかい?それじゃあ今日はこれが最後、ガーリックシュリンプ焼そばだ。もちろんいつもの味じゃない焼そばだぜ」


「ニンニクで食欲を引き出す焼そばね?」


「ああそうさ、ニンニク祭りだ。かりっと香ばしいプリプリの海老とたっぷりのニンニク、アクセントに野菜の鮮やかな色。もちろんこれにもしっかりニンニク要素を入れてあるぜ。焼そばに使った食材はどれもこれもニンニクと相性抜群な具材だ。それになお嬢さん」


「あら…?それは何かしら」


「秘密兵器の味が変えられる味変ソースだ」

「まあ、味が変えられる味変ソース?」


「ああそうさ、例えばこれはトマトソースだ」

「トマトソース?ガーリックシュリンプ焼そばに?」


「いいから少しかけて食べてみな!」

言われるがままとろっとかける。

そして一口。

「味が変わったわ!」

「どうだい?」

「不思議なの!確かに焼そばなのにトマトソースをかけることで全く違うものになったわ」


「お次はチーズ…お嬢さんの名前と同じもんを用意してもらった。かけてみな?」

「複雑な味に変わったわ!パスタに近くなるかと思ったのにカリカリに焼けた麺が焼そばだと訴えかけてくる。ガツンとニンニクだからチーズもあう」


「チーズにトマトソースをあわせて焼そばにどーん」

「チーズとニンニクとトマトがマリアージュしている焼そばなんて私には思い付かないわ…すごい…」


「お次はこれ」

「白いわ…?それに粒々がはいってる」

「追加ニンニクソース」

「でも、ニンニクのわりにとろっと…して」

「スティック野菜につけて味見をしてみて」

「これは…!独特な味だわ…!サラダのドレッシングにもあう!焼そばにかけたらどんな味になるのかしら」


「かけてみ?」

「わああ!なんてクリーミーな焼そばなの!美味しいわ」

「そりゃよかった」

「あっ…でも、お腹が…」


「まだまだ食べさせたいもんが沢山あるんだがな」

「ありがとう」

「満足した?どれが好きだい?」

「うーん…。沢山作ってもらったけどどれが飽きない焼そばか、もっと食べてみないと分からないと思うの?」

「ははっ違いない」


「だからまた沢山作ってね」

「はいはい、焼そばレシピが出来たら貴女に最初に捧げましょうねお嬢さん」

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