投げるな、危険!

サトウ・レン

投げるな、危険!

 おい、あいつ、二刀流らしいから気を付けろよ。隣のやつが言った時、あぁこいつも時事に毒されたか、と思った。海を渡ったかつての球児が、メジャーリーグという世界でМVPを受賞した、ってのは、うちを出入りしている連中がよく話していたから、俺たちのところにもその話題は届いてきたし、そりゃあもちろん俺だって最初に聞いた時は、すげえなぁ、って気持ちになったよ。もしも彼と俺とのコンタクトが一度でもあったなら、感慨深くもなっていたかもしれないが、残念ながらそんなことはない。俺たちの界隈はとにかく入れ替わりが多く、当時を知るやつは、もう甲子園にはいないだろう。俺もまだここに来て数年だが、それでも俺がベテラン扱いされるくらいなんだから。兵庫県西宮が誇る、偉大な野球場、甲子園はきょうも、暑く、熱い。と言っても、俺が球児たちと同じように、暑気や熱気を感じることはできないのだが。それでも夏の陽射しに照らされながら、綺麗に整備されたグラウンドを駆け回る高校生たちの姿を見ていると、伝わってくるものがある。白球。ボール。俺たちはそんなふうに呼ばれている。俺たちは人間ひとりひとりの顔をなんとなく認識できるし、ボールひとつひとつのわずかな違いも分かるのだが、人間は俺たちひとつひとつの違いを見分けることができないみたいだ。夏の全国高校野球大会。これは人間たちの楽しみでもあるのと同様、俺たちの活躍できる最大の時間でもある。プロ野球にも俺たちは使われるが、やっぱりこの時期は特別だ。きょうが最後になるかもしれない、という想いが俺たちに乗り移るのか、俺たち自身も普段出せないような力が出ることがある。見たことないか? いきなり球が変なバウンドを起こして球児がエラーしたり、スタンドには届かないかな、っていう当たりが、ぎりぎりでホームランになったり。不思議なことがよく起こるんだ。あぁだいぶ話が逸れてしまったな。俺がしたかったのは、こんな話じゃない。そう、二刀流の話だ。人間の世界でどんなことが起ころうと、俺たちには関係のない話なのだが、ただ野球のことだけは別で、人間世界への唯一の関心事と言っていい。に、しても、だ。何が二刀流だよ。もちろん海を渡った彼が、投手として、そして野手として活躍したから、二刀流、と呼ばれた、という知識はもちろん俺にもある。ただそれはプロ野球の話だ。高校野球の舞台で、エースが四番やクリーンナップを打つことはめずらしくないし、打てるエースの中でも、高校によっては、かなり力の差があるだろう。隣のやつは、なんでわざわざ馬鹿のひとつ覚えみたいに、そんなことを言うんだろう。甲子園歴も確か俺と同じくらいのはずなのに。――やつはその時、確かこうも言っていた。三回戦で、何球かうちの連中がやられたらしい。正直、後悔している。ちゃんとやつの話を真面目に聞いておけば良かった、と。変な言い回しだな、とは思ったが、あんまり気にしていなかったんだ。もっと詳しく聞いておけば良かった。聞いたところで、逃げるすべはないのかもしれないが。あれ、なんかおかしいな、と感じたのは、ニヤモトムサシくん、とアナウンスの声が響いた時だ。なんか嫌な予感はしたんだ。知識的なものじゃなくて、直感的なものだ。そいつがバッターボックスに立つ。こいつ、なんで刀を二本持ってるんだよ。ちゃんと棒を持てよ。野球のルールどうなったんだよ。ここは無法地帯か。審判もなんで普通に試合をはじめてるんだよ。刀を持っているやつがいるんだぞ。分かってんのか。おい、ピッチャー、俺を手に取るな。おい、取るな取るな。いや取ってもいいけど、投げるなよ、クソガキ。や、やめ、やめろやめろ。こ、怖い、投げな、投げないでくださ、し、死にたくないでしゅわ、わひゃわひゃひゃひゃめろにのきのなきくりきくりくわたのきなのきのはまのはのきのりきよはらのきのなははきのにかたおかはまのはのりきりきしはまはりみずのはのはのはりきりれまくはしあいこうにきりらきらるきにはにりきくちけまのせまなせけろふじなみとのしりくりせめろせなませんれはらあいこうりにはんはめきききかしなはれめるさいとうれらはにはりとなしにれりめくんらゆまついれるはにんはめるきめきしはれるしはもときめけらきかゆなかきめかきろめらからゆなきよみやれめらかすはにるれからめかめらかたなかれにんやはすになはえがわきめらかきらめからゆかきめるにかるにからめゆなからかめまつざか――――あっ、斬られ、死――――。

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