獅子獣人と幼女のハピネス

黒鉦サクヤ

パパ、こっちを見て!

 琥珀色の髪をツインテールにした五歳くらいの幼女が、曲芸師のように宙を舞う。青空を背にした幼女の髪はきらめき、豊かに揺れた。


「パパ! 避けて!」


 声をかけつつ、目の前に迫りくる幾千もの矢を、幼女は手元で作り出した障壁で防ぐ。轟音とともに障壁に当たった矢は、その瞬間に分解され消失した。

 幼女はそのまま獅子の顔をした獣人の肩に飛び乗り、手を翳しながら向かってくる敵を眺める。敵は五百前後いるように見えたが、幼女と獅子の獣人に焦りはなかった。


「五百前後くらいか。アンバーいけるか?」

「当たり前じゃない。パパは地上に専念して、飛行物は私に任せて。ぜんぶ塵にするから」


 天使のような微笑みを浮かべて物騒なことを言う幼女は、アンバーという。魔法を主な戦力としているが、防御も攻撃もそつなくこなす冒険者だ。琥珀色の髪を揺らし、ぱっちりとした大きく青い瞳を潤ませれば、庇護欲を掻き立てられた者たちが列を成すだろうと言われていた。

 しかし、アンバーにはすでに保護者がいる。アンバーに、パパと呼ばれている獅子獣人のカーキだ。しなやかで引き締まった体を持っており、獅子の獣人らしい豊かなたてがみも目を引く。鋭い牙と爪を持ち、剣術の腕も上から数えたほうが早いと言われていた。

 そんな目立つ二人が、五百もの敵を前に不敵に笑う。彼らの敵は、辺境の街へ乗り込もうとする魔族だった。統率し武器を扱うのは、魔族では中程度の力と知能を持つ。戦力としては中の上くらいだが、この二人にかかれば楽勝だった。魔族に狙われているこの辺境の街を守護するために選ばれ、首都から派遣された者たちだからだ。


「パパ、タイミング合わせてね」

「任せておけ」


 アンバーはカーキの肩を蹴り、再び空に舞う。彼女の手からいくつも放たれる魔法は、アンデッドを光で包み込み消散させた。そして、反対の手で障壁を作り矢を分解していくのだ。

 それ以外の魔族を受け持つのはカーキだ。魔族の群れに咆哮と共に突っ込み、一閃する。それだけで、カーキの周りにいた魔族は地に倒れた。そのタイミングで、アンバーがカーキの肩を踏み台に空へ飛ぶ。

 二人は迫る魔族の波を、空と地上からの攻撃をうまく使い制圧する。形成が不利になった時点で、遠くにいた魔族は兵を引き連れ逃げ帰っていた。アンバーが矢を放ってくる移動型の大型弩砲や、連弩を徹底的に破壊していたため、立て直すのにも時間がかかるだろう。

 自分たち以外いなくなった荒野を眺め、二人は街の見張り台に立つものに安全だと合図を送る。街に鐘の音が響きわたった。



「もー! パパ、頼みすぎ!」


 この店にある、ありったけの甘味を並べたのでは、と周りが思うほど、テーブルの上には所狭しと器が並ぶ。申し訳程度にいくつかおつまみが並び、酒のボトルが置かれている。


「いや、これは今日も頑張ったからご褒美としてな!」

「こんなに並べなくても、食べたら頼めばいいでしょ。もう……」


 小言を漏らしながら、アンバーは自分の目の前にあるデザートと遠くにあるおつまみを交換する。

 幼く可愛らしい容姿から、デザートはアンバーのために用意されたものだと思われがちだが、実際は違う。

 テーブルの上のデザートはすべて、甘党のカーキが頼んだものだ。酒も大好きな彼は、おつまみ感覚でデザートを酒とともに口にする。いわゆる、二刀流というやつだ。

 アンバーはカーキの殻になったグラスに酒を注いでやりながら、自分のグラスにも注ぐ。それを見ていたこの街の新参者は、揶揄うように声をかけた。


「おい、お嬢ちゃん。酒はまだ早いんじゃないのか?」

「見かけない顔ね。まぁ、今の私は幼女だし? そう思うのも無理ないわね」


 そいつに絡むのやめとけって、と店の常連が新参者に声をかけるが、酒の入っている男は止まらない。


「口調も妙に大人びてて、背伸びしたいお年頃でちゅかー?」

「……毎回毎回、このやり取りうんざりするわね。パパ、泣かないでね?」

「俺は今のままがいいんだがなぁ」


 アンバーは、いかつい顔がデザートを頬張るたびに緩むのを楽しんでいたのに、とため息を吐きつつ揶揄ってきた男の前に立った。


「バカね、本来の姿はこっちなの。パパが泣くし、効率いいから幼女の姿してるだけよ」


 そう言いながら、アンバーは男の目の前で変化を解く。

 琥珀色のツインテールはそのままに、一般的な成人女性よりも高くすらりとしている姿が現れた。愛らしかった幼女は、肉感的で艶のある美女へと姿を変える。その姿を知っていた者たちが、久々に見たなあ、と声を上げ盛り上がった。

 そんな中、含みのある笑みを浮かべたアンバーは、狼狽え床に座り込んだ男の顎に人差し指を置いて上向かせる。


 「分かったかしら? お酒を楽しんでも、口調が大人びてても私は私なの」

「はい、すみませんでした」


 殺気とともにアンバーが告げれば、男は素直に謝罪し、解放されたあとは隠れるように店の隅へと飛んでいった。

 アンバーが本来の姿のまま席に付くと、カーキはさめざめと泣きながらデザートを口に運ぶ。


「あんなに小さかったアンバーがあんなに育って……もう俺とは一緒に居てくれないよな。すぐにお嫁に行ってしまうよな」

「はいはい、パパは泣かないで顔拭いて。さっきも泣かないでねって言ったでしょ? 私はこれからもパパと一緒にいるってば」


 やっぱりこっちね、とアンバーは幼女の姿になるとカーキの膝の上によじ登った。酒の入ったカーキは泣き上戸で、すぐにアンバーが自分から離れていってしまうと泣く。それを回避するのに一役買うのが、幼女の姿なのだ。


「パパ、こっちを見て。私はここにいるし、拾われたときからずっと一緒だって言ってるでしょ。お嫁になんていかないわよ」


 こんな可愛い人放置して他の人のとこに嫁にいくわけないでしょ、とアンバーは小さく呟く。その呟きは、泣きながらデザートを頬張るカーキには届いていない。届いてはいないが、膝に座るアンバーの腰に、カーキの尻尾がしゅるりと巻き付いた。まるで所有物だと言わんばかりの無意識の行動。

 深いため息とともに、アンバーは毛むくじゃらの頬に口付ける。


「もう泣かないで。泣きながら食べてたら、せっかくのデザートが塩味になっちゃう」


 そのままぺろりと流れる涙を舌ですくえば、カーキは驚いて泣き止んだ。そんなカーキに、アンバーはギュッと抱きつく。それでも、アンバーの気持ちはカーキに正しい意味で届いてはいないのだ。

 そんな光景を、生温かい目で店の常連たちは眺める。そして思うのだ。先程のような新参者が来るたびにやっている茶番で、あんなにアピールしてるのに意識されないアンバー可哀想だよな、と。

 カーキは離れていってほしくないと事あるごとに泣くくせに、その次のことはまったく考えていない朴念仁なのだ。


「アンバー、店の奢りだよ」


 店主がアンバーの目の前に大きめのジョッキを置く。中にはこの店で最高の酒が、なみなみと注がれていた。


「ありがとう。ごちそうさま」


 大好きなカーキの膝の上で、腰に離さないと巻き付く尻尾をそのままに、アンバーは膨れ上がる思いを酒と共に飲み干すのだった。

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獅子獣人と幼女のハピネス 黒鉦サクヤ @neko39

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