二刀流

ボケ猫

第1話 二刀流



二刀流。

少し調べてみた。

・・左右両方の手それぞれが武器を扱うことから、二つの異なる手段をもって事にあたること、あるいは同時に二つのことを行うことを意味するようにもなった、などとある。

また、相反する二つの事柄に対してその両方とも得意とすること。また、その人、などともある。


なるほど、同じ個体で属性の違うことが出来れば二刀流というようだ。

俺にはあるのか?


ここはとある事務室の中。

俺は25歳になる普通の男だと思っている。

顔立ちもそれほど悪くはないだろう。

モテることはない。

だが嫌がられることもない。

これって二刀流?

俺がそんなことを考えていると、俺と同期で入社した吉良の話が聞こえてくる。

こいつは完全に嫌なやつだ。

仕事はまぁまぁできる方だ。

上司からの受けもいい。

だが、俺のようなタイプの人間には尊大な態度を取る。

つまり真面目そうなやつに対してだが。


「・・でさぁ、昨日俺むっちゃ眠かったんだよね。 女とホテルに行ってシャワーを先に浴びたわけ。 そんでもってベッドで待っていたら寝ちゃったんだよね・・そしたら知らない間に女が帰っちゃったよ」

吉良が言う。

「えぇ? 吉良さん、彼女いるんでしょ?」

「あぁいるよ。 でも、いつでも会えるわけじゃないしね・・まだ結婚もしてないし・・それに今こうして話している間にも世界のどこかでやつがいるんだぜ。 たまらねぇよ」

「き、吉良さん・・それって二股ってやつですよ」

「そうなの? それなら俺って他にも何人か女がいるんだけど・・ダメかな?」


吉良の話を聞きながら俺は思う。

いつものことだ。

こいつは軽い。

自分に甘く、他人に厳しい。

でも、これって一種の能力か?

二刀流を通り越して、ある意味凄いな。


おっと、もうこんな時間だ。

時計を見ると11時45分になっていた。

俺は席を立ち、昼食に出掛ける。

吉良が声をかけてきたが、丁寧に断る。

「付き合い悪いなぁ・・」

という言葉が聞こえたが放置。


今日はラーメンでも食べるか?

いやパスタがいいかも。

会社近くのサイ〇リアに行く。

「いらっしゃいませ~」

元気な女の子の声が飛んでくる。

「一名様でしょうか? どうぞこちらへ」

カウンターに案内された。

メニューを渡され、俺は取りあえず物色する。

女の子はホール奥へ行き、誰かの注文の品を運んでいた。

なるほど・・器用に両手に品を抱えている。

ん?

両手に品物を抱えたまま、客が出しっぱなしにしていた椅子を器用に足で仕舞い込んでいた。

これって二刀流?

フトそんな言葉が浮かぶ。

ここは安くておいしいイタリアンが食べられる。

俺はお腹いっぱいになって午後の勤務に戻る。


通路を歩いていると声をかけられる。

「あ、山本君、この間の案件だけど・・没ね」

「え? マジっすか?」

「だってプロジェクトから少しずれているから・・ごめんね」

「そ、そうですか・・わかりました」

俺の上司はそう告げながら、片手で携帯を操作している。

耳で俺の話を聞いて、手は違う作業をしている。

これも二刀流か?

案外、二刀流っているもんだな。


俺の記憶にある話。

坂本龍馬って確か北辰一刀流の免許皆伝じゃなかっただろうか。

宮本武蔵は二天一流という二刀流で有名だ。

だが、勝てる相手しか戦わなかったということは、勝てないような相手がいたということだろう。

人間は腕二つ。

それぞれが別々のことをすれば凄いことだと思う。

だが、その二つを持って一つのことを為すのも、これまた凄いことなんじゃないのか?

だから文明が発達したのでは?

こうやって文字を打つのは両手で打つが、文字を打つというモノサシでみると同じことをしている。

しかし、それぞれ違う文字を打つという細かいところでみると、別々の作業をこなしていることになる。

これも二刀流?


後日談。

事務所では人事異動が発表された。

俺は動かずに東京で在席。

吉良は職場まで女が押しかけて来て、結構な騒動になった。

退職までには至らなかったが、北の地域に転勤。

北でまた二刀流を発揮するのだろうか?

だが、会社というモノサシではもはや栄達はない。


職場近くのサイ〇リア、例の二刀流? の店員さんはいなくなっていた。

結構仕事できたのにな。

感じもよかったが、足癖が悪かったな。


二刀流って言葉が先行して、実際に扱うのは相当な能力が必要なのだろう。

宮本武蔵のように相手をきちんと見抜く能力が不可欠なのかもしれない。

まぁ俺には縁のない言葉のようだ。

俺は一刀流でも手に余る。

いや、剣術は極めると無刀まで掘り下げるという話もある。

俺がそんなくだらないことを考えていると上司が呼んでいた。

「・・山本君、どうしたのボケッとしちゃってさ」

「い、いえ、少し考え事をしていたものですから」

「そう、あのね、君の再提出の案件だけど、やっぱ没ね」

「ええー!」

「山本君、少し自分が思っていることと違うことしてみたら? 仕事だけじゃなく・・そう全く別の趣味というか・・二刀流になって案外いいかもよ」

俺の上司は軽くそう告げると、颯爽と歩いて行った。

俺はそんな上司のきれいなお尻を見つめていた。

注意を受けながらお尻を見つめる。

これも二刀流?


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