英雄の二刀流

霜弐谷鴇

英雄の二刀流

 最後の魔力を振り絞り、シュリクは自身最高火力の魔法を唱える。


「虚より穿て、唱えるは焔々えんえん! 終華の豪炎アルベリア・シェークサン!!」


 敵の頭上、虚空を穿ち豪炎が降り注ぐ。地面をえぐり跳ね返る炎が、華を咲かせるかのように燃えがる。


「グアァァァァァァ!!」

 断末魔の主は豪炎に灼かれ、あとには消し炭だけが残った。一瞬の静寂が辺りを包む。


「や……やりましたわ。やりましたわシュリク様!!」

 歓喜の声が静寂を破り、声の先ではエリアーデが目に涙を浮かべながら飛び跳ねている。白く美しい柔肌は傷つき血が流れ、土くれがベッタリと擦りついている。身につけた魔法衣まほういは所々が破れ、戦いの苛烈さを物語っていた。


「ついにやったな、シュリク。魔王軍四天王が一角、不知のバシュグラードを倒した。私たちは今、人類の勝利に一歩近づいた……。みんな、やったよ……」

 アテナは膝を打ち短剣を地面へ突き刺すと、こうべを垂れるように声を絞り出した。魔王軍に故郷を焼き払われ、復讐に全てをかけると怨恨を黒い瞳に燃やしてたアテナ。シュリクとの旅の中で心解かれ、笑みを見せるようになった彼女だが、その内には未だ憎しみと悲しみを抱えている。


「やったのらぁ〜。もう動けないごはんんん……」

 猫耳をピコピコと動かしながら、へたり込んでいたミーナが不満をたれる。白魔術師として皆の傷を癒やし、ここまでの旅を支えてくれた獣人族の少女だ。シュリクたちが彼女の魔法にどれだけ助けられ、その悠々ゆうゆうとした性格にどれだけ救われたことか。


「みんな無事で本当によかった。帰ろう、俺たちの街へ」

 壁を背に倒れ込むシュリクが拳を握りしめて勝利に酔う。勝ったのだ、また生き残ったのだ、この世界で。



 4人の凱旋に、街の人々は大いに湧いた。数十年に渡り君臨した魔王軍四天王の一角を落としたという知らせはすぐに各地へ伝播し、人類の大きな希望となった。

 宴は夜を通して行われ、人々は明け方近くまで騒ぎ、踊り、歓喜した。

 

 喧騒もやみ、太陽が顔を出す数刻前、シュリクは一人街の外へと門を抜け歩いていた。


「また行ってしまうのですね」

 門外の影に立つエリアーデが悲しそうに、細々とシュリクに声をかける。


「また修行ですの? わたくしたちに行き先も告げず」

 責める口調ではなく、寂しげな、今にも泣き出しそうな弱々しい言葉。シュリクは爪が食い込むほどに拳を握るも、歩を止めない。


「わかってますわ。あなたはいつもそうして何も言わずに行ってしまって、そして強くなって帰ってきてくださった。わかってますわ、でも……いつ死んでしまうかわからないこの戦乱に、あなたと離れるのがどれだけ……」

 言葉に詰まったエリアーデの目から一筋の涙が流れる。本当に泣き虫だな、とシュリクは心でつぶやく。ーーすまないエリアーデ。


「必ず帰る。頼むから、生きていてくれ」

 シュリクが絞り出すように言葉にすると、背後から地面を蹴る音が聞こえ、背中に衝撃とともに温もりを感じた。エリアーデの柔らかな身体が、ぴたりとシュリクに寄せられる。


「もちろんですとも。わたくしたちは強いんですのよ。ご心配せずとも、必ず、必ずあなたを生きて待ちますわ」

 エリアーデの腕を優しく解き、シュリクは歩を進める。後ろから聞こえるエリアーデの啜り泣きが平原に反響するかのように響いていた。



 しばらく歩き、森の中にある洞窟の前にシュリクはたどり着いた。

 この魔法国バイルドラで生まれ、戦い、若くして賢人けんじんとまで言われたシュリクだったが、ある時あまりの敵の強大さに絶望した。自暴自棄になり街を出て森を歩いていた時に偶然見つけたのがこの洞窟だ。ふと冒険気分とでも言うのか、気持ちが軽くなり入った時に、この小さな祠を見つけた。


 シュリクは回想から戻ってくると、目の前の祠に両手を添えた。祠は深緑の光を放ち、目も開けられないほどの光彩でシュリクの身を包む。


 やがて光が弱まり、シュリクが目を開けると、目の前には変わらず祠が鎮座していた。シュリクはふと違和感からカバンを開ける。と、中には2通の手紙と、シダの葉に包まれたおにぎりが1つ入っていた。


『シュリク、私も強くなる。お前に負けないくらいに。お前の帰る場所はこの街だ、私たちの元だ』

 アテナらしい力強い手紙だ。力が漲り、気力がたぎるようだ。シュリクはもう一通の手紙にも目を通す。


『シュリくん、お腹空いたら力がでないよ。うちが握ったおにぎり、食べてね。もっと美味しいものたくさん作って待ってる』

 ミーナの綺麗とは言えない、けれど優しさを感じる文字を目で追う。シュリクは溢れる涙を拭いながらおにぎりを頬張る。


「しょっぱ」

 涙を流しながら笑顔で呟き、感謝とともに飲み込む。


 洞窟を出ると目の前には湖畔があり、澄んだ空気が風に運ばれている。湖畔を歩き、木々の間を縫うように森を抜ける。

 しばらく歩くと、木製の柵で囲われた家々が密集する小さな集落が見えてきた。


 集落の入り口に立つ若い男がシュリクの姿を見つけると、携えていた槍を放り出し駆け寄ってきた。


朱陸しゅりく! 朱陸しゅりく!! 戻ってきたんだね!!」

 京也が朱陸に飛びつく。体格は大人顔負けだが、その顔にはまだ幼さが残っている。


「京也、随分待たせたな。みんな無事か?」

 朱陸の言葉に、京也の顔が曇る。朱陸の胸に不安が渦を巻く。

「そ、それがさ、重造が……」



「重造!!!」

 激しく戸を開け、朱陸が叫ぶ。布団に寝かされている重造の顔には包帯が巻かれ、そして。


「お前、う、腕が……」

 失われた腕には痛々しく包帯が巻かれ、まだ血の匂いがする。


「朱陸……へまっちまった。深魔しんまにやられた」

 掠れた声で重造がにへりと笑う。どうしてこんなことに、と朱陸が狼狽えていると、戸が再び激しく開かれた。


「朱陸!! 帰ってきたか!!」

 影千代かげちよが入るとともに、朱陸を強く抱きしめる。厚く頑強な胸板と、太く鍛え上げられた腕が朱陸を締め上げる。


「帰ってきたってことは、修行は!?」

 影千代が朱陸を抱きしめながら問うと、朱陸は力を込めて腕を解く。そして今度は自分から影千代を抱きしめる。


「すまない、どれだけ皆を待たせたかっ……。だが修行は済んだ。討つぞ、深魔を… …!!」

 朱陸は険しい目で言い放つ。

「俺の刀は?」

「ここに」

 後を追ってきた京也が、刀を持って入ってきた。鈍く光る波紋が朱陸を照らす。そして朱陸は名刀”阿賀千々里あがちぢり”を手に取る。

「皆を集めてくれ、反撃の時だ」


 朱陸シュリクは祠を経由し、全く別の世界へと渡るすべを得た。魔王と人類が対立する魔法の世界、エリシア。深魔とヒト族が血で血を洗う武の世界、ゴルドレイク。

 朱陸シュリクはそれぞれの世界にしか存在しない力、エリシアの魔法、ゴルドレイクの武功を習得・研鑽することで人類とヒト族の勝利のために奔走してきた。


 武功により向上した身体能力を駆使し、有効的に魔法を使うことで魔王軍四天王を落とすほどに成長した。


 しかし、それぞれの世界で流れる時間は同一。朱陸シュリクが一方の世界で長く戦えば戦うほどに、もう一方の世界の仲間を失う可能性があった。


 全てを掬い上げることは出来ない。何かを得るためには、何かを捨てなければならない、選ばなければならない。自分はたった1人しかいないのだから。



 ーーしかし2つの異なる偉業を成した者を、ある世界では二刀流と呼ぶそうだ。


 掬い切れないと思われていたものでさえも、両の手で握りしめるように掴み取ってしまう者。


 これは朱陸シュリクが2つの世界を救い英雄となるまでの、英雄の二刀流を成すまでの物語だ。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

英雄の二刀流 霜弐谷鴇 @toki_shimoniya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ